雑司ヶ谷高校 執筆部
ペンキ
 水曜日。  学園祭の出し物“白雪姫”の台本の読み合わせの日。  放課後、出演者たちが教室に残る。  僕も悠斗に代わって王子様役をやる羽目になったので、仕方なくセリフを覚えてきた。セリフが少ないので楽勝だった。  本番と同じように立ち位置なども確認しながら、何度かリハをする。  織田さんが幾つかダメ出しをしているが、大した問題でもなさそうだった。まあ、こんなもんかな。  僕も彼女に少し演技で指摘を受けたが、次回のリハまでには完璧に仕上がるあるだろう。  そして、リハが終わり、最後に織田さんが宣言する。 「衣装は来週水曜までに出来上がる予定だから、次回はそれを着て練習するから」  クラスで裁縫を得意としている女子達が分担して衣装を作っているそうだ。  帰り際、出演者たちが校舎を出ると、すぐそばで出し物の大道具係数名が背景用のパネルにペンキを塗っていた。ペンキの独特のにおいが鼻を突く。  大道具係の中に毛利さんが居たので声を掛けることにした。 「毛利さん、お疲れ」  毛利さんは顔を上げて僕を一度見ると微笑んだ。そして、パネルに視線を戻し、ハケでペンキを塗りながら尋ねた。 「リハは、もう終わったの?」 「ああ、すんなりね。出演のみんなは、かなり個人練習しているんじゃないかな」 「武田君もちゃんとできた?」 「できたよ。セリフ少ないから。ただ、織田さんには『もっと感情を入れろ』って言われたよ。 「武田君って、普段から感情が希薄だもんね」  そうかな? 最近は結構、愛想笑いしていると思うが。愛想笑いは違うか。 「まあ、次回のリハでは、もっと上手くやるよ。ところで、そっちは、まだ終わりそうにないの?」 「もう少しかかりそう」  背景のパネルは、数日かけて何枚か作るようだが、見たところ毛利さんたちの塗っているパネルはまだ終わりそうにない。 「じゃあ、手伝おうか」  僕はあたりを見回して、余っていそうなハケが置いてあるのを見つけた。それを手に取ってペンキの入った缶に着ける。そして、毛利さんと並んでパネルをぬり始めた。  他の出演者の数名も、大道具を手伝い始めた。  そして、しばらく作業して、あたりも薄暗くなってきたところで今日の作業は終了となった。  パネルを保管させてもらっている空き教室までもって行き、ペンキの缶などの後片付けをする。そして、作業していたメンバーも下校をする。  僕と毛利さんも連れ立って校舎を後にする。  校門付近で毛利さんが別れ際に尋ねてきた。 「今日の数学でわからない所があって、また教えてほしいんだけど…」 「いいよ」 「土曜日、予定、空いてる?」 「土曜日?」  そうか、平日は歴史研やクラスの学園祭の準備とか、毛利さんは図書委員もやっているから、厳しいか…。  そして、僕の週末は、大抵予定は開いている。 「じゃあ、土曜でいいよ」 「武田君の家で良い?」 「まあ、いいけど」  歴史研のメンバーは、何故か僕の家に来たがるな。 「じゃあ、また明日」  毛利さんはそう言いうと、手を上げて“サヨナラ”の挨拶をする。  僕は去って行く彼女の背中を少し見送ってから自宅の方へ向かった。
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