雑司ヶ谷高校 執筆部
ゼロ・エミッション
 放課後。  今日は火曜日で、毛利さんは図書委員で図書室、伊達先輩は生徒会室に居る。ということは、僕が部室に行ってしまうと上杉先輩と2人きりになる。そうなると彼女に間違いなくウザ絡みされるだろう。それは回避したいので、部室には行かず図書室で勉強でもすることにした。  今日も図書室は空いている。  しばらく勉強していると、声を掛けられた。  顔を上げると横に、前髪に赤いヘヤピンの眼鏡女子=新聞部の小梁川さんが立っていた。 「武田君、こんにちは」  彼女とは、昨日までのお城巡りの時に初めて話をしたぐらいの関係。なのでちょっと緊張する。 「あ…、や、やあ。小梁川さん」 「たまに見かけるね」 「え? ここで?」 「そう」  図書室で他の人の出入りを全く気にしないので、知らなかったよ。 「小梁川さんも良く来るの?」 「たまに、記事のための資料探しで。武田君は勉強?」 「うん…、中間試験も近いし。それに、先月は学園祭とかで忙しくて、あまり勉強してなかったから」 「そうなのね。武田君って、成績どのくらい?」 「中の上。そういう小梁川さんは?」 「上の上」  そうですか。  小梁川さんは続ける。 「話は変わるけど、片倉部長に『武田君と仲良くしとけ』って言われたのよ」 「はあ?! なんで?」 「ネタに事欠かない人だから」  僕はため息をついた。  エロマンガ伯爵とか、“白雪姫”の舞台とか、巻き込まれてる事ばかりだけどな。  それをツイッターで拡散されるのは、いい迷惑なんだが。  小梁川さんは話題を変える。 「今回、お城巡りに同行させてもらったけど、すごく疲れた。今も疲労が残ってる」 「だろ? 本当は、もっとゆっくり回りたいんだけどね」 「いつもあんな感じなんだよね?」 「そうだよ。もう同行取材したくないだろ?」 「行く場所によるな」 「行きたい所があるの?」 「沖縄と北海道。その時は取材で一緒に行くかも」  それ、自分が観光したいだけだろう。 「沖縄と北海道にも100名城あったよな…、確か…。ん? なんだっけ?」  僕は首を傾げる。  小梁川さんが、スラスラと答えを言う。 「北海道は、根室半島チャシ跡群、五稜郭、松前城。沖縄は、今帰仁なきじん城、中城なかぐすく城、首里城よ」  僕は驚いた。 「なんで知ってるの?」 「ちょっと、調べたのよ。てか、なんで武田君が知らないのよ?」 「僕は真面目な部員じゃないからね。面倒なことは先輩たちに任せてる」 「噂通りの“省エネ主義”ね」 「目指すは“ゼロ・エミッション”なんだよ」  それを聞くと、今度は小梁川さんはため息をついた。そして、尋ねてきた。 「何か、熱中できるものとかないの?」 「ないね」 「即答! じゃあ、恋愛とかは?」 「うーん…。ないなあ」 「そうなの? でも、武田君って、女子に結構人気あるよ」 「はあ? 嘘だろ?」 「本当よ。みんな、武田君のことを“いい人”っぽいって言ってる。まあ、女子の言う“いい人”って、“どうでもいい人”って意味もあるけど」  なんだよそれ。  小梁川さんは話を続ける。 「ただ、武田君は毛利さんと付き合ってると思って、遠慮して距離を置いてる人が多いけど」 「え? 付き合ってないよ」 「うん、知ってる。仙台で泊まった時、毛利さん本人に確認した。でも、学校の有名人の武田君が誰と付き合うかは、新聞部としてかなり注目しているから」 「勘弁してよ」 「じゃあ、勉強の邪魔になるから行くね」  僕は手を挙げて“わかったよ”と合図する。  小梁川さんは、クルリと身体の向きを変え、図書室の奥に消えていった。
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