雑司ヶ谷高校 執筆部
文豪ストレンジクレイン
 木曜日。  あっという間に放課後。  今日は、毛利さんと一緒に歴史研の部室に向かう。  部室に到着すると、中では上杉先輩が紙パックのジュースを飲みながらスマホいじりに興じていた。  僕と毛利さんが席に着いたところで、毛利さんはカバンの中から本を取り出した。  先日、僕が文豪ツルゲーネフが原作かどうかの確認をお願いした、R18ギリギリを追求した、R18でない同人誌『距離0.01mm』だ。  これのこと忘れてた。 「これだけど」  毛利さんは僕に同人誌を手渡しながら言う。 「ツルゲーネフの原作じゃないみたい」 「そうか…」  ということは原作者の“アンナ・鶴ゲーネフ”というのは、文豪とは関係のないペンネームということか。 「ただ」  毛利さんが続ける。 「ロシア文学に詳しくないと、“鶴ゲーネフ”なんてペンネームをつけないと思うよ」  確かに。  しかし、何で“鶴”?  奇妙だ。 「学校でロシア文学に詳しい人って誰だろ?」 「さあ? あんまり聞かない」  僕はふと思い出した。 「確か、語学研究部ってのがあったよね? ロシア語をやっている人もいたような」 「語学研究部なんてあるの?」  上杉先輩が尋ねた。 「あります。学園祭の時に“インターナショナル・カフェ”というのを2軒隣の教室でやってました」 「ああ、そう言えば、あったね」 「語学研究部って、部室どこだろう?」  僕は尋ねるも、上杉先輩も、毛利さんも、部室がどこか、部員が誰かも知らなかった。 「そもそも、漫研の人に聞けばいいんじゃないの?」  毛利さんが言う。 「それもそうだ」  灯台下暗し。  でも、ここに居る3人は、漫研にも知り合いがいなかった。  僕たちは友達が少ない。  まあ、いいか。  すぐに原作者の正体がわからなくても別に構わない。  いい作品なので、ちょっと興味があっただけだ。作画の“バタフライ・ビー”と共に、ゆっくり探すとしよう。 「毛利ちゃん、さあ」  上杉先輩が話しかける。 「その同人誌、最後まで読んだの?」 「はい」  毛利さんは、恥ずかしそうに答えた。 「どうだった?」 「えーと…」  毛利さんは回答に困っている。  エロに免疫が少ない毛利さんには過酷な質問だ。  僕は止めに入る。 「上杉先輩、セクハラになりますよ」 「そうだね。ゴメン、ゴメン」  この話はこれで終了し、今日も上杉先輩はスマホいじり、毛利さんは読書、僕は勉強をして過ごす。  しばらくして、毛利さんが話しかけてきた。 「昨日、部室に来なかったけど、どうしてたの?」 「ああ、図書室に行って、そのあと直接家に帰ってしまったよ」 「水曜日に図書室に行くの珍しいね」  僕が図書室に行くのは、上杉先輩と2人きりになるのを避けるため。毛利さんが図書委員の仕事で図書室に居る時だ。  だから、大抵、火曜日と金曜日に図書室に行く。 「小梁川さんと会ってたんだよ」 「新聞部の? 火曜日も話をしてたよね?」 「うん、ちょっと、聞きたいことがあってね」  横から上杉先輩が割り込む。 「なになに~? 逢引き?」 「違いますよ」 「じゃあ、何よ?」 「ツイッターの運用について聞いてたんです」 「なんで?」 「個人的に興味があって」  宇喜多さんとお近づきになりたいなどとは言えず、適当にごまかす。 「あ、そう」  上杉先輩は、納得したようだった。  しかし、毛利さんの表情を見ると、ちょっと納得いってない感じだった。  僕は、それに気が付かないふりをして、自分の勉強に戻った。
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