無名戦士の碑を見るため若干遠回りしたが、比較的早い時間に最初の宿場町・フルッスシュタットに着くことができた。共和国崩壊後は民間人の旅人が減ったが、代わって帝国軍や帝国政府の関係者が宿場町を利用している。小さな宿場町だが、一般の町民に混ざって帝国の関係者らしき人々が町中を歩いているのが目立つ。我々は適当な宿場を見つけ、明日の朝の出発時間を決めて部屋に入った。弟子のオットー、ソフィアの二人もそれぞれの部屋に別れていった。私は、少し休んだ後、あたりが暗くなってきた頃に情報収集で盛り場まで行くことにした。朝に聞いた渡し舟の主に話が気になったからだ。
私は宿からさほど遠くない、この町で一番有名な酒場に入ることにした。戦争が起こる数年前に何度か入ったことのある店だ。マスターのガンツはまだいるだろうか。私は酒場の扉をあけた。店の中は結構な賑わいだ。客は制服など身なりから帝国の関係者が目立つ。
早速、カウンターに向かった。ガンツが豪快に笑いながら声をかけてきた。
「誰かと思えば、クリーガーじゃないか。随分、久しぶりだな。ははは」。
「やあ、調子はどうだい?」
「まあまあかな。何とか店は続けられているよ」
「と言いつつ、結構にぎわっているじゃないか」
私は、カウンターにもたれかかるように後ろを振り返り、改めて店の中を見回した。
「ああ、半分以上が帝国の連中だけどね」。
ガンツは少し首をすくめて続けた。
「帝国の首都でいろいろあるらしくてね。調査団とかなんとかいう連中が多いね」。
「鉱山地方の蒸留酒をくれ」。
私は酒を注文した。ガンツは素早くグラスに氷を入れ、瓶から酒を注ぎ私の前に置いた。
私とガンツは店の仕事をこなしながら、戦中や戦後にあったお互いの身の上話をしばらくして懐かしんだ。会話が進んで、しばらくして、ガンツは話題を変えた。
「ところで、どこかへ行く途中なのかい?」
私はあたりを見回して帝国の関係者らしき客を確認した後、ガンツに向き直った。
「そうだ、首都に行かなければならなくなったのでね」。
「首都?ああ、アリーグラードか。仕事で?」
ガンツは驚いて聞いた。
「そうだ」
「今は何の仕事だっけ?」
「帝国の傭兵をやっている」
「ほう。傭兵が帝国の首都にねえ」。
というと、ガンツはにやりと笑った。元共和国出身者は移動が制限されているので、特殊な任務だろうと気づいたのであろう。ガンツは勘のいい男だ。
ウエイトレスが注文をいくつかとってきたので、ガンツは他の酒も手早く注いでウエイトレスにもっていくように指示した。
そのウエイトレスが、私に声を掛けてきた。
「あら、さっきの人」。
そういわれて、私は振り向いてウエイトレスの顔を見た。無名戦士の碑のところにいた女性だ。
「やあ、こんなところで会うとは奇遇ですね」。
私は笑顔で答えた。
「なんだ、知り合いなのかい?」
ガンツが尋ねる。
「知り合いじゃあない。今日、無名戦士の碑で見かけただけだよ」。
「そうか」。
ガンツはにやりと笑った。
ウエイトレスは酒を持って店の奥に向かった。
「彼女の名前は、マリアで、元共和国軍の兵士だった」。ガンツは言う。「旦那も兵士だったんだが、“ブラウロット戦争”のグロースアーテッヒ川の戦闘で旦那を亡くしたんだよ」。
なるほど、だから無名戦士の碑に居たのか。私は納得した。
「彼女自身は首都防衛隊だったので、死なずに済んだようだけどね」。
彼女も首都防衛隊だったのか、私もそうだが、それは命拾いだ。防衛隊と言っても五千人近くも所属していたから、彼女とは直接面識はなかったが。
「彼女を狙っているんなら、私から、あることないこと、良く言っとくよ」。
ガンツは再びにやりと笑った。
「いや、間に合っている」
私は断った。彼はお節介でもあるのを思い出した。
「なんだ、そうか。でも、気が変わったら言ってくれ」。
ガンツはそう言うと、別の注文の酒を造り始めた。
ある程度、ガンツの作業が落ち着いたのを見て、私は首都で起こっている話を振ってみることにした。帝国の関係者に聞かれないように少し小声で話す。
「ところで、首都で起こっていることは知っているか?翼竜の襲撃を受けているそうだが」。
ガンツも声量を小さくして答えた。
「聞いたことがある。半年と少し前から、大体一か月に一度のペースでやって来ているらしい。しかしなぜ翼竜がわざわざ首都まで飛んでくるのか。その原因が全く不明だそうだ」。
「ここの店には、その調査団が多いのか?」
「そうだ。翼竜は、なんでも、ズーデハーフェンシュタットの沖合の島から来ているそうで。そうだとすると、なぜ、より近いズーデハーフェンシュタットを襲わずにわざわざ内陸にある首都まで飛んで行くのか」
「理由があるな」。
私は疑問に思っていることをぶつけてみた。
「誰かが、そうさせているんじゃないか?例えば、帝国に恨みのある魔術師が呼んでいるとか」。
「まあ、帝国に恨みを持っている者は沢山いるだろうがね」。
私もその一人だ、と言おうとしたが止まった。ここには帝国の関係者が多い。万が一でも、彼らの耳に入ったら一大事だ。
ガンツは続ける。
「帝国は、その線も調査しているようだよ。しかし、理由は知らないが、首都での調査は早々と切り上げるような命令が皇帝から出たらしい。そんな遠くから翼竜を呼べるような強力な魔術を使える者はそもそもいないと言ってね。たしかに普通じゃあありえない。それで、軍は首都以外を調査しているようだね」。
ここの宿場町にも帝国の調査団がいるということは、ズーデハーフェンシュタットにも調査団は来ていたのか?そんな話は聞いたことがなかったが。そして、なぜ皇帝は調査をやめるように言ったのか?、軍は皇帝の命令を無視して秘密裏に調査をしているのか?謎は深まるばかりだ。
私は、もう一つの話題を振ってみることにした。
「今日、聞いたのだが、“預言者”と呼ばれる人物が皇帝に取り入っているとか?」
「ああ、三年前ほどからね。どうやら戦争好きな人物のようだよ。“預言者”が皇帝に取り入ってから、軍備増強が始まったと言うよ」。
「“預言者”とは何者だ?」
「それは全然わからない。出身も経歴もね」。
“預言者”が現れてから、皇帝が人前に出ることはほとんどなくなり、普段は皇帝の代わりに“預言者”が皇帝の命令を伝えているという。聞けば聞くほど“預言者”という人物は胡散臭い。
「最近は、皇女ですら皇帝に会えることがあまりないというね」。
と、ガンツは言った。そうだ、そういえば皇帝には一人娘の皇女イリアがいたな。さほど表舞台に出てこないので、すっかり忘れていた。
短時間で参考になる話がいくつか聞けた。明日も朝早いのでそろそろ宿屋に戻ろうと思う。最後にガンツに話しかけた。
「しかし、さすがよく知っているね」。
「人は酒が入ると口が軽くなるからね」
ガンツは、いたずらっぽく笑った。
「聞かないことまで話してくる奴も中にはいる」。
「今日はありがとう。そのうち、また来るよ」
と言うと、私は金を払って酒場を後にした。