雑司ヶ谷高校 執筆部
多賀城(日本100名城 No.7)
 翌日。  朝8時頃、僕らはホテルで朝食を取った後、移動を開始する。  今日は3つお城を回るらしいが、最初の目的地は、多賀城。  多賀城の最寄り駅の国府多賀城駅までは仙台から4駅、約13分の移動だ。    国府多賀城駅からは徒歩15分ほど。  その途中には“多賀城跡あやめ園”があり、6月に来るとあやめが咲いて、あやめ祭りが開催されているという。 「6月に来ればよかったですね」  小梁川さんがそう言って、なにも咲いてないあやめ園を何枚か写真撮影する。  あやめ園から進んで、多賀城跡に到着。  多賀城は724年に大野東人おおののあずまひとによって創建。  発掘調査成果をもとに環境整備が行われており、奈良の平城宮跡、福岡の太宰府跡とあわせて日本三大史跡に数えられているという。  現在は、政庁正殿跡などの基礎部分のみが復元されている。    随分古いお城だ。推定復元図などの展示もあるのだが、戦国時代のお城をイメージしているとちょっと印象が違うなあ、などと思いながらぶらぶら歩いてみ回る。  新聞部の小梁川さんは、歴史研のメンバー以上に熱心に写真を撮っている。  政庁正殿跡から少し離れたところでは、新たに整備、復元していて工事中のところもあった。  見学を終えると、再び国府多賀城駅に戻ってくる。  お次の目的地は、青葉城。再び仙台駅へと向かう。  電車待ちのホームで、片倉部長が話しかけてきた。 「歴史研究部はこうやって、しょっちゅう旅行が出来て羨ましいなあ」 「でも、お城以外の観光は、ほとんど出来ませんけどね。しかも、電車は在来線を使うので、時間がかかるし、乗り換えも多いから疲れますよ」 「そうかあ」 「新聞部は合宿以外に旅行とかしないんですか?」  新聞部とは夏休みの合宿で偶然、伊東の旅館で一緒になったことがある。 「部で旅行は無いなあ。まあ、取材で運動系の部活の試合に行くことはあるけど、ほとんど関東だからね。でも、おかげで日焼けしてしまったよ」  片倉部長がどうして日焼けしてるか、謎がわかった。確かに体育会系の部活の試合会場は野外が多いからな。  日焼けサロンにでも行っているのかと思ったが、違った。 「武田君は運動は?」 「あまり好きでないので、やりません」 「その割には、卓球部の顧問や部長に入れ込まれてないかい?」 「なぜか、『練習に来て』と、よく言われますが、興味が無いので行きません」  何で、卓球部に勧誘っぽいのをされているのを知っているのだろうか? 「ところで、片倉部長は、なぜ新聞部に入ったのですか?」 「取材でいろんな人と知り合えるだろ? 人と話をするのが好きなんだよ。それに、人の秘密とかも色々知れるからね」 「秘密とは? 例えば何ですか?」 「秘密だから教えない」  片倉部長は、そう言って笑った。  僕は、この機会だから質問を畳みかける。 「そう言えば、個人のツイッターでも面白いことをつぶやいていると聞いたことがあります」 「興味があったら、アカウントを教えるけど」 「どういう内容なんですか?」 「校内の有名人のゴシップ的なものだね」  校内の有名人なら、僕も絶対入っているな。 「あとで、アカウント教えてください」 「OK」  そうこうしていると電車が来たので、僕らはそれに乗った。 ====================== 多賀城の情報 https://www.tagakan.jp/view/detail.html?content=2
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