雑司ヶ谷高校 執筆部
脅迫
 週が明けて月曜日。  いつもの様に登校し、いつもの様に授業を受け、いつもの様に織田さんと昼食を取った。  昼食を食べ終わり、食堂を後にする。  織田さんはお手洗いに行くというので、食堂の出口あたりで一旦別れた。  廊下を進むと、いきなり、男子3人に前をふさがれた。  顔をあげると3人の内1人は知った顔。  生徒会長候補だった北条そら先輩だった。  彼が話しかけてきた。 「なあ、ちょっと顔貸してくれよ」  北条先輩はそう言うと、他の2人は示し合わせたように僕の両脇を掴んだ。 「えっ?」  僕は突然のことで、驚きと困惑でそれ以上、何も言えなかった。  階段を上がって2年のフロアまで連れてこられて、やっと僕は口が利けた。 「ど、どこに行くんですか?」 「いいから、だまってろ」  北条先輩はぶっきらぼうに言う。  そして連れてこられたのは、男子トイレ。  一番奥まで連れて来られると、壁を背に立たされた。 「なあ、副会長殿。ちょっと、協力してほしいんだが」  こんなところに連れてこられて3人に囲まれているので、小心者の僕はすっかり怯え上がってしまう。 「な、何を…ですか?」 「生徒会の情報を流してほしんだよね」 「情報?」 「あのクソ女どもが、今後どういうことをやるとか、どんな新しいことをやろうとしているとか、俺の公約をまたパクりそうとか、そういうこと」 「そんなこと…、できるわけないですよ」  すると、突然、北条先輩は僕の胸倉をつかんで引き上げた。  ネクタイも引っ張られて、雪乃からもらったネクタイピンが外れて床に落ちる音がした。 「お前、今の状況を把握できてないの? 拒否できる状態じゃあないんだよ」 「そ、そんなことを知って、どうするつもりなんですか?」 「妨害に決まってるじゃん。そのためには、これから何をやろうとしているか、知りたいんだよ。幸いなことに、君が生徒会に副会長として入ったから、協力してくれないかなあ、と思ってるわけ。あのクソ女ども、女ばかり優遇しやがって。男子の多くが俺に同調してるから、状況次第ではあいつらを全員辞めさせてやろうと思ってる」 「そんな…、無茶苦茶な」 「だから、男同士、話が分かる君に協力をお願いしているわけよ」  胸倉掴んどいて、協力とはふざけてる。  僕は答えずに黙っていた。 「協力してくれないんなら、お前の女、織田だっけ?」  北条先輩はニヤつきながら話を続ける。 「彼女がどうなるかわからないよ。淫乱で締まりが良いらしいじゃん? 武田君もヤってるんでしょ? 俺も味わってみたいなあ」  こいつ、何言ってるんだ。  流石の僕も怒りが込み上がってきたが、腕力では勝てそうにない。それに北条先輩以外にも2人後ろに控えている。  僕は雪乃に被害が及ばないようにするためにも、ここは脅迫を受けれるしかないと判断した。 「わ、わかりました」 「おっ。良い返事が聞けて嬉しいよ」  そこで、予鈴が鳴った。 「じゃあ、また話を聞きに行くから。生徒会の情報、仕入れといて」  そう言うと、北条先輩と仲間たちはトイレを去って行った。  僕は脅された恐怖と怒りで、しばらくその場で呆然としてしまう。  次に、早く教室に戻りたいという感情が起こり、床に落ちたタイピンを拾ってポケットに入れる。  そして、小走りで教室に向かった。  何とか教室に着く。  自分の席に座るが、脅された恐怖が再び込みあがってきた。さらには雪乃の身が危ないという不安も襲って来る。  身体が震える。そして、息苦しくなってきた。呼吸が上手くできない。  隣で僕の異変に気が付いた毛利さんが声を掛けてきた。 「大丈夫?」  僕は呼吸が苦しくて、ろくに返事ができなかった。 「武田君、顔色悪いよ。気分悪いの?」  僕は何とか微かに頷く。 「保健室行こう!」  毛利さんは僕の腕を掴んで立ち上がらせようとする。  悠斗も異変に気が付いた。  素早く僕のほうに駆け寄り、毛利さんと反対側の腕を掴んだ。 「おい、大丈夫か?」  僕は返事が出来ない。荒い呼吸をするだけ。 「保健室!」  悠斗はもう叫ぶと肩を抱えて教室を出た。  雪乃もそれに気が付いて、僕が悠斗と毛利さんに支えられて廊下を進むのに合わせて、声を掛けて来る。 「純也、大丈夫? 先に教室に戻っていると思ったのに、居なかったから…。何かあったの?」  僕は何も話すことができなかった。  保健室に到着すると、悠斗が養護教諭に事情を話して、僕はベッドで休ませてもらうことになった。  ブレザーとネクタイを外されて横になる。  少し呼吸が落ち着いてきた…ような気がする。  横になった僕の耳に会話が聞こえている。  養護教諭が悠斗、毛利さんから事情を聞いているようだった。  過呼吸とか、なんとか言っているようだ。  とりあえず、後は養護教諭に任せて、皆、教室に戻ったようだ。  しばらくして、養護教諭は僕に話しかけてきた。  僕は少しは会話できるようになったが、気分がすぐれないので、まだ居させてもらうことにした。  そして、結局、午後の授業は休んでしまった。  状態は少し良くなった。  呼吸は普通にできている。しかし、気分が悪いままだ。  放課後になって、雪乃と毛利さんと悠斗が再び保健室にやって来た。   「大丈夫か?」  悠斗が僕の顔を覗き込んできた。 「少し良くなったよ」  僕は何とか答えた。 「そうか、よかったよ」  僕が返事ができるのを見て、皆、安心した表情をしている。 「もう、大丈夫そうだね。俺、サッカー部があるから行くよ。純也のカバンは持って来たから置いとくよ」  そう言って悠斗は、僕のカバンをベッドのそばにあった椅子の上に置いて、保健室を出て行った。 「純也、帰れそう?」  次に雪乃が話しかけてきた。 「もう、大丈夫」 「よかったよ…。私も演劇部があるから行くね」  そう言って雪乃も去って行った。 「立てる?」  毛利さんが声を掛けてきた。 「うん、多分」  僕はベッドから降りた。  何とか歩けそうだ。  壁のハンガーに掛けられたブレザーとネクタイを取った。  僕がカバンを手にしようとすると、毛利さんが代わりに持ってくれると言うのでお願いした。  養護教諭に礼を言って、ゆっくりと保健室を後にする。  ゆっくり歩いたので、学校から自宅まで15分かかった。  毛利さんは自宅まで付き添ってくれた。  自宅では妹の美咲が先に帰宅していて、僕がふらついているのを見て驚いて声を掛けてきた。 「お兄ちゃん、どうしたの?」  僕の代わりに、毛利さんが答えてくれる。 「学校で体調が悪くなったの」  僕は毛利さんに支えられながら、自分の部屋にたどり着いた。  そして、部屋着に着替えるため、毛利さんには一旦部屋の外で待ってもらって、ベッドに横になる。  妹は、コップに水を入れて持ってきてくれた。 「変な物、拾い食いしたんでしょ?」  妹はコップを僕に手渡すと、あきれたように言った。 「違うよ」  僕は水を飲んでから答える。  今日は、妹の絡みに対応する気力がない。  妹は、絡みに反応しない僕の弱った様子を見て、部屋を後にした。  毛利さんはベッドに脇に座って、引き続き僕の様子を見ている。 「何か、あったの?」  毛利さん曰く、養護教諭の言っていた“過呼吸”というのは、不安や恐怖などのストレスが原因で起こるそうだ。  だから、僕に何かあったのではないかと思ったらしい。  北条先輩に脅されて滅茶苦茶ビビったのが原因だが、雪乃に被害が及ぶので脅されている事は話すことは出来ない。 「いや、なにもない」  今はそう答えることしかできない。  下手に話をして、毛利さんも巻き込まれてしまうかもしれないという、恐怖もあった。  今後は北条先輩の言いなりになるしかない。  結局、毛利さんは30分ばかり僕の様子を見ていたが、とりあえず帰宅した。  僕は絶望を感じながら、そのまま部屋で過ごした。
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