雑司ヶ谷高校 執筆部
実戦
 私はベッドから起きだし、旅支度を整え、弟子達との集合場所である食堂へ向かった。ソフィア、オットーの二人は既に食堂にいた。 「おはよう、早いね」。  私は手を挙げて挨拶した。 「おはようございます。我々もさっき来たばかりですよ」  オットーは微笑んで答えた。 「よく眠れたかい?」 「はい」。  弟子二人は同時に答えた。  我々は早々に食事を取り、先を急ぐことにした。次の目的地はモルデン、旧共和国では第三の都市であった。そこはオットーの故郷でもある。  我々は馬を進め、当初、旅は順調に進んでいたが、モルデンまであと二時間程度のところまで来たところで予定外の出来事が起きる。  正面から馬に乗った三人が近づいてくる。道中、ほかの旅人とすれ違うことはある。大体が帝国軍の関係者だ。しかし、今近づいてくる三人はローブを深くかぶり、様相が帝国軍とは違う。  私は弟子二人に声をかけた。 「あの三人、ちょっと注意しろ」。  さらに、後ろも振り返ってみた。後ろからは二人近づいてきている。 「挟み撃ちか!」  オットーが叫んだ。 「いや、囲まれたな」。  私は落ち着いた口調で言った。道の両側は背の高い草原となっている。身を隠すにはもって付けだ。草が不自然に揺れているが、おそらく何者かが潜んでいるようだ。草原の中の人数は判断がつかない。 「先手を打とう。前の三人は任せろ。両側に注意しながら、後ろの二人の対応を」。  私も馬に足で横っ腹を蹴り合図した。馬は一気に加速し前方の三人へ突進する。オットーとソフィアも手綱を素早くさばき、馬を反転させた。  私の正面の三人は慌てた様子で剣を抜いた。距離があったが、私はナイフを一本取り出し素早く投げつけた。ナイフは右の男の胸に突き刺さり、男はうめき声をあげて落馬した。  馬は残りの二人にさらに接近する。ここでナイフを投げつけると一人は倒せるかもしれないが、残る一人の剣を躱しきれないと咄嗟に判断し、私は剣の鍔に手をかけた。そして、自らの馬を二人の右側に誘導することで、一対一の立ち合いになるようにする。残る一人は私の正面の男の後ろ側になり、こちらまで剣が届かない。  私は相手とすれ違いになる寸前に、相手の剣の振りかざされた剣を躱すため、身を少し前にかがめた。それと同時に私は素早く剣を抜き、そのまま流れるように相手の脇腹を狙う。相手の剣は私の頭の少し上をかすめ、逆に私の剣は相手を捉えていた。馬のスピードが出ていたこともあって、これは致命傷だろうとわかる手ごたえが剣から伝わってきた。私の剣で切られた男は、馬にまたがったままの状態でそのまま前のめりになった。馬は男を乗せたままゆっくりと前に進んでいく、数歩進んだところで男は力なく馬から落ちた。  残る一人が馬を反転させ、こちらに向かおうとしていた。こちらも馬を反転させ、今度は私はナイフをもう一本取り出し、投げつけた。ナイフは男の喉元に突き刺さり、男は後ろへ落馬した。  私は、そのまま後ろの敵に向かったオットーとソフィアの二人を目指して馬を走らせた。気が付けば両脇の草むらからは火が上がっていた。黒い煙があたりを充満させている。後ろの二人にはソフィアが相手したらしい。すでに一人は落馬して地面に横たわっていた。もう一人とは鍔迫り合いを続けている。オットーは見えないが火がついている草むら中に突入したようだ。剣の激しくぶつかる音と叫び声が聞こえる。左側から火に追われた二人の男たちが飛び出してくるのが見えた。一人は服に火が移っている、全身火だるまだ。もう一人が必死に消そうとしているが、なかなか火は消えない。  そうしているとオットーが右側の草むらから出てきた。どうやら相手を倒したらしい。ソフィアももう一人を倒し、こちらに向かってきた。服に火が移っていた男は、倒れこんだまま動かなくなっていた。仲間の火を消そうとしていた男は、すでに戦意消失だ。ひざまずいて、こちらを見上げている。  私はオットーに尋ねた。 「何人倒した?」 「二人です」。 「私は三人、ソフィアは二人。そして、この二人、合わせて九人いたのか。九人の敵も数分で全滅だな」。  この旅で、実戦は初めてだったが上出来だろう。まさかこんなところで突然、実戦を体験することになるとは、予想もしていなかったが。 「草むらに火をつけたのは、オットーか?」  私は尋ねた。 「そうです、敵をいぶりだすのに火炎魔術を使いました」。  オットーはちょっと誇らしげに答えた。彼自身の判断がうまくいったので上機嫌のようだ。 「なるほど。では、草原の火を消そう」  そう言って、我々三人は水操魔術で大気中の水分を凝結させ、火のついた草原に局地的に雨を降らせた。火は瞬く間に消えていく。  火が消えたのを確認した後、私はひざまずいている男に尋ねた。 「何者だ?なぜ我々を襲った?」  男はおびえた口調で話し出した。 「俺らは通行人を襲って金品をいただいて生計を立てている」。 「要は盗賊ということか」。  私はあきれた口調で言った。 「最近は旅人がめっきり減ったので、久しぶりの獲物だと思ったのに…」。 「相手が悪かったな。私たちは帝国軍の傭兵だ。ただの旅人ではない」。  男は無言でうなだれた。  私は続けた。 「命は助けてやろう。ほかに仲間はいるのか?」  男は何も言わず、うつむいたままだ。 「この男、どうしますか?」  ソフィアが少々怒気をはらんだ声で尋ねた。 「このまま、解放するわけにはいかんな、モルデンまで連れて行って、そこの帝国の当局に引き渡そう。後は、当局が何らかの対応をしてくれるだろう」。  私は荷物の中からロープを取り出し、馬を降り男の手を縛った。さらにそのロープをオットーに引かせてモルデンまで歩かせることにした。  その前に、男たちの遺体から自分が投げたナイフを回収する。ナイフの犠牲となった二人は、毒が回ったことにより絶命している。  私はオットーとソフィアに尋ねた。 「今回の実戦はどうだった?」  ソフィアは、「訓練の通りやりました。思ったより、うまくいったと思います」。と、答えた。  オットーは、「今回は、相手が盗賊だったからうまくやれましたが、訓練された騎士などでは、こうはいかないと思います」。  二人ともまだ、やや興奮気味の様子だ。久しぶりの実戦で、しかも相手を斬ったのだ、しばらくは落ち着かないかもしれない。逆に私は意外にも感情は冷めていた。 「その通りだ。今後はもっと強い敵と当たることがあるだろうが、決して油断するな」。  とはいえ、最初の実戦としては、ちょうどいい相手だったのかもしれない。私自身も、ナイフの正確性や、剣さばきが落ちていないのを再確認できた。
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