雑司ヶ谷高校 執筆部
お城対局
 木曜日。  しんどいけど、今日も登校する。  教室で席に座ると、大声で名前を呼ばれた。 「純也!!」  僕を呼んだのは雪乃だった。  余りに大声だったので、僕はびっくりした。 「えっ!? 何? 何?」  雪乃は、つかつかと僕の方へ歩み寄って来た。  彼女が大声を発したのと、教室では雪乃は彼女の陽キャ友達と話をすることが多くて僕と話をすることは少ない、ということもあって教室の他の生徒の視線が僕らに集まる。  雪乃は両手で机をバンと叩いた。 「ねえ、ちょっと、こっち来てよ!」  雪乃は僕の腕をぐいと引っ張った。  怒ってるの? なんで? 「え? え?」  僕は引っ張って行かれるも困惑で、ろくに声も発することができなかった。  これは、女子トイレでしばかれるパターン?  教室から連れ出され、校舎の4階、端の端、あろうことか歴史研の部室として使われている、理科準備室の前まで連れて来られた。トイレじゃなかった。  朝の時間は、隣の理科室を使う授業がない限り、ここへ人が来ることはほとんどない。  なので、人影は全くなかった。 「ねえ」  雪乃は僕に向き直った。  彼女の目がウルウルしている。  え? 泣いてるの?  なんで?  僕はさらに困惑する。  雪乃は次の瞬間、僕のことを強く抱きしめてきた。  顔を僕の左肩にうずめて言う。 「聞いたよ」 「な、な、何を?」 「私をかばってたってこと」 「え? え? 何のこと?」 「歩美から聞いたんだよ、脅されてたって」  ああ…、北条先輩に脅されていた事か。  昨日、毛利さんにそのことを話したので、雪乃にも伝わったんだろう。  ここまで連れて来られたのは誰にも聞かれずに、この件の話をしたかったからか。  びっくりしたなあ。安堵のため息をついてから話す。 「ああ、あれね。もう、終わったことだから、大丈夫だよ」 「全然、知らなかったよ」 「その時は誰かに言ったら、雪乃が危ないと思ったから、黙ってたんだよ」 「それも聞いた」 「でも、もう大丈夫だから」 「うん。でも、かばってくれてたって聞いて嬉しかった」 「当時は付き合ってたし、かばうのは当然でしょ?」 「そんなことないよ。これまでに付き合った男どもだったら、私のことなんて、かばったりしなかったよ思うよ」 「そうなの…?」  そして、雪乃はいきなりキスしてきた。  いきなりだったので、僕は驚いた。  でも、いいや、誰にも見られることは無いし、キスしとこう。  キスしていると、突然、部室の扉が開いた。  驚いてそちらを振り向くと、まさかの上杉先輩がそこにいた。 「えっ?! 上杉先輩?!」  上杉先輩はニヤつきながら、僕らに近づいて言った。 「おおっ! 朝っぱらから、お盛んだねぇ」 「てか、なんで、上杉先輩がここに居るんですか?」 「え? 昨日、忘れ物をしたんで、取りに来たんだよ」  上杉先輩は手に持った小さな手提げ袋を持ち上げて言った。 「じゃあ、続きをどうぞ」 「できませんよ!」 「遠慮しなくていいのに」 「遠慮じゃあ、ありません!」  上杉先輩は声を上げて笑う。 「じゃあ、行くね。学校でイチャつくのも、ほどほどにしときなよ」  上杉先輩は手を振って、その場を立ち去った。  嫌なところを見られたな。  まあ、いいか。  上杉先輩もいなくなったので引き続き、僕と雪乃はキスをする。  しばらくして、予鈴が鳴ったので、名残惜しいが教室に戻ることにした。  教室に戻ると他の生徒たちの視線が刺さるが、すぐに教師が来て授業に入ったのでとくに何事もなかった。  しかし、授業が終わると隣の席の毛利さんに話しかけられた。 「さっき、雪乃ちゃんに連れて行かれたの、どうしたの?」 「僕が北条先輩からかばってた話をされたよ」  キスしたとかは言わなくていいだろう。 「そう」  毛利さんはそれ以上聞いてくることはなかった。  しかし、毛利さんに話した内容はすぐに雪乃に伝わってしまう。  その逆に雪乃に話したことも毛利さんに伝わっていることも多々ある。  あの2人は、僕のことで協定結んでいると言っていたが、まるで僕を監視する協定になっているな。  そして、その後の日中は何事も無く1日が終わって、放課後となった。  今日は、真帆に呼び出されているので、いつもの集合場所へ行かねばならない。  毛利さんに挨拶して、さっさと教室を後にする。  げた箱付近で、将棋部の成田さんを見かけたので、声を掛けた。 「成田さん、こんにちは」 「あら、武田さん。こんにちは」 「今日も、ショーギカイカンに行くの?」  ショーギカイカンが何かは知らないままだが。 「ええ、そうです」  おや? 待てよ…。 「ショーギカイカンって、たしか北参道駅?」 「そうですよ。それが何か?」 「あっ!!」  突然、ひらめくように思い当たった。  例の怪文書の“北参道駅に通う者”とはひょっとして、成田さん?!  僕が突然大声を上げたので、成田さんは驚いて一歩後ずさった。 「ど、どうしたんですか? 突然」 「あっ、ごめん…。実は怪文書の…」 「怪文書?! なんですか、それ? 私、気になります!」  成田さんは目を輝かせている。  僕は怪文書についての詳細を成田さんに話をした。  かくかくしかじか。  成田さんは、僕の話を聞き終えると、少し考える風に目線を落とし床を見つめながら言った。 「なるほど、怪文書の“北参道に通う者”が、私のことかもしれないと…」 「そうなんだ。それで、成田さんに、そういった何か手紙のようなものが届いていないかと思って…」  成田さんは僕に向き直る。 「いえ…、そういったものの心当たりありません」 「そうか…」  僕は当てが外れて肩を落とした。成田さんのことではないのか? 「でも、今後、届くかもしれないので、一応気を付けておいてもらえると助かるよ」 「わかりました。そう言ったものが届いたら、お伝えします」  成田さんは、そう言って微笑んだ。  その後、僕と成田さんは校門まで一緒に下校する。  成田さんが尋ねて来た。 「将棋、やってますか?」 「いや、最近はあんまり…」 「確か、部活の先輩もやってらっしゃるんですよね?」 「うーん…。もう飽きてるかも」 「そう言えば、武田さんの部活って何でしたっけ?」 「歴史研だよ」 「どういう活動をしてるんですか?」 「週末は、たまにお城巡りをしてる。平日は何も」 「お城巡り?」 「全国のお城を訪問するんだよ。2年で100か所」  成田さんは驚いて、僕に向き直った。 「それは凄いですね」 「まあ、大したことないよ。スケジュールが過密なので疲れるだけで」  体力だけでなく、精神的にも疲れるけど。 「そういえば、将棋の対局がお城で行われることがあるんですよ」 「そうなの? それは、知らなかったな。どこのお城?」 「最近では、福知山城や掛川城とか」 「へー。掛川城は行ったことがあるよ」 「あと、平日、歴史研が何もしてないのでしたら、いつでも将棋部に遊び来てください。歓迎しますよ」 「じゃあ、そのうちに…」  多分行かないけど。  などと話をしていると、校門にたどり着いた。  成田さんは雑司が谷駅、僕はサンシャインシティに向かうので、そこで挨拶をして別れた。
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