雑司ヶ谷高校 執筆部
空飛ぶペンギン
 土曜日の午前10時、池袋駅地下道のいけふくろう前。  今日は、ここで織田さんと待ち合わせしている。  いけふくろう前、それなりに有名な待ち合わせスポット。僕以外にもたくさんの人が待ち合わせのために集まっている。  僕は、ちょっと早めに来たので待つ。すぐに織田さんがやって来た。  本日の織田さんのコーデは、薄いグレーのハーフジップポロのワンピース。スカート丈が短い。そして、髪は編み込みハーフアップにしている。  学校とは、だいぶ印象が違って見えた。  織田さんの私服姿は初めてだが、僕なんかが相手なのに気合入れてくれているのが良く分かった。 「おはよう」 「おはよう。じゃ、行こ」  織田さんは僕の腕を取って引っ張った。  今日の予定はまず映画を見た後、サンシャインシティの水族館に行くという行程。  時期的にハロウィンが近いので、街の飾り付けが、かぼちゃとか、お化けとかが目立つ。  そんなわけで、まずは“Hareza池袋”という商業施設にある映画館に向かった。  これから観る映画『恋する大腿骨』は、織田さんのチョイス。  少女漫画が原作。イケメン俳優が出てるので、最近話題らしい。僕は全然知らなかったが。  チケットを買うと、僕らはポップコーンとジュースを購入して座席に向かう。  映画が始まって、鑑賞開始。  原作が少女漫画の作品は、当然、女子向けで主役は女性だし、主役の感情の動きとか、いまいちピンとこなくて、良くわからないというの本音だった。  映画が終了。  次は、お昼ご飯を食べようということで、ファミレスに入ることにした。  ちょっと混んでいたので、少々待たされた。  ようやく席が空いたので、店員に案内される。  織田さんが例によって口火を切る。 「武田君って、進路希望どうしたの?」 「文系で出したよ」 「あれ? 数学とかが得意なんじゃなかったっけ?」 「それほど得意じゃないよ。理系、文系科目両方とも成績は中の上で、特に抜きん出たものは無いんだよ」 「じゃあ、理系でも良かったんじゃない?」 「大学の理系は、実験とかレポートとか大変だって聞いたし、理系に進みそうな友達がいなかったから」 「そっか。私も文系で出したよ。でも、クラス分けは成績順になるらしいから、2年では武田君とは同じクラスにならないかもね」  どういうこと?  別に同じクラスにならなくてもいいでしょ? 「武田君、いい人だから、同じクラスがいいな」  “いい人”というのは、“どうでもいい人”というの小梁川さんの言葉を思い出した。  さらには、伊達先輩が言うように、僕は、“お人よし”らしいから、みんなにいい具合に利用されているのだろう。で、実際にされた。  織田さんもそんな感じで僕を見ているのかな?   今後も勉強を教えろとか言われてるし。さらには、来年の生徒会選挙で応援演説してほしいとかも言われたな。  やれやれ。まあ、織田さんとは、同じクラスにはならないかもだけど。  ん? 別のクラスになっても“お願い”は、されるのか…。  そんなこんなで、昼食を終えて、お次はサンシャインシティの水族館を目指す。  サンシャインシティの水族館は見どころが幾つもあるが、一番はペンギンの水槽。それは、下から覗き込むような特殊な形をしているので、あたかもペンギンが空を飛んでいるように見えるのだ。  ペンギンとかアシカとか、期間限定でやっている特別展示などをぐるぐる回って見る。  水族館を堪能したあと、サンシャインシティ近くのカフェで休憩する。  しばし、世間話をして過ごす。  織田さんが寂しそうに話し出した。 「こうやって思いっきり遊べるのは、今月までなのよ」 「どうして?」 「言ったでしょ、来月からは演劇部の活動が再開するから、結構忙しくなりそうなのよ」  昨日、そういうことを言ってたな。  確か、冬休みに演劇部の公演があって、さらに12月と1月にも映研の撮影がある、とか。よくやる。 「放課後も土日も、そうなの?」 「だいたい、そう」 「そうか…、まあ、頑張って…、としか言えないけど」 「ありがとう、頑張るよ」 「冬にやる舞台とか見に来てくれるでしょ?」  どこかの小劇場を借り切ってやるんだっけ…。 「ああ…、都合がつけば…、だけど」 「ええーっ、絶対来てよ」  僕は、返事の代わりに笑って誤魔化した。 「ねえ、この後、カラオケ行かない?」  織田さんが新たな提案をしてきた。 「えっ? うーん…」  カラオケなんて、ほとんど行かない。そもそも、僕は騒がしいのが苦手なのだ。 「歌とか全然知らないし」 「じゃあ、私が歌ってるのを聞いてるだけでもいいよ」 「まあ、それじゃあ…」  というわけで、カラオケBOXに連行された。  2時間で予約を入れて、少し待たされた後、部屋に向かった。  カラオケBOXとか、すごく久しぶりだ。  中学の頃、なぜか家族で行ったことがあった。  それっきりだ。  飲み物はファミレスのドリンクバーのようになっているので、自分で注ぎに行く。  部屋に入ると、織田さんが早速、デンモクで曲を入れて歌い始める。  曲は…、全然知らない。  彼女が歌い終わったら、とりあえず拍手しておく。  その後も織田さんは、たまに休憩しながらも、一人でずっと歌っている。  よく歌い続けられるものだ。演劇部だから喉が鍛えられているのだろうか?  歌は上手かった。  1時間と少し歌い続けて織田さんは飲み物のお代わりを注ぎに部屋を出た。  あれだけ歌ったら、喉も渇くだろう。  部屋に戻ってきたら、彼女は僕の隣にぴったりと体を付ける様に座った。 「ねえ。知ってる歌、あった?」 「まあ、何曲かは」  本当は全然わからない。 「ところで」  織田さんは話題を変える。 「今日の私の服、どう?」  どう? と言われても…。  スカート丈が短いので惑わされそうだ。  彼女の太ももから視線を外してから言う。 「いいと…、思うよ」 「このハーフジップなんだけど…」  そう言って、胸元のファスナーの引手をちょっと下げて見せた。 「脱がせる時、楽なんだよね」 「えっ!」  織田さんが、突然変なことを言いだしたので、思わず声が出た。  脱がせるって、おいおい。 「“脱がせる時”じゃなくて、“脱ぐ時”でしょ?!」  織田さんは、僕の反応を見てプッっと笑った。 「何、コーフンしてるのよ」 「興奮は、してない」  この場を早く誤魔化そう。 「次、歌ったら?」 「そうね」  織田さんは僕から離れて再び歌いだした。  カラオケBOXの2時間が終わり、最後に織田さんの提案で、LINEを交換した。  そして、僕らは帰路に付く。  織田さんは西早稲田に住んでいて、僕は雑司が谷、というわけでメトロの副都心線で池袋駅から雑司が谷駅までは一緒だ。  僕は、雑司が谷駅で地下鉄を降りる。 「じゃあ、また学校で」  僕らはお互いに別れの挨拶をした。  それにしても、織田さんのような陽キャのノリには慣れないな。  さほど興味の無い内容の映画に、水族館に、カラオケ…。  おかげで、どっと疲れた。
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