雑司ヶ谷高校 執筆部
純文学少女
 金曜日。  ついに1週間、学校を休んでしまった。  来週からは、ちゃんと登校しようと思っている。  今日も僕は朝食を食べた後、机に向かって教科書や参考書を読んだり、スマホいじったり、昼ご飯食べた後も、うだうだしていると、やがて夕方になった。  今日は夕方の少し遅めの時間、廊下をバタバタと歩く足音が聞こえる。  妹の美咲だな。  そう思っていると、僕の部屋の扉をノックする音が聞こえた。  扉が開くと、今日は美咲とクラスメートの毛利さんが現れた。 「お兄ちゃん! また女の人だよ!」  いつもの元気さで、美咲が部屋に入って来た。  それに続いて毛利さんも入室。  毛利さんは僕に近づいて尋ねた。 「調子はどう?」 「元気だよ」 「じゃあ、ごゆっくりー」  美咲は部屋を出て行った。  僕は座布団を出して、毛利さんに手渡す。  僕らはローテーブルを挟んで向かい合って座った。 「男の子の部屋に入るの初めて」  そう言って毛利さんは部屋の中を見回す。 「そうなの?」  一応、さっきも少し掃除したから綺麗になっていると思うが…。 「ところで、体調はもう大丈夫なの?」 「体調はもともと良いんだ。問題は心をへし折られたことだよ」 「生徒会長選挙の一件ね。月曜日に部室で、先輩たちが喧嘩になってたからどうしようかと思ったわ」 「喧嘩?」 「うん。生徒会長選挙の件は、だれにも話しちゃいけなかったのに、上杉先輩が武田君に話しちゃったから、伊達先輩が怒っちゃって」  そうえば、上杉先輩がここに来た時に、『喧嘩になった』って言ってたな。 「最終的には、上杉先輩が謝って済んだみたいだけど」 「こっちは、謝れても済むような問題じゃあないんだけどな。でも、一応、先輩二人は謝りにきたよ」 「その件、先輩二人からは、あまり詳しくは内容を聞けなかったんだけど、どういう話?」  僕は経緯を詳しく毛利さんに教えてあげた。かくかくしかじか。 「ひどいね」 「そうだよなあ。でも、もういいや、って思ってるよ。月曜日に悠斗が見舞いに来てくれたんだけど、その時、逆に『先輩を利用すれば良い』とアドバイスされてね」 「利用?」 「そう、伊達先輩に勉強を教えてもらって、何回かやった小テストの点数が上がったのは事実だからね。今後も勉強を見てもらうという関係を主にしていこうかなと」 「部は…、辞めないよね?」 「今のところ、それは考えていない。でも部室に行く回数は減らそうと思っている。入部してからほとんど毎日行ってたからね。上杉先輩へのツッコミも疲れてきたし」  話をしていると、美咲がジュースを運んできてくれた。トレイをテーブルの上に置くと、毛利さんに話しかける。 「お兄ちゃんの先輩ですか?」 「私は同級生よ。毛利歩美と言います」 「私は、武田美咲です」  妹は軽く会釈した。 「最近、ここに女の人が良く来るんですよねー」  妹よ、余計なことは言わなくて良い。 「それは、先輩達のことだよ」  僕は自分のためのフォローを入れる。 「そうそう、上杉さんと、えーと…、伊達さん」 「それ以外の女の人は来てないの?」  毛利さん、何を尋ねるんだ。 「それ以外の人は来てません。でも、お兄ちゃんに女の人が会いに来るなんて、快挙なんです。つい最近まで、ぜんぜんそんなことなかったのに。いつの間にかラブコメ主人公に!」  ラブコメ主人公ってなんやねん。 「アホなこと言ってないで、用が済んだら出て行きな!」 「はいはーい。ごゆっくりー」  そう言うと、美咲は部屋を出て行った。  僕は軽くため息をついた。  そのやり取りを見た後、毛利さんは、思い出したようにカバンの中からノートを数冊、取り出した。 「武田君が休んでいる間のノートよ」 「おお! ありがとう」  毛利さん、良い人だ。 「来週、期末試験始まるけど、大丈夫そう?」 「さすがに休んだ今週の授業内容から試験問題が出たら自信が無いな」 「よかったら、土日で、今週分の勉強教えてあげるけど」 「それはありがたい」  あっ、土曜日は伊達先輩と映画に行くから…。 「日曜でどうかな? 土曜日はちょっと用事があって」 「いいわ。日曜日、時間は午後2時でどう? またここに来てあげる」 「OK。とても助かる」 「あと、これ、上杉先輩から」  と、行って毛利さんがカバンの中から恥ずかしそうに取り出したのは、先日、上杉先輩が持って帰ったエロマンガだった。  僕は慌てて、マンガを毛利さんから奪い取った。 「なんで、毛利さんが持って来るんだよ」 「昨日、私がお見舞いに行くって言ったら、上杉先輩に『返しといて』ってお願いされて…」 「ひょっとして、読んだ?」 「少し…」  毛利さん、少し顔を赤らめて話を続けた。 「部室で、みんなで回し読みを…」  は? エロマンガ回し読みとか男子か?  でも、毛利さんにこういう話の追求するのはやめよう。耐性なさそうだ。 「男はみんな、こういうの読んでるんだよ」  僕は開き直って、この話を強制終了させた。  そして、僕らはジュースを飲みながら少し話をして過ごす。  1時間ほど経って、毛利さんがそろそろ帰るというので、僕は以前から疑問に思っていたことを尋ねた。 「前に伊達先輩が言ってたんだけど、毛利さんが入部のときに好きな歴史小説家、えーと…」 「陳舜臣ね」 「そうそう、その人の歴史小説は中国のものが多いけど、歴史研って日本のお城巡ったり、日本の歴史が活動の中心じゃない? だから、毛利さんが歴史研に入った理由は歴史の事以外にあるんじゃないかって言ってたんだけど、どうなん?」 「え…? 日本の歴史にも興味があったから」  毛利さんは少々うつむき加減で答えた。  そうなんだ。  先輩たちは何か大きな秘密がありそうな風に言ってたけど、別に普通じゃん。 「ところで、普段、休み時間に読んでる本は、どういうの?」 「だいたい純文学よ」 「ふーん」 “純文学”が何を指すか、良く知らないが。  僕は毛利さんを玄関まで見送った。 「じゃあ。日曜、忘れないでね」  そう言うと、軽く手を振って毛利さんは帰って行った。
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