雑司ヶ谷高校 執筆部
春巻丼
 土曜日はアキバのライブハウスで、O.M.G.の手伝い。  昼過ぎ、家を出発して秋葉原に行く。  会場は、以前もO.M.G.が出演した雑居ビルの地下にあるライブハウス。  今回も対バンライブで、10組程度のアイドルが出演。  その中には、“春日局”こと徳川さんもいた。  会場に到着すると、中はファンがいっぱいで盛況だ。  僕は、ライブ中は特にやることもないのだが、各アイドルのパフォーマンスを見学している。  すべてのアイドルの出演が終わると物販タイムに突入する。  物販では、僕はO.M.G.の手伝い。  今回もファンの列をさばいたり、ファンの対応をする。  来週水曜日はバレンタインデーだが、当日にはライブが無い。なので、O.M.G.は、今日、物販にやって来たファンにチョコをプレゼントしている。  このチョコは手作りで、O.M.G.の3人が分担して作ったらしい。ファンには好評のようだ。  物販もトラブルなく終了。今日も稼いだ。  その後、ライブハウスを出て、O.M.G.と徳川さんと一緒に近くのカフェで名古屋に行く件で打ち合わせをしようということになった。  僕らはカフェ到着すると、丸テーブルを囲むように座る。  それぞれ、飲み物を注文した後、僕は口火を切る。 「名古屋に行く件。歴史研と一緒に行けることになりました」 「おおっ! それは良かった!」  真帆が嬉しそうに声を上げた。  僕は説明を続ける。 「行くにあたっては“ぷらっとこだま”を使うということです」 「あ。私、使ったことある」  徳川さんが言った。 「そうですか…、一応、説明しますと、新幹線が使えて8,800円で名古屋まで行ける旅行商品です。ただし“こだま”を使うので時間はかかります。名古屋まで2時間40分ほど」 「安く行けるなら、別にいいわよね?」  竜造寺さんが、皆に確認する。 「「「いいよ~」」」  全員、異論は無い様だ。 「では、きっぷは取りまとめて歴史研のほうで用意しておきます。お金の清算は名古屋でやるということで。あと、宿泊ですが歴史研の部長が、O.M.G.や徳川さんも一緒にどうかと言っていますが、どうでしょう? おそらく全員で大部屋に泊まることになると思います。ちなみに、徳川さんのために説明すると、歴史研の4人は僕以外、全員女です」 「いいわよ」  徳川さんは答えた。そしてニヤつきながら言う。 「じゃあ、女7に男1という訳ね」 「春日局もいるし、大奥みたいだね!」  細川さんが楽しそうにいう。  しかし、僕は将軍様じゃあないんだが…。  歴史上の春日局って、確か大奥を仕切ったんだっけ?  徳川さんは今回のメンバーで一番年上だし、今回の旅を仕切ってくれないかな? 「で、今回もお城巡りするんでしょ?」  真帆が尋ねた。 「うん。歴史研は岐阜城、岩村城、松阪城に行くことになってるよ、細かい行程とかは聞いていなけど…」 「「「私たちも行く!」」」  O.M.G.の3人は行く気満々になっているようだ。  彼女たちが行くのは全然かまわないが、ということは僕も行かないといけない流れなんだろうな…。 「徳川さんはどうしますか? 歴史研のメインの目的はお城巡りなんですよ」  僕は念のために尋ねた。 「へー、興味あるわ。でも、ライブの出演時間と被らないのかしら?」 「はい。夕方の出演時間までには名古屋に戻ってこれるようにスケジューリングします」 「じゃあ、行くわ」  物好きだな。  春日局っていう芸名を付けるぐらいだから、歴史に興味あるんだろうか?  まあ、どうでもいいや。  そして、集合場所を早朝の東京駅にすることになった。  2週間も先の話なので、忘れないようにスマホのスケジュールアプリに記載しておいた。  その他にも少し、ライブ活動について話し合ってから、打ち合わせを終えることになった。  最後に真帆からバイト代の入った茶封筒をもらう。  カフェを出るため清算しようと立ち上がろうとしたら、真帆に声を掛けられた。 「純ちゃん、チョコあげる。これは、O.M.G.の3人からね」  真帆がチョコの入った小さな包みを手渡してきた。  それは、O.M.G.のファンに配るためのもので、余ったうちの1つだ。 「あ、ありがとう」  今日もらえるとは予想外だったが、僕はチョコを受け取ると、とりあえず礼を言った。  そして、徳川さんからも、チョコをもらえた。  彼女も物販でファンに配るためのチョコを用意していたそうで、やはり余り物をくれた。僕は、徳川さんにも礼を言う。  余り物とはいえ、今まで妹以外にバレンタインチョコをもらったことがない僕はちょっと嬉しかった。  しかし、義理チョコとは言え2つももらえるとは…。  天変地異が起こらなければいいが…。  そんなこんなで、アキバで解散して帰路につく。  カバンを持ってなかったので、チョコの包みを手に持ったまま移動する。  体温で溶けなければいいけど。  夕方遅くに自宅に帰宅して、チョコをいったん冷蔵庫で冷やそうとして台所に向かう。手に持ったチョコ入り袋を冷蔵庫に入れようとすると、背後から妹の声がした。 「お兄ちゃん、何それ?」 「ああ、これか、チョコだよ」 「チョコって…、まさか?」 「そうだよ、ちょっと早いけど、バレンタインのチョコをもらったよ」 「ええっ!!」  妹は驚いて後ずさった。 「去年までは、だれにもチョコをもらったことがないお兄ちゃんに…、バレンタインのチョコ?!」 「悪いか? しかも2個だぞ」  僕は、妹が予想以上に驚くので、ちょっとムッとして答えた。  妹はムンクの絵画作品“叫び”のようなポーズを取って叫んだ。 「ハルマゲドーン!!」 「は? 春巻丼?」  妹は力が抜けて、ヘナヘナと床に崩れ落ちるように座り込んだ。  そして、力なく言葉を発した。 「お兄ちゃんが…、チョコもらえるなんて…、世界の終わり…、人類が滅ぶ…」 「うるさいよ」  自分も“天変地異が起こらなければいい”とか思ったが、妹に言われると腹が立つ。  そして、妹がブツブツ言い出したのが面倒なのでさっさと自分の部屋に籠ることにした。  明日は、僕の部屋で歴史研の勉強会を開催する。  なので、それに備えて少しだけ部屋を掃除したり、整理したりした。
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