雑司ヶ谷高校 執筆部
『距離0.01mm』
 歴史研のメンバーでの勉強会は、無事、夕方ごろに終了した。  取り敢えず明日からの中間試験は何とかなりそうだ。  皆が一息ついて、談笑していると、上杉先輩がベッドの上から話しかけてきた。 「この漫画、面白いね」  彼女が手に持っているのは、僕が雑司が谷高校の学園祭で買った漫研の同人誌。  R18ではないが、その境界線をギリギリまで追求したというアレだ。  確かに僕も読んでみて、ギリギリのエロさでだけなく、ストーリーも面白いと感じていた。 「これ、どこで買ったの?」 「雑司が谷高校の学園祭で、漫研の物販で買いました」 「へー。誰が描いたんだろうね」  上杉先輩はペラペラとページをめくりながら尋ねた。 「著者の名前が表紙に書いてあるじゃないですか?」  表紙には、主人公の男子とヒロインの絵。  タイトルには、 『距離0.01mm』  そして、  ●原作:アンナ・鶴ゲーネフ  ●作画:バタフライ・ビー  と書かれてある。 「それはわかってるよ。ペンネームじゃあ、学校の誰かわからないじゃん?」  上杉先輩は不満そうに言う。 「確かに…」  しかし、そもそも、雑司が谷高校の生徒とは限らないのでは?  それにしても、変なペンネームだ。  “鶴ゲーネフ”は、“ツルゲーネフ”と読むのが正解なのか?  バタフライ・ビーは、蝶・蜂?  などと考えていると、毛利さんが口を挟んだ。 「ツルゲーネフは19世紀のロシアの文豪よ。何作か読んだことがある」  文豪か。なら文学少女の毛利さんなら得意分野だろう。 「アンナ・ツルゲーネフっていう文豪なの?」 「文豪のツルゲーネフは男で、たしか、名前はイワン・ツルゲーネフだったはず」 「じゃあ、別人かな」 「内容を確認すれば、良いんじゃない?」  上杉先輩が提案する。 「そうか…、じゃあ、毛利さん、これ読んでみて、ロシアの文豪が原作か確認してくれないかな?」  僕は同人誌を上杉先輩から奪い取って、毛利さんに手渡そうとした。 「エロい本を無理やり女子に読ませるのは、セクハラだよ」  と、上杉先輩はニヤつきながら言う。 「あっ! 毛利さん、ゴメン」 「いいよ、家で読んでみる」  そう言って毛利さんは同人誌を手にした。  取り敢えず勉強会はお開きとなった。  帰り際、美咲も伊達先輩に何度も礼を言っている。  皆の帰宅を、玄関まで見送る。  皆を見送った後、妹が言う  「伊達さんにもっと勉強見てもらいたいなー」 「伊達先輩、家庭教師のバイトやってるから、お金払えばやってくれるんじゃない? 親父に相談したら?」 「そうだ! お兄ちゃん、伊達さんと付き合いなよ」 「なんでそうなるんだよ?」 「私も、タダで教えてくれそうじゃん?」 「断る」  打算的な妹だ。  僕は戻って自分の部屋の扉を開けた。  今回も、女の匂いで充満している…。  僕は、しばらく、それを堪能してから消臭剤を撒いた。
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