雑司ヶ谷高校 執筆部
春日局
 土曜日。  今週も夕方からライブハウスに出向き、アイドルユニット“O.M.G.”のプロデューサーという名の手伝いをしに行く。  今日の現場は池袋。近くて助かる。  ライブハウス前で真帆たちと待ち合わせしている。  ちなみに、ライブ会場のことを『現場』というらしい。  今日も対バンライブというやつで、複数の出演者が15分の持ち時間で次々とパフォーマンスをするという。  そんなこんなで、池袋駅から徒歩数分の盛場の中にあるライブハウスに到着した。  今日は開場前のリハーサルから立ち会うことになっていた。  ということで、ライブハウス前に到着する。  すでに、真帆たちが待っていた。  一応、僕は尋ねる。 「僕もリハから立ち会っても大丈夫なの?」 「純ちゃん、プロデューサーだから大丈夫だよ」  そう言われたので、堂々とO.M.G.の後について、会場入りした。  リハと言っても、僕自身はやることもないのだが…。  折角なので、僕は真帆たちがやることを見学させてもらう。  リハの大体の流れは、以前、マックで説明をしてもらっていたが、実際に見るのは初めてだ。  ライブハウスのスタッフさんとか、他の出演者が数名いたので、挨拶をした後、真帆はライブハウスで音響をやる人(PAと呼ぶらしい)から、紙を1枚もらう。  その紙は、セットリスト表という。  今日やる演目をセットリスト、それを書く表なので、略して“セトリ表”。  このセトリ表に、今日、パフォーマンスする曲目などを書き込むらしい。  書きあがったら、PAさんにカラオケの入ったCDと一緒に渡すという。  真帆たちと僕は、会場の壁際に出されているテーブルの上にその紙を置くと、会場にあったパイプ椅子を持ってきて、テーブルを取り囲むように座る。  真帆たちは曲目はすでに決めていたらしく、スラスラとセトリを紙に書き込んでいく。  僕はふと思い立ったことを質問する。 「そう言えば、曲ってコピーばかりじゃない? オリジナル曲はないの?」  真帆が顔を上げて答える。 「ないんだよね…。純ちゃんの友達で曲を作れる人、知らない?」 「知らないなあ」  交友関係がほとんどない僕がそんな人知っているはずもなく。 「でも、趣味で作曲している人、学校とかにいそうじゃん?」  適当に言ってみる。 「うーん。そういう友達がいないんだよね。あと、手間が結構かかるから、手が出ないのよ」  曲を作るのに、手間がかかるのか?  全く想像できないのだが…? 「友達がいないのなら、他のアイドルに紹介してもらうとか?」  僕は提案した。 「まあ、それもありだけどね。純ちゃん、今日、出演する他の人に聞いてみてよ」 「ええっ!?」  コミュ障の僕にそれをやらせるか?  困ったな。余計な事を言わなければ良かったな…。  そういえば、先週、秋葉原のライブに行った時、春日局という芸名のアイドルがいたが、彼女は確かオリジナル曲を歌っていたような。 「そういえば、春日局さんは、今日、出演するの?」 「するよ」 「じゃあ、彼女が来たら、聞いてみたら?」 「もう居るよ」 「えっ?! どこに?」 「ほら、あそこ」  真帆が指差した方を向くと、会場の反対側の壁きわで同じようにセトリ表を書き込んでいるメガネ女子がいた。 「えっ? あの人が春日局?」  以前会った時は、メガネなしだったし、今はまだ私服なので雰囲気が全く違う。お陰で全然わからなかった。 「聞いてみてよ」 「僕が?」 「プロデューサーでしょ? 頑張って」  なんか、都合のいい時だけプロデューサー扱いだな…。  仕方ない。 「じゃあ、聞いてみるよ」  僕は立ち上がって、春日局に歩み寄る。  春日局とは、先週、一度話したぐらいなので、声を掛けるのは、少し緊張する。しかし、仕方ないので思い切って挨拶をする。 「こんにちは」  春日局は顔を上げた。 「あら、こんにちは。O.M.G.のプロデューサーさん…、武田さんでしたっけ?」 「はい。すみません…、ちょっとお聞きしたいことが」 「なんでしょう?」 「春日局さんは、たしか、オリジナル曲がありますよね?」 「ええ」 「曲を作れる人を紹介してもらえませんか?」 「ええ。良いですよ」 「おお! ありがとうございます」 「じゃあ、リハが終わったらどこか、近くのカフェで話しましょう」 「わかりました」  という訳で、春日局のリハーサルが終わるのを待つ。  そして、O.M.G.がリハをやっている間に、近くのカフェに春日局と移動する。  僕らは飲み物を持って席に着く。  春日局はメガネ越しに僕をしばらく見つめた後、話を始めた。 「それで…、予算はどれぐらい?」 「予算?」 「そうよ。曲を作るなら、ある程度お金が必要でしょ?」 「えっ?!」  まあ、そうだよな。 「すいません…、そう言うところも良く知らないので、詳しく教えてください」 「いいわ。曲を作ってもらうと言っても、作詞、作曲、編曲、録音、ミックスダウンまであるし、曲をCDにするのならそれを焼くところまであるわ。細かいところまで言うと、CDジャケットのデザインとか。それらの、どの部分を外注するかによって、掛かるお金の額は違ってくるわね」  何をどうすれば良いのか全く分からないな。 「うーん…。大変なんですね」 「大変ですよ」  春日局はそう言うと、僕の顔をまじまじを見て尋ねた。 「ところで、Pさんは、いくつですか? すごく若そうだけど」 「Pさん?」 「プロデューサーでしょ、だからPさん。で、いくつですか?」 「16です」 「16!?」 「そんなに驚きますか?」 「驚くよ、大学生かと思った。その年齢でプロデューサーって、すごくない? そもそも、大学生のプロデューサーも珍しいけど」 「プロデューサーといっても、ただの手伝いですよ。僕は、アイドルのことは全然知らなくて」 「ふーん…。O.M.G.さんて人気があるから、どこかの事務所に入って、プロデューサーが付いたのかと思った」 「いえ。そういう訳ではないです…」 「だから曲作りについて、私に聞いてきたのね」 「そうなんですよ。O.M.G.も作曲のコネがないみたいで…。ところで、春日局さんは、いくつなんですか?」 「女子に年齢を聞くなんて、デリカシーがないねー」 「すいません…」 「まあ、いいけどね。私はハタチだよ」 「ええっ!?」  驚いた。高校生で同い年ぐらいかと思った。彼女はちょっと童顔ということなのか…。 「ということは、大学生!?」 「そうそう、面影橋大学に通ってる」 「おおっ!?」  面影橋大学と言えば、私立でもトップクラス。結構な学力がないと入れない。  以前、伊達先輩もそこに行きたいみたいなことを言っていたのを思い出した。  そして、初めて大学生と知り合ったぞ。  春日局は驚く僕をよそに話をする。 「そっか、全然、楽曲制作の事を知らないと言うのなら、1から教えてあげる必要があるわね…。じきに本番だし、今日は時間が足りないかも。よかったら、後日、改めて会って話をしない?」  ここは、春日局にいろいろ教えてもらおうかと思った。 「わかりました。お願いします」 「じゃあ、LINE交換しましょう」 「あ、はい…」  ということでIDを交換した。  IDの名前、“徳川菜月”となっている。 「それが本名ね。“とくがわなつき”。よろしくね、Pさん」 「こちらこそよろしくお願いします」  今日のところは話を終えて、僕らはライブハウスに戻る。  真帆には後日、曲作りについて春日局に教えてもらうという風に伝えて、了解を得た。  そして、ライブもつつがなく終了し、終演後のO.M.G.の物販の手伝いまで終える。  今日の任務はすべて完了したので、帰路についた。
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