『CROSS・HEART』Story.6 星宿の地図 6-10
「あの辺りに大きな星があるの、わかりますか?」
「黄色っぽいの?」
「そうです。あの星があるということは、あっちは北なんですよ」
二人は大小さまざまな光が散らばる夜空を見上げていた。
「星も月や太陽と同じで東から西へ動きますが、
彼の言う『星の地図』とは、
「なるほど……でもいっぱい星があるから、
「そうですね、今の季節だと目印は……
「えっと、五倍……」
「手を翳して、指を目安にすると測り易くないですか?」
「わっ、ほんとだ!」
白い指先に、淡い金の星が灯った。
「手で角度も測れますよ。
そんな彼女を横目に説明を続ける。
――――こんなことなら、
「それと、昼間は太陽の位置で時間を見ますが、
彼女に『魔法を教えてほしい』と言われた時、
「わぁ……空を見ただけで何でもわかっちゃうね、すごいね! イズム君、ありがとう!」
「……どういたしまして」
そう、“はずだった”。
自分が旅に同行した理由を忘れた訳ではない。しかし、
――――『人間の感情が一色なわけない』。
それは、彼女も。
そして、自分も。
いつもの微笑で誤魔化す。本音は、隠した。
(……ただの、気まぐれですよ)
――――彼女にも、自分にも。
「……昨日の夕飯、美味しかったよ。ありがとうね」
「いいえ、材料も使わせて頂いて、こちらこそ助かりました」
「構わないよ。自分の作ったもの以外を食べる機会なんて、誰かと一緒に食卓を囲む機会なんて、死ぬまでないかと思ってたから」
青みがかった薄い朝の陽が窓から差し込む。
「……嬉しかった」
数時間前少女に地図の読み方を教えたテーブルの上には、パンの塊と薄く切られた肉の塩漬け、野菜が大雑把に乗せられた皿があった。
「……誰かと食べるってのは、まったく違うものだね」
そのなかから老女はパンに手を伸ばす。
「ところで、あんたたちは魔物と戦えるようだね」
それを切りながら、正面でまだナイフを入れていない野菜を選び取る彼に話しかけた。
「武器を持つ人を見る度に思い出すんだよ。魔物を狩りに行ったまま戻らなかった昔の知り合いを」
刃を引くたびに、パンの粉が敷き板に零れ落ちる。
「武器のことばかり考えているような男だった。誰かに助けられて、何処かで生きていればいいけどね」
ナイフが木に触れる音がすると同時にパンの塊から一切れ分かれると、それは板に倒れた。
「その人はずっと『武器は心で使うものだ』って言ってたよ。あたしにはどういうことだかさっぱり解らなかったが、そういうものなのかい」
「……そういう方も、いますよ」
記憶に新しいことだ。昨夜、その少女は必死になってそれを使い、誰かを守ろうとしていた。それがもたらすかもしれない悲劇など、夢にも思わず。
「そうかい。もう一度会って、もう一度話したら、今度はあたしにも解るかねぇ……」
どうか、杞憂であってほしいと思う。
静寂が降り積もり、沈殿した空気。淡々と響く調理音がそれを揺らす。
「お前さんにも、もう一度会いたい人はいるかね」
老女は過去へ向けていた視線を、規則的な音と共に野菜を切る少年へと移す。
「……心当たりは幾つかありますけど」
考える間もなく言うと、手を止めずに続ける。
「もし会ったとしても、何を言ってしまうか分かりませんから」
「……久しぶりに人と話らしい話をしたから、つい喋り過ぎたね」
問いの主は彼を数秒見つめると、ただ静かに手元に目を落とす。そして二人は何事も無かったかのように、パンに具材を挟んでいった。
「――早朝からお手伝いして頂いてすみません。お陰様で早く終わりました」
「どうってことないよ。年寄りは無駄に早起きだからね」
彼は再び礼を言うと、他の者たちを起こすために階段へと姿を消した。残されたのは、その後姿を見つめる老婆と、テーブルの上には今日の昼食になる予定のもの。
「さて……会う後悔と会わない後悔、どちらが幸せかね」
彼女の乾いた唇から、呟きが零れる。
「誰かを待ち人にさせるのはいけないね……そんなの、あたしだけで十分だ」
それは、先刻より微かに明るさを増した朝の光に消えていった。
「いいえ、材料も使わせて頂いて、こちらこそ助かりました」
「構わないよ。自分の作ったもの以外を食べる機会なんて、誰かと一緒に食卓を囲む機会なんて、死ぬまでないかと思ってたから」
青みがかった薄い朝の陽が窓から差し込む。
「……嬉しかった」
数時間前少女に地図の読み方を教えたテーブルの上には、パンの塊と薄く切られた肉の塩漬け、野菜が大雑把に乗せられた皿があった。
「……誰かと食べるってのは、まったく違うものだね」
そのなかから老女はパンに手を伸ばす。
「ところで、あんたたちは魔物と戦えるようだね」
それを切りながら、正面でまだナイフを入れていない野菜を選び取る彼に話しかけた。
「武器を持つ人を見る度に思い出すんだよ。魔物を狩りに行ったまま戻らなかった昔の知り合いを」
刃を引くたびに、パンの粉が敷き板に零れ落ちる。
「武器のことばかり考えているような男だった。誰かに助けられて、何処かで生きていればいいけどね」
ナイフが木に触れる音がすると同時にパンの塊から一切れ分かれると、それは板に倒れた。
「その人はずっと『武器は心で使うものだ』って言ってたよ。あたしにはどういうことだかさっぱり解らなかったが、そういうものなのかい」
「……そういう方も、いますよ」
記憶に新しいことだ。昨夜、その少女は必死になってそれを使い、誰かを守ろうとしていた。それがもたらすかもしれない悲劇など、夢にも思わず。
「そうかい。もう一度会って、もう一度話したら、今度はあたしにも解るかねぇ……」
どうか、杞憂であってほしいと思う。
静寂が降り積もり、沈殿した空気。淡々と響く調理音がそれを揺らす。
「お前さんにも、もう一度会いたい人はいるかね」
老女は過去へ向けていた視線を、規則的な音と共に野菜を切る少年へと移す。
「……心当たりは幾つかありますけど」
考える間もなく言うと、手を止めずに続ける。
「もし会ったとしても、何を言ってしまうか分かりませんから」
「……久しぶりに人と話らしい話をしたから、つい喋り過ぎたね」
問いの主は彼を数秒見つめると、ただ静かに手元に目を落とす。そして二人は何事も無かったかのように、パンに具材を挟んでいった。
「――早朝からお手伝いして頂いてすみません。お陰様で早く終わりました」
「どうってことないよ。年寄りは無駄に早起きだからね」
彼は再び礼を言うと、他の者たちを起こすために階段へと姿を消した。残されたのは、その後姿を見つめる老婆と、テーブルの上には今日の昼食になる予定のもの。
「さて……会う後悔と会わない後悔、どちらが幸せかね」
彼女の乾いた唇から、呟きが零れる。
「誰かを待ち人にさせるのはいけないね……そんなの、あたしだけで十分だ」
それは、先刻より微かに明るさを増した朝の光に消えていった。
Comment
アンケート機能追加とかで機会があればまたやりたいです。