『CROSS・HEART』Story.6 星宿の地図 6-12
「あー……で、結局どうする」
諦めて引き返す方向性へと傾いていた一行の後ろから、話を聞いていたらしい女将の声がかかる。
「別に『通行禁止』って訳じゃないけどさぁ……。止めときな。あの魔物の賞金に目が眩んで狩りに行った狩人も数人いたけど、だーれも帰って来なかったしさ……」
「……禁止じゃ、なかったんですか?」
僅かに目を見開くリセ。今までずっと『通れない』と言われていたので、勝手に『通行禁止』だと思い込んでいた。
「賞金? その魔物、賞金かかってるんですか?」
フレイアが老女を振り返る。
「そう。ええと、確か一昨日役人が来て値上がりしたとか……百五十万ガイルぐらいだったかね」
諦めて引き返す方向性へと傾いていた一行の後ろから、
「別に『通行禁止』って訳じゃないけどさぁ……。止めときな。
「……禁止じゃ、なかったんですか?」
僅かに目を見開くリセ。今までずっと『通れない』
「賞金? その魔物、賞金かかってるんですか?」
フレイアが老女を振り返る。
「そう。ええと、確か一昨日役人が来て値上がりしたとか……
瞠目し、反射的に金額を口にする四人。見事に声が重なった。
「すげーな……」
「うわー、携帯水晶いくつ買えるかな」
「フレイアさん、携帯水晶換算ですか」
「そんなにあれば、これからの旅にお金の心配は無くなるね……」
その一言で、地図から顔を上げた三人の視線がぶつかる。それぞれが考えていることは容易に汲み取れた。
「危なくなったら即撤退、は厳守ですよ」
静かに戯笑して、イズムは言う。
「まぁ……生きて帰れりゃ、損はねーよな」
「逃げ足には自信あるよ」
おどけながらも、満更では無さそうなフレイア。
その時点でふと黙り込む一同。声が、一つ足りない。
それもそのはずだと、一瞬でもその事実を忘れていたことにほぼ三人同時に後悔をする。代表するように、ハールが口を開いた。
「あー……いや、でも安全第一だしな。今回は見送――」
「行きたい」
「リ……!?」
言葉を遮られたということではなく、『遮った内容』に息を詰まらせる。驚きで二の句が継げないでいる内に、発言主である彼女は老婆を振り返った。
「あの、その魔物がどの辺りにいるとか、ご存知ですか」
「詳しい場所は分からないけど、噂では山の半分を過ぎた辺りに出るとかどうとか……少なくとも、山に入ってすぐではなさそうだけどね」
「ありがとうございます」
当然自分に話が振られるとは予想していなかったゆえ、少々目を見開きながら答える。するとリセはすぐに向き直り地図に目を落とすと、ゆっくりと、だが的確な視線で道のりを辿った。
「……二日くらい?」
「え、まあ……って、おい!」
突然求められた確認に、思わず素直に返すハール。しかし彼女が何を言わんとしているかを理解するとすぐに制止をかけようとした――――
「それまでに、魔法使えるようにする」
――が、先を越されてしまった。
「お前……」
見上げてくる瞳を見れば、軽い気持ちで言っているのではないことは明白であった。
「お願い」
だが、だからこそ、安易な言葉を返すことはできない。
「……こんな短時間で、本気でできると思ってんのか?」
呆れもない、怒気もない。ただの、無色透明な問い。
「やって、みせる」
そして彼女は、微かな躊躇を覗かせながら、それでも、瞳を逸らさずに言い切った。
暫しの無言。
見守る視線。
呼吸ですら躊躇うほどに、静止した空気。
その間、二人の視線が違うことはなかった。
「……危なくなったら絶対に下がれよ」
言うと、ハールはテーブルから地図に手を伸ばし、それを片付ける。彼は目でフレイアとイズムに了承を確認するが、二人とも異論はないようで、口を挟むことはなかった。
「はい……!」
リセは頷き、小さく笑む。それは先ほどの無邪気で咲き零れるようなものとはまた違い、安堵の中にも不安が混ざる決意の色を呈していた。
「アンタ達本気かい?」
ふいにしわがれた声が、一行を諫める。途端に空気が温度を失った。
「うわー、携帯水晶いくつ買えるかな」
「フレイアさん、携帯水晶換算ですか」
「そんなにあれば、これからの旅にお金の心配は無くなるね……」
その一言で、地図から顔を上げた三人の視線がぶつかる。
「危なくなったら即撤退、は厳守ですよ」
静かに戯笑して、イズムは言う。
「まぁ……生きて帰れりゃ、損はねーよな」
「逃げ足には自信あるよ」
おどけながらも、満更では無さそうなフレイア。
その時点でふと黙り込む一同。声が、一つ足りない。
それもそのはずだと、
「あー……いや、でも安全第一だしな。今回は見送――」
「行きたい」
「リ……!?」
言葉を遮られたということではなく、『遮った内容』
「あの、その魔物がどの辺りにいるとか、ご存知ですか」
「詳しい場所は分からないけど、
「ありがとうございます」
当然自分に話が振られるとは予想していなかったゆえ、
「……二日くらい?」
「え、まあ……って、おい!」
突然求められた確認に、思わず素直に返すハール。
「それまでに、魔法使えるようにする」
――が、先を越されてしまった。
「お前……」
見上げてくる瞳を見れば、
「お願い」
だが、だからこそ、安易な言葉を返すことはできない。
「……こんな短時間で、本気でできると思ってんのか?」
呆れもない、怒気もない。ただの、無色透明な問い。
「やって、みせる」
そして彼女は、微かな躊躇を覗かせながら、それでも、
暫しの無言。
見守る視線。
呼吸ですら躊躇うほどに、静止した空気。
その間、二人の視線が違うことはなかった。
「……危なくなったら絶対に下がれよ」
言うと、ハールはテーブルから地図に手を伸ばし、
「はい……!」
リセは頷き、小さく笑む。
「アンタ達本気かい?」
ふいにしわがれた声が、一行を諫める。
「……あたしに他人様の歩みを阻む権利なんてないから、今までは止めなかったけどね。もしあたしが強引にでも引き止めていれば、狩人たちも命を落とさずに済んだんじゃないかと……そう、思ってしまうんだよ」
そう言い、彼女は、目を伏せる。
「そう、あたしが止めてさえすれば、『あの人』も……」
――それは、追憶。いつしかの過ぎ去った過去を悔やむ、灰色の瞳。
「なぁ、もうあたしも後悔したくないんだ。だからあんた達だけは……行かないでおくれ」
今彼女が、もう戻らない、過去の『誰か』の幻影と、一行を重ねて見ているのは明白だった。
イズムは早朝の会話を思い返す。恐らく彼女が思い描いているのは、昔の知り合いだろう。武器のことばかり考えているような男だと言っていた。そして――魔物を狩りに行ったまま戻らなかったとも。
「まだ若いんだから、賞金なら他の魔物でも――」
「お金じゃなくて……!」
リセの強い声が響く。彼女自身その大きさに驚いたようで一瞬目を見開いたがすぐに視線を落とし、次の言葉を探す。
「お金じゃなくて……その……」
しかし答えが、その唇から紡がれることはなかった。老婆の溜め息が漏れる。呆れを滲ませた緩慢な動きで首を小さく振った。
「別の魔物だっていいじゃないか。何もそこまで……」
「でも…………」
――――自らに、期限を課したい。
魔法の習得は容易ではない。それは昨夜で痛いほどに感じた。
(だからこそ追い込まなくちゃ、きっとできない)
この好機を逃したら、いつ求めたチカラが手に入るのか分からない。無力な時間が長ければ長いほど、また後ろに隠れる時間も増えていくのだ。
それだけは嫌だ。守られ続けたくない。いつかは守りたい。
感謝?
恩?
罪悪感?
綯い交ぜのこの想いすら我儘なのかもしれない。この感情が正しいのかも解らない、
けれど。
「行きたいんです……!」
抱えたまま蹲るくらいなら、背負ったまま歩きたい。
――――しかし、老婆の首が縦に振られることはなかった。
「たった一晩泊めただけで何を言うかと思うだろうがね、あんたたちは、死んでほしくないと思うんだ」
俯きがちな顔が、リセへゆっくりと向けられる。
「……人が生きることを願うのは、他人であっても我儘なのかね」
リセを映すその瞳は、年月を重ね様々な感情が混ざり合い、そして一滴の憐憫が染め上げる灰色だった。
「――――……」
その何処か哀しい色に、彼女は何も、言えなかった。
「……もう、死を知るのは自分の最期の時だけにさせておくれ」
互いの願いは、同時に叶えられる。すべてが上手くいきさえすればいいだけ。それだけだ。
それだけ――――なのに、その二つの想いは、ぶつかり、弾かれ、上手く交差しない。
自分の想いも、消したくない。けど、彼女の想いも、消したくない。
「それ……は……」
何が大切で、何が願いで、何が我儘なのか。
ただ『無事に魔物を倒せばいい』という答えは出ているのに、根本にあるはずのそれらが解らず、その場に立ち尽くす。
「……逃げますから」
その時、硬直した主張の交差地点を逸らす声が響いた。
「いざとなったら逃げます。命、惜しいですから」
他愛のない会話でもするような場にそぐわぬ口調で――――
「逃げます」
その声の主、イズムは笑みを浮かべた。
「情けない宣言だね」
「そうですね」
彼にどこか冷めた視線を投げる老婆。イズムは灰色のそれに怯むことなく微笑を返す。
先に瞳を逸らしたのは――――
「……けど、守れない約束より、ずっといい。守れない約束なんて、ただの嘘だよ。あの時、もしあの人があんたみたいにしてくれていたなら、こんな辺鄙な処で、一人で宿なんてやっていなかったろうにね」
――老婆だった。
「わかったよ。若いもんには敵わないね……年寄りの戯言だと思って忘れてくれ」
「戯言なんかじゃないですよ」
彼女は微かに驚いた様子を見せたが、寂しげに目元の皺を深めて笑むと、諦めにも似た優しげな声で言った。
「あたしはセシル。……あんた達の名前も教えてくれるかね。別れ際に名乗るなんておかしいけどさ」
「次お会いしたときに困りますし、いいんじゃないでしょうか」
「……ありがとう」
各々が名乗る。それらに聞き入るように静かに目を伏せ、次に瞼を開けた時には、あの灰色に冷たさはなかった。
「……いいかい、あんた達が最優先するべきは生きることだよ。逃げても何でもいいから……生きな」
そして、再度リセに目を向ける。
「命あってのことだと忘れるんじゃないよ。……ただ」
その鋭い眼差しに、リセは緊張した面持ちで何を言われるのかと身構えた。
「…………ああいうの、あたしゃ別に嫌いじゃないよ」
驚きと、そして、喜びで息を呑む。
返事の代わりに、彼女は強い意志を灯した瞳で微笑んだ。
そう言い、彼女は、目を伏せる。
「そう、あたしが止めてさえすれば、『あの人』も……」
――それは、追憶。いつしかの過ぎ去った過去を悔やむ、
「なぁ、もうあたしも後悔したくないんだ。
今彼女が、もう戻らない、過去の『誰か』の幻影と、
イズムは早朝の会話を思い返す。
「まだ若いんだから、賞金なら他の魔物でも――」
「お金じゃなくて……!」
リセの強い声が響く。
「お金じゃなくて……その……」
しかし答えが、その唇から紡がれることはなかった。
「別の魔物だっていいじゃないか。何もそこまで……」
「でも…………」
――――自らに、期限を課したい。
魔法の習得は容易ではない。それは昨夜で痛いほどに感じた。
(だからこそ追い込まなくちゃ、きっとできない)
この好機を逃したら、
それだけは嫌だ。守られ続けたくない。いつかは守りたい。
感謝?
恩?
罪悪感?
綯い交ぜのこの想いすら我儘なのかもしれない。
けれど。
「行きたいんです……!」
抱えたまま蹲るくらいなら、背負ったまま歩きたい。
――――しかし、老婆の首が縦に振られることはなかった。
「たった一晩泊めただけで何を言うかと思うだろうがね、
俯きがちな顔が、リセへゆっくりと向けられる。
「……人が生きることを願うのは、他人であっても我儘なのかね」
リセを映すその瞳は、年月を重ね様々な感情が混ざり合い、
「――――……」
その何処か哀しい色に、彼女は何も、言えなかった。
「……もう、死を知るのは自分の最期の時だけにさせておくれ」
互いの願いは、同時に叶えられる。
それだけ――――なのに、その二つの想いは、ぶつかり、弾かれ、
自分の想いも、消したくない。けど、彼女の想いも、
「それ……は……」
何が大切で、何が願いで、何が我儘なのか。
ただ『無事に魔物を倒せばいい』という答えは出ているのに、
「……逃げますから」
その時、硬直した主張の交差地点を逸らす声が響いた。
「いざとなったら逃げます。命、惜しいですから」
他愛のない会話でもするような場にそぐわぬ口調で――――
「逃げます」
その声の主、イズムは笑みを浮かべた。
「情けない宣言だね」
「そうですね」
彼にどこか冷めた視線を投げる老婆。
先に瞳を逸らしたのは――――
「……けど、守れない約束より、ずっといい。
――老婆だった。
「わかったよ。若いもんには敵わないね……
「戯言なんかじゃないですよ」
彼女は微かに驚いた様子を見せたが、
「あたしはセシル。……あんた達の名前も教えてくれるかね。
「次お会いしたときに困りますし、いいんじゃないでしょうか」
「……ありがとう」
各々が名乗る。それらに聞き入るように静かに目を伏せ、
「……いいかい、あんた達が最優先するべきは生きることだよ。
そして、再度リセに目を向ける。
「命あってのことだと忘れるんじゃないよ。……ただ」
その鋭い眼差しに、
「…………ああいうの、あたしゃ別に嫌いじゃないよ」
驚きと、そして、喜びで息を呑む。
返事の代わりに、彼女は強い意志を灯した瞳で微笑んだ。
Comment
旅物なのに宿で丸々一話使うという……
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
この話は2008年にオリジナルのアップをし、加筆修正を2012年したものに、また最近少し加筆したものになります。今回も中学生の時に書いたものほとんどそのままの文章もあるので気恥ずかしい……それでもあの時頑張っていたのは感じられたので、出来る限り残してあります。
今更ですが『星宿』の読み方は明確に決まっているわけではなく、セイシュクでもホシヤドでもその他でもお好みでという感じです。意味としては『星のみえる宿で』とか『星が宿す』とか、そちらもお好きにとれるようにしました。ほぼ宿のなかで話が進んでいるので、星、地図の他にも宿は題に入れていいのでは……と思い作った造語です。中国の星座の意味もありますが、そちらと関係はないです。
リセにかなり変化がでてきました。ほわほわ天然に見えてすごく生真面目ですごく考えてしまう子で、これからも悩む姿はたくさんお見せしてしまうと思います。そういうのがCHらしさでもあるかなとは思っていますので、よろしければこれからも見守ってやってください。
それでは、お読みいただきありがとうございました!次話もよろしくお願いいたします💖
そろそろ連休に入る方も多いのでは思います。もしその間にまとめて読みたい!という方がいらっしゃいましたら、個人サイトで最新15話まで掲載しております。サークルページにリンクがございますので、暇つぶしにでもしていただけたら幸いです。