生徒会室から、将棋部が使っているという空き教室に向かう。
そして、扉の前に立つ。
緊張している僕は、覚悟を決めて扉を開けた。
教室の中では、皆、対局をしていた。
部員は12名。
皆、僕に気が付いて振り向く。
その内の眼鏡を掛けた七三分けの真面目そうな男子が、対局を中断して歩み寄ってきた。
「やあ、エロ伯爵さん…。そう言えば、副会長になったんだったね。何か用?」
彼は無表情で尋ねて来た。
「ええと…。部長さんは、おられますか?」
僕は緊張MAXで尋ねる。
「僕が部長の十河 です」
彼が答える。
「僕は武田と言います」
「知ってる」
だよね。
さて、演技、演技…。
「ええと…。実は生徒会で、一度却下した将棋部の領収書を、僕が会長と交渉して承認させました。それで、その836円を渡そうと思って来ました」
僕はお金の入った茶封筒を手渡そうとする。
「ええっ! 本当かい?!」
十河部長は驚いて目を見開いた。
そして、振り返って他の部員に叫んだ。
「ねえ! ガリガリ君、OKだって!」
「うおー!」
「やったー!」
教室内で、将棋部員たちが奇声を上げた。
え!? なんで、こんなに喜ぶの?
僕は困惑した。
将棋部は部費が少ないとか…?
「君が交渉してくれたっていうのは本当かい?」
十河部長が改めて尋ねてきた。
「そうです」
「そうかー。よかったら、お茶でも飲んでってよ」
十河部長は僕の背中を押して、教室の中に連れ込む。
そして、どこからともなくお茶のペットボトルを出して手渡してきた。
僕はそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます」
「さすが、副会長! 話が分かる!」
部員が1人1人握手を求めてきた。
僕は想定外の大歓迎ぶりに少々困惑し、苦笑いをしながら対応する。
一番最後に、紅一点の女子とも握手をした。
この子が以前、伊達先輩が言っていた、将棋が滅茶苦茶強い女子だな。
何度か廊下で見かけたことがあった。髪の長い、清楚系の女子で、クリクリっとした大きな目が印象的だ。
「今後、生徒会は僕が居ますので、もうちょっと融通が利くようになると思います」
僕は適当なことを十河先輩に言う。
「そうかい、よかったよ。会長の伊達さんって、同じクラスなんだけど、ほとんど口を利かないし、何を考えているのか全然わからないからね」
そうなんだ。
伊達先輩がクラスで、どうしてるかとか知りようもないしな。
いや、確か…。伊達先輩も友達は少ない方だとか言ってたっけ…?
浮いてるのかな?
「今後もよろしくね」
十河部長は言う。
「はい」
まあ、僕は“いるだけ副会長”だから、何かやることはないと思うけど。
とりあえず、お金も渡せたし、友好的な雰囲気になったので、肩の荷が下りた。
安心して、世間話もできそうだ。
そんなわけで、将棋の話題を十河部長に振ってみた。
「最近、アニメの影響で、歴史研で将棋が流行ってるんですよ」
「ああ、あのアニメね。でも、あれって将棋の要素ほとんどないじゃん。ただのラブコメだよね」
「ですよね…。まあ、でも、僕ともう1人が対局して遊んでいるんです」
「ほほう。君も将棋出来るの?」
「ええ、まあ。すごく弱いですけど」
「じゃあ、記念に1局やっていく?」
「ええ、是非」
「成田さん、対局してあげてよ」
「はい」
例の女子が返事をして歩み寄って来た。
十河部長が彼女を紹介する。
「彼女は成田 愛夢 。奨励会員で女流棋士を目指しているんだよ。当然、この部では一番強い。将来、有名な棋士になると思うから、対局したこと自体が自慢になるよ」
ショーレイカイイン? 何それ?
そして、有名人になるのなら、サインをもらっておこうかな?
「武田君。よろしく」
成田さんに穏やかな口調で挨拶された。
上品そうだ。東池女子校の宇喜多さんと雰囲気が似ている。
こういう感じの女子は好きだな。
「よ、よろしく。成田さん」
僕は、緊張しながらも挨拶を返す。
早速、僕は将棋盤の前に座らされた。
「ハンデがいるね」
十河部長が言う。
「10枚落ちでどうかな?」
え? 10枚落ち?
成田さんが駒をどんどん取り除いていく。
そして、盤面を見た。
成田さん、王と歩しか無い…?
流石に、これは勝てるんじゃ?
部員全員の注目を浴びつつ、成田さんとの対局が始まった。
約15分後
負けた……。
「伯爵さん。弱いね」
十河部長が笑いをこらえながら言う。
ぼくも思わず苦笑した。
「じゃあ、生徒会に戻らないといけないので、今日はこの辺で」
僕はそう言って立ち上がった。
「いろいろありがとう。今後ともよろしくね」
十河部長にそう言われ、部員の皆に見送られて、教室を後にした。
取り敢えず無事に任務が完了した。
僕はホッと安堵して生徒会室に向かって行った。
将棋部の教室から生徒会室に戻り、任務が上手く行ったことを報告した。
伊達先輩たちは喜び、僕はやたら褒められた。
これで、将棋部が抵抗勢力から離れるかどうかだが、それは今後の行く末を見ることになった。
新聞部の片倉部長が明日以降、ツイッターで情報操作を行うのであろう。
そんなわけで、今日のところは生徒会は散会となった。
帰りに、織田さんは最近、僕とデートもロクに出来ていないということで、お茶でも飲みに行こうと誘ってきた。
僕らは池袋まで移動して、ファミレスのドリンクバーで2時間ばかり粘って、世間話をして過ごして、帰宅した。