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クロスクオリア
2020年1月10日 12:24
Posted category : Article

『CROSS・HEART』Story.5 月下の賭け 5-11


「さて、無事に僕も置いていかれずに済みましたし……そろそろ行きましょうか?」
 誰とは言わないが誰かに対して軽く皮肉を言うと、リセとフレイアに声を掛ける。
「わー、ホントにイズム君も来るんだぁ! やっぱ旅は人数が多い方が楽しいよね!」
「うん! でも、あの……イズム君、キヨは?」
 リセが辺りを見回し、彼女が居ないことを訝しむ。
「いくら僕が留守の間、閉めておくとはいえ、店を放って置く訳にもいきませんので……キヨにはお留守番していてもらいます」
「おいて、いくの……?」
 ざわり、と胸の奥の何かが不穏に揺れ動いた。『誰かに残され、一人おいていかれる』という状況が、自分でもおかしいと思うほどに不安を呼ぶ。
「それじゃキヨが可哀想じゃないかな……」
 まるで置いていかれるのが彼女かと思わせるような瞳。見上げられたイズムは、目の前で泣きだした子供を宥めるかのような笑みを浮かべた。
「僕も……全くそう思っていない訳ではありません。だから、どうしても無理そうだったらたまに会いに来ていいと言ってあります。キヨは僕の仕え魔ですから、主人の居場所は何処に居たって感じられます。飛んで来れば、速いですしね」
「でも、キヨは……」
 昨夜彼のことを語っていたときのキヨの表情を思い出すと、自然と口から反論がでてきそうになる。しかしその内容を声にすることはできず、心のなかで明確なかたちになることすら、なかった。
「お気遣いありがとうございます」
 どこか謝っているような口調で言うと、ゆっくりと微笑んだ。
「……大丈夫ですよ、キヨですから」
 ふと降りてきた優しい声に、リセははっと上を向く。しかし彼は既に背を向けており、そのときの面持ちは窺えなかった。イズムは戸口の前までくると歩みを止めて振り返り、取っ手に手を掛ける。
「――では、改めて」
 そして彼はドアを開けて、言った。
「軽食屋店主兼、キヨの主兼、ハールの友人……『イズム・ルキッシュ』です。今日からよろしくお願いします」
 差し込んだ朝の光が、斜交いにして一同へと注ぐ。
「……道中、何も起こらなければいいのですが」
 柔かな陽光に映るその微笑みは、何だか不吉なことを言った。



「……にしても――」
 三人――――否、今は四人となった一行は『リディアス』を既に出、港町『アリエタ』へと続く道を歩いていた。
「イズム君が一緒だと、何だか心強いねっ」
「ねー!」
「……フレイア、それはオレだけじゃ心許無いって意味にとっていいのか?」
「いやいやそんなコトないよ? 被害妄想だよ?」
「フレイアさん、顔、笑ってますよ」
「あれあれー? ま、フレイアちゃんはいつでも笑顔ですからっ!」
「あのなー……」
 イズムと知り合って一日、旅に加わって数時間だが、既に二人とは打ち解けて元々居たかのように溶け込んでいる。ハールの友人ということもあるだろうが、彼の人当たりの良さが一番の理由だろう。
「そういえば、ハールとイズム君って友達なんだよね? いつからなの?」
「えーと……、あの時僕が十五でしたから、三年前ですね」
 今から三年前で十五歳、ということは、今は十八歳なのだろう。ハールより一つ年上だ。
「そうなの? もっと昔からの付き合いなのかと思ってた」
「そう見えます?」
「うーん……何となく、だけど」
 何かが噛み合っている、波長が合っている、息が合っている……上手い表現が見付からない。しかし表面だけの仲ではないということは、二人のやりとりを昨日今日しか見ていないリセでもはっきりと解った。
「何か、こうやって旅するのって……懐かしいですね」
 イズムは少し目を細めて言う。それはまるで、手の届かない、遠くにある何かを見ようとしているようだった。
「昔も、旅をしてたことがあるの?」
「ええ、それも三年くらい前ですけどね。少しの間だけ」
 それ以上彼は何も言わなかったので、それきりこの会話は途切れた。
「あ、そうだ。今更ですが一応弁護しておいてあげますと、ハール、剣に関してだけは頼りにならないこともないですよ」
「一応とかだけとか誉めてんのか貶めてんのかはっきりしろ?」
「両方ですかね……」
「へー、そうなんだ?」
 呆れた顔でそれ以上は何も言わないハール。対して、フレイアは多少興味を示した様子で相槌を打つ。
「ええ、それなりに腕は立つと思います。そこらの狩人なら何人かまとめて相手しても、まあ……どうにかなるんじゃないですか?」
「狩人って……魔物扱いかよ」
 そう言いつつも否定はしなかった。彼はそういった類の見栄を張る人間ではないゆえ、あながち嘘では無いのかもしれない。
「教えてくれたのがかなり出来る奴だったから。……オレがどうのってよりは、そいつがすげぇってだけ」
 “師匠”というやつだろうか。口ぶりからすると、敬意や畏敬といったものはあまり感じられないのだが――……彼がその人物に、“誇り”を持っているということだけは、表情から見て取れた。
「でもさでもさ、ハール君と初めて会ったとき、オリジナルがただの動物の魔物に手こずってたじゃない? 元が魔獣のなら分かるけど……あの時アタシが華麗に登場して助けてなかったら、二人とも今頃は魔物のお腹の中だったよー?」
「あー……アレは……だな、その……な? それより……」
 視線を明らかにフレイアから外すハール。話題を別の方向へ持っていこうとしているように見える、が――――
「その時ハール、リセさんと一緒でした?」
 イズムがそれを許さなかった。唐突に自身に振られた質問に、リセは反射的に答える。
「……えっ? う、うん」
 するとイズムは思い当たる節があったようで、ハールへ笑みを向けた。
「あぁ、なら――、」
「うわッ、バカ言うなっ……!」
 ハールはその笑みの意味を即座に理解し、慌ててその後の言葉が続けられるのを止めようとした。が、それは叶わなかった。
「……ハール、本気で誰かを守ろうとしたりすると、逆にそれを意識しすぎて、上手く戦えないんですよ」