朝、ドアをノックする音に目が覚めた。
私は見慣れない天井に少し戸惑った。そうだ、ここは帝国首都アリーグラードの城内の部屋だった。かなり広く綺麗に清掃された部屋で、居心地は素晴らしいので、旅の疲れからか、昨夜は夕食のあとすぐに、ぐっすり眠ってしまったようだ。
「少し待ってくれ」。
私は、ドアをノックする人物に声を掛けた。身なりを整えてから扉を開けると、ワゴンに朝食を乗せた召使いの若く小柄な女性が立っていた。昨夜も食事を運んできてくれた召使いだ。昨夜は長旅と翼竜との戦いで疲れていたせいか、ちゃんと顔を見なかったが、改めてよく見ると少し細い目に、薄い唇、長い黒髪が美しい。そして、童顔だ。いや、本当に若い年齢なのかもしれない。彼女は、今回、我々の担当なのだろうか。
「朝食をお持ちしました」。彼女はそう言うと、ドアの中に朝食の乗ったトレイをもって部屋に入ってきた。テーブルに朝食を置くと話しかけてきた。「昼食と夕食のご要望はありますか?」
「今日はいらないよ。街中に出かけてみようと思っているので。ありがとう」。
召使が頭を下げて部屋を出て行こうとしたとき、私は声を掛けた。
「君、名前は?」
「オレガ」。
オレガは無表情で答えた。
「そうか、明後日の朝までだけど、よろしく」。
と、私が言うと、オレガは再び頭を下げ無言で出ていった。ちょっと無愛想だな。
しかし、部屋といい、召使いを付けることといい、首都の客人のもてなしは素晴らしい。私はただの傭兵部隊の隊長という立場だ。ここまでの接待は司令官や上級士官レベルのもてなしなのではないのであろうか?皇帝の客ということで特別待遇なのだろうか。
ズーデハーフェンシュタットの城では、どうなのだろう?あちらでは無論、私は客人ではないので、どのような対応しているのかは想像するしかないのだが。
朝食を取った後は、先日、遭遇した共和国軍の残党のホルツとの約束を果たすため、軍の内情の調査をしなければならない。しかし、その前に首都に来る機会など滅多にないので、まずは街中を見物したいと思った。
今日は制服ではなく私服で身支度をし、剣は持たずナイフのみを携行して出発することにした。
城内に立つ衛兵に馬屋の場所の場所を聞く。城内は迷路のようだったが、何とかたどり着けた。馬屋には我々の馬が繋がれていた。キーシンがちゃんと対応してくれたようだ。
自分の馬を馬屋から出し、手綱を引いて城門から出た。昨日は翼竜の襲撃で混乱していたのか城門に衛兵は居なかったが、今日は衛兵が立っていた。私は衛兵に手を挙げて挨拶する。城外に到達すると馬にまたがり、あてもなく街中を散策することにした。
アリーグラードは巨大な街だ。さすが帝国の首都といったところか。ブラミア帝国はこの首都に人口の半分近くが集中しており、北部にプリブレジヌイという大きな都市があるが、それ以外は国中に中小の街や村が点在しているという。
大都市ということもあり、街中は人が多くにぎやかだ。二年前の“ブラウロット戦争”でも戦場となったのは共和国領土のみなので、ここは戦争の爪痕などなく平和な雰囲気であふれている。昨日の翼竜騒ぎもまるで無かったようだ。むしろ、初めて翼竜の退治が出来たせいであろうか、何となく浮足立っているようにも感じる。
私は、午前中、街中をあちこちふらついていた。昼頃には市場で、土地の産物や果物を食べたり、珍しい飲み物を飲んだりしてみた。
果物を売っていた売り子に話を聞き、武器職人街がある一角があると聞いたのでそちらに向かった。しばらく進むとその職人街と呼ばれるところに着いた。職人街では通りのあちこちで武器が並べられ、見本市のような様相を呈していた。剣、斧、弓、盾、鎧などが並べられている。通りの家のところどころから、刀鍛冶であろう槌の音が響き渡る。
並べられた武器を馬上からゆっくり眺めながら進んでいると、たまたま通りがかった家の前で女性に呼び止められた。
「こんにちは。何かお探しですか?」
「ああ、剣とナイフを探している」。
「いいものがありますよ」。と言って女性は並べてある剣を指さした。「これは、父の作った剣です。切れ味がいいと評判です」。
「ちょっと長いかな?」
「それではこちらは?」と言って、別の剣を指さした。
私は馬を降り、剣を受け取った。鞘は赤を基調としたシンプルなデザインだ。帝国軍の軍旗の色は赤だ、それで合わせているのだろう。鞘から剣を抜いて、かざしてみた。剣は思いのほか軽く、扱いやすそうだ。値段を聞いてみると、思ったより安い値段だ。これだけ武器職人がいるので価格競走が激しいのだろうか。
「では、これをもらおうか」。私は金を払い、剣を鞘に戻し、腰に下げた。
「とても、お似合いですよ」。女性はお世辞を言った。
「ところで」。私は話題を変えてみた。「帝国軍について詳しい人は知らないかい?」
「帝国軍の何について?」
「軍全般についてだ。編成とか、戦略とかだ」。
「なに?あなたスパイ?」女性は顔をしかめた。
「白昼にこんなに堂々としたスパイはいないよ」。私は、笑って答えた。「私は、ただの一市民だよ。趣味で軍史の研究をしていて、この前の戦争の調査をしているんだ」。
「確かに、スパイにしては堂々としすぎね」。女性は笑って続けた。「この先に、イワノフという武器商人がいるがいるわ。赤い屋根の家よ。彼は最近まで軍のお偉いさんだったから、多分、軍の事には詳しいわ」。
「ありがとう」。
私は礼を言ってその場を離れた。