雑司ヶ谷高校 執筆部
生徒会長候補に壁ドンされる
 放課後、僕は歴史研究部の部室に向かった。校舎の四階、端の端、理科準備室だ。  ちなみに、隣の理科室は、科学部が使っているようだ。何をしているかは知らないが。  僕は理科準備室の扉を開けた。  既に、伊達先輩と上杉先輩は部室に来ていて、座ってポテチを食べていた。 「来たね!」  僕を見た上杉先輩は、テンション高めのいつもの調子で声を掛けてきた。 「どうも」  僕は返事をする。実は、テンション高めの人はちょっと苦手だったりする。 「いらっしゃい」  伊達先輩も挨拶してくれた。彼女は今日も表情に変化が少ない。  伊達先輩と上杉先輩はタイプが真逆だが、うまくやっているようだ。不思議な感じだが。  僕も椅子に座った。  そして、早速、昼休みにクラスメイトの毛利さんに聞いた話を振ってみることにする。 「伊達先輩、生徒会長に立候補するって聞いたんですが本当ですか?」 「そうよ。もう、生徒会に立候補届を出したわ」 「すごいですね」 「そうかしら?」 「僕だったら人の上に立つとか、責任のある地位に就くとか、思いもよりません」 「私も昔はそんな感じだったけどね」 「そうなんですか?」 「ええ」 「なんで、変わったんですか?」 「ちょっと自分を変えたいと思って」  そうなんだ。僕なんか、自分を変えたいとなんか思わないけど。今のまま、面倒なことはなるべく関わらない、というスタンスでいきたい。 「生徒会長選の話が出たから、ちょうどいいわ。武田君にお願いしたいことあるんだけど」 「え? なんでしょうか?」 「再来週に演説会があるんだけど、その時、応援演説というのがあってね。それを武田君にお願いしたいのよ」 「応援演説ってなんですか?」  この質問には、上杉先輩が答える。 「立候補者の良いところを述べるんだよ。『この人が生徒会長にふさわしい!』ってね」 「それって、全校生徒の前でですか?!」 「そう!」 「ちょっと待ってください。それは、できれば、お断りしたいです」 「なんで?」 「上杉先輩がやればいいじゃないですか?」 「私みたいなギャルがやったら、票が減るし」 「ギャルを辞めればいいじゃないですか」 「やだ」 「それに、僕、まだ伊達先輩の良いところを知りません」 「確かに、昨日知り合ったばかりだもんね」  でも、まあ、勉強を見てくれるというから、良い人なんだろう。多分。しかし、それだけでは応援演説の内容としては足りない。 「じゃあ、私の事を知ってもらうということで、今週末、一緒にお城めぐりしない?」  伊達さんが提案してきた。  は? お城めぐり?? 「昨日、日本100名城を巡るって話をしたでしょ?」 「いいねえ!土日で一緒に行動すれば、良いところを知れるじゃない!」  上杉先輩が声を上げた。 「ちょっと待ってください。土日ということは泊りがけですか?」 「そうだよ。お城めぐりの時は泊りで行くことが多いよ」  いやいや。土日は家で休みたい。それに、もう一つ心配事がある。 「旅費は??」  表情をあまり変えない伊達先輩が微笑んだ。 「安心して、部費から出すよ」  そんなに潤沢に部費があるんだろうか。しかし、部長が部費から出すというのであれば、間違いないのだろう。  いや待て、ここで城めぐりに『行く』と言ったら、自動的に応援演説もやらされる流れになる。 「やっぱり、お断り…」  と言ったところで、伊達先輩がいきなり立ち上がり、僕に近づいた。  近い近い!  僕は思わず後ろに椅子ごと倒れそうになるが、幸い後ろには棚があってそこにもたれかかるような体勢になった。そして、伊達先輩は棚に腕を突いた。  まさかの壁ドンと言うやつか?!  普通は男子が女子にするもんだろう?!  伊達先輩はいつものように落ち着いた調子で話す。 「まあ、応援演説はおいといて、お城めぐりに行きましょう。その上で、気が向いたら応援演説をしてくれればいいし、気が向かなければ、やらなくても良いわ」  えええっ…。 「ま、まあ、そういうことでしたら…」  そう返事して、とりあえず、お城めぐりに行くことは承諾した。応援演説はやるつもりはないが。  その様子を見て、上杉先輩はニヤニヤ笑っていた。  僕の返事を聞いて、伊達先輩は離れて椅子に座った。  まったく。  伊達先輩と上杉先輩は僕の回答で安心したのか、談笑しながらポテチをつまみだした。  そうだ、今日は英語を見てくれる約束だった。さっきの壁ドンの衝撃ですっ飛ぶところだったが、僕は英語の教科書を開いて、伊達先輩に声を掛けた。
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