雑司ヶ谷高校 執筆部
トニカクヒドイ
 放課後。  毛利さんは図書委員の仕事があるので、僕一人で歴史研の部室に向かう。  部室に到着すると、上杉先輩が一人。椅子に座ってスマホをいじっていた。 「来たね!」  上杉先輩がお約束の挨拶をする。 「こんにちは」  僕は部室内を見回した。 「伊達先輩は?」 「生徒会室だよ。早速、仕事。前生徒会長からの引継ぎがあるとか言ってた」 「そうですか…。伊達先輩、忙しくなりそうですね。今後、部室には来れないのですか?」 「生徒会と歴史研は半々ぐらいでやっていくって言ってた」 「そうですか…」  僕はそう言うと椅子に座った。 「何? 恵梨香がいないと寂しいの?」  伊達先輩はニヤリと笑って言った。 「まあ…、そうですね」 「アタシがいるじゃない?」  上杉先輩と二人きりだと、彼女にずっとツッコミ続けなければならなくなりそうだ。これは、疲れる。こんなことは本人に言えないが。 「そうですね」  僕は適当に回答しておいた。  上杉先輩がまた下らないことを言う前に、僕は話を続ける。 「伊達先輩、生徒会長選挙、7割得票の圧勝でしたね」 「恵梨香が得票の細かい割合を聞いたらしいんだけど、男子が8割近く、女子が6割強の得票だったそうだよ」 「えっ? 伊達先輩って男子に人気ありましたっけ?」  伊達先輩は近寄りがたい雰囲気が逆に敬遠されてそうだが。 「男子の票が多かったのは、キミのおかげだよ」 「え? 僕は何もしてませんけど。応援演説ぐらい」 「いや、あの、『エロマンガ伯爵』の一件だよ」 「え? あれは逆に票が減るんじゃないかと思っていたんですが」 「ほら、クラス委員とか決める時、わざと面白そうな人を推薦したり、投票したりするでしょ? あれと同じノリだよ。エロマンガ伯爵が副会長になるとなれば、みんな面白がって投票したということだよ。これは恵梨香の予想通り」  雑司ヶ谷高校では伝統的に応援演説した者が、副会長に指名されるそうだ。それで、みんな僕が副会長になると思い込んでいるのか。 「僕は副会長にはなりませんよ」 「みんなは、そのことを知らないでしょ」 「そうでした」  それにしても、面白そうだから投票するとか、男子みんなアホか。まあ、伊達先輩が当選したから良しとするか。  やれやれと、腕を頭の後ろに組んで天井を見上げた。  そして、上杉先輩の先ほどの言葉を頭の中で繰り返す。  ん? 「上杉先輩、僕の事を面白がって投票するのが、伊達先輩の予想通りと言いましたよね?」 「うん」 「それって、僕にエロマンガの噂が立った偶然を、伊達先輩が利用したという事ですか?」 「ちょっと違う。エロマンガの噂が立つように計画を立てたのは、恵梨香だよ」 「え? 計画って?」 「恵梨香がエロマンガの噂を広めたってこと」  え? え? え? なんだって?  だから、風紀委員にエロマンガが見つかった次の日の朝には、かなり詳しい噂が広まっていたということか?! 「ちょっと待ってください。噂を広めるためには、風紀委員にエロマンガが見つかっていないといけないわけで。あの日、僕がエロマンガを持っているタイミングで、風紀委員が部室に来ることまでは予想出来ないでしょう?」 「ああ、それね。まず、風紀委員があの日に来るように話を付けたのは恵梨香。そして、アタシがキミのエロマンガを返したのも風紀委員が来ることがわかっていたから」 「ええっ!」  数年に一回の驚きだ。  ということは、すべて計画されていたことだってこと?  あまりの驚きの為に思考がうまく定まらない。  しかし、なんとか頭をフル回転させて、追加で質問した。 「上杉先輩がエロマンガを僕の部屋から持ち出したのも計画の内ということですか?」 「そうだよ」 「そもそも、僕の部屋に来たのも?」 「そうだよ」  だから、『妹を見たい』なんて理由で、強引に家にやって来たのか?! 「僕の部屋にエロマンガが無かったらどうしたんですか?」 「他にも方法はいろいろあるよ。アタシの下着をキミのカバンに入れとくとか」 「何言ってんですか?! それ、僕、社会的に終わります」  ショックのあまり、どんどん頭がグルグル回って来た。そして、ちょっと気分が悪くなってきた。  そして、もう一つの疑問をぶつけた。 「ひょっとして、僕を歴史研に入部させたのも、それが目的ですか?」 「歴史研に部員が欲しかったのは事実だよ。でも、この計画に協力してもらう人が必要だってことも事実」  “協力” って、だまし討ちみたいなもんじゃないか。  最初から、生徒会長選挙の票の目当てで仕組まれた策略だったてこと?  驚きと怒りも相まって気分が悪くなってきた。わずかに吐き気もする。  僕は「うーん」と唸り声をあげて右手で額を抑えた。  その様子を見て上杉先輩が声を掛けて来た。 「大丈夫? なんか顔色悪いけど?」  あんたらのせいだよ。 「すいません。今日は体調が悪いので帰ります」  僕は立ち上がって部室を出た。  フラフラとなんとか帰宅するも衝撃のあまり、体調が悪く、土日まで寝込んでしまった。
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