雑司ヶ谷高校 執筆部
抵抗勢力
 火曜日。放課後。  僕はいつもの様に図書室で勉強をしていた。  すると声を掛けられた。 「武田君」  顔を上げるとそこには、前髪に赤いヘアピンの眼鏡女子=小梁川さんが立っていた。  彼女は隣に座る。 「今、取材してもいい?」 「取材? 何の?」 「織田さんのことよ」  どうしようか…。まあ、彼女と付き合っているのは隠してないし、話してもいいか。 「いいよ」 「録音もするね」  そう言って、小梁川さんはスマホのボイスメモを立ち上げた。  そこまでするのか? これは、迂闊なことを話せないな。 「じゃあ、始めるわね…。武田君、織田さんと付き合ってるって本当?」 「本当だよ」 「おおっ! いつから?」 「先週の土曜日」 「ほやほやだね」 「そうだね。湯気が立ってるよ」  僕は冗談を言った。 「武田君から告白したの?」 「そんなこと言えないよ、恥ずかしい」 「どういうシチュエーションで?」 「秘密」 「えーっ! 教えてよ」 「やだよ」 「じゃあ、織田さんのことを意識し始めたのはいつ?」  恋愛感情がまだ無いから、いつ意識し始めたと言われてもな。困った。  適当に答えよう。 「"白雪姫”の舞台あたりから、かな」 「やっぱりステージ上で、キスされたことが切っ掛け?」 「まあ、そんなところ」  これも適当。 「ということは、付き合うまで1か月半ぐらいね。織田さんの噂については、どう思っていたの?」 「噂? 織田さんがいろんな男と付き合ってた、という噂のこと?」 「そう、それ」 「なんとも思っていないよ」  これは本当だ。 「最近は、そんなに男と付き合っていなかったみたいだけど」 「その様ね。で、どこまで行ってるの」 「え? どこまで行くとは?」 「キスとか、もっとすごいこととか、そういうことよ」  キスだけだけど。 「それは、秘密だな」  教えない。 「そう、わかったわ。さすがにそれは言えないわね。でも、武田君と織田さんが付き合っているというネタは、ツイッターでバズるわ」 「そうかい」  一方的に聞かれるのは面白くないな。僕は小梁川さんに言った。 「小梁川さんのことも教えてよ」 「私?」  小梁川さんは、ちょっと驚いたようだった。 「教えてくれたら、僕のこと、もう少しは話してもいいよ」 「いいわ」  よし、いろいろ聞いてみよう。 「小梁川さん、彼氏は?」 「今はいないよ」 「どこに住んでるの?」 「練馬」 「きょうだいはいる?」 「大学生の兄がいるわ」 「趣味は?」 「人間観察」 「得意な教科は?」 「生物と化学」 「ということは、理系に進むの?」 「そのつもりよ」 「あれ? 将来の夢はジャーナリストじゃないの?」 「科学ジャーナリストという職業ものあるのよ」 「へー」 「だから、私は科学部にも在籍してるのよ」 「そうなんだ。そういえばラムネ美味しかったよ」  学園祭で科学部が自作のラムネを作っていて、それのお裾分けをもらったことがあったのだ。 「そう、よかったわ」  小梁川さんは微笑んだ。 「私のこと知ってどうするのよ」 「さあ、どうしようか?」 「じゃあ、私の番ね」 「武田君は毛利さんとは、付き合ったことなかったんだっけ?」 「それは、お城巡りの時に毛利さん本人に聞いたんじゃなかった?」 「ええ。でも、武田君の口からも聞きたいわ」 「付き合ってないよ」 「好きでもなかった?」 「ない」  これは嘘。  好きだった。書庫での一件がなかったら、毛利さんとは付き合っていただろう。 「他に気になる女子は、これまでに、いなかったの?」 「いないよ。つい最近まで、まさか彼女が出来るとも思ってなかったからね。僕は、ぼっちの陰キャだから」 「そうね」  そこは、"そんなことないよ”、だろ。  小梁川さんは、質問を続ける。 「住んでいるところは?」 「学校から徒歩5分」 「きょうだいは?」 「中2の妹が1人」 「妹さん、厨二病なの?」 「いや、中学2年という意味だよ」 「武田君の得意科目は?」 「なし」 「趣味は?」 「マンガを読む、寝る」 「将来の夢は?」 「考え中」 「部屋に連れ込んだ女の数」 「えーっと…」  部屋に来たことがあるのは、雪乃、毛利さん、伊達先輩、上杉先輩。  でも、"連れ込んだ”、というのとは違うよな。  そして、これ、言うことないか。 「秘密」 「じゃあ、これぐらいでいいわ」  小梁川さんは、ボイスメモを止めた。 「これ、僕の言ったこと全部ツイッターに流すの?」 「全部じゃないわ」  小梁川さんは、急に真顔になって話題を変える。 「それと、生徒会に対抗しようとする勢力がいる話は知ってる?」 「知ってるよ。昨日、聞いた。北条先輩でしょ?」 「そう。その情報は新聞部が、いち早く入手したのよ」 「へー。それで、新聞部はどちらに付くの?」 「私たちは、もちろん生徒会側よ」 「対策として、まずは、だれか男子を生徒会役員にするって聞いたけど。それって武田君?」  あまりしゃべらなほうが、いいのかな?  でも生徒会と新聞部は繋がっているみたいだからな、いいのか? 「その話は昨日されたけど、まだ確定じゃないよ」 「話はあったのね」 「まあね。ところで北条先輩以外に、どういう人たちが抵抗勢力なの?」 「新聞部が知っている範囲だと、生徒会長選挙の時の北条先輩の仲間と、あとは将棋部とか」 「将棋部?」 「なんでも、ガリガリ君の領収書を却下されたことを逆恨みしているみたい」 「なにそれ?」  なんだ、人間が小さいな。 「今は、抵抗勢力の人数は少ないけど、まだ仲間が増えるかもしれないから。注意している」  しかし、これ、面倒なことにならないといいけどな。  小梁川さんの取材は終わり、彼女は去って行った。  僕は自分の勉強に戻る。
ギフト
0