私は、朝食を済ませると、早速、一昨日の翼竜の死体があった現場に行くことにした。城の中の構造は迷路のように複雑だ。ところどころに立っている衛兵に道を尋ねながら、なんとか現場である城の中庭にたどり着いた。
翼竜の死体があったところは、オットーが言っていたように、たしかに土の山となっている。その土の山で、何らかの調査をしている者が数名。土の撤去を始めている兵士が二十名ほどいる。
私は調査をしている一人に近づき、声を掛けた。
「おはようございます。何か、わかりましたか?」
しゃがんで土に触れていた男は立ち上がって、こちらを向いた。
「ああ、クリーガーさん。おはようございます。一昨日の戦いはすごかったですね。私も広場で参戦しておりましたので、見ておりましたよ」。男は満面の笑みで話した。「申し遅れました、私はアレクサンドル・クラコフ。軍の魔術師です」。
お互いに軽く会釈をした。
私も少しかがんで土に触れて、クラコフに聞いた。
「弟子から少し話を聞いたのですが、翼竜は傀儡魔術で作られたものだったと」。
「ええ、見ての通り、土からできていました。土ごときに我々がやられていたと考えると、悔しくてたまりませんな。これまでに何百人も犠牲になった」。
クラコフは手に持っていた土を、投げ捨てて続けた。
「昨日、この中から魔石を発見しました。もう回収して保管してしまいましたが、この辺ではあまり見かけない結構な品質の物でした」。
「魔石は鉱山地方の物ですか?」
魔石と言えば、ダーガリンダ王国にある“鉱山地方”と呼ばれている場所で採れる物が有名だ。
「産地までは分からなかったです。しかし、結構使いこなされた古いもののようでした」。
と、クラコフは言った。
「これを操っていた者がいるはずですね」。
私も立ち上がって話をする。
「そうなんです。以前より帝国はこの件で、調査団を各地に派遣しておりました。それで、翼竜は、とある南の島からやって来ていたことは、わかっています。ただ、ここまで誘導したものが居るはずです。これまでも、首都内でも調査を行っておりました。そして今回、翼竜が傀儡魔術で操られているとわかったので、何者かが関与していることの確証を得ました」。
「なんでも、“預言者”が首都内の調査を中止するように言ったとか聞きましたが」。
と、私は先日、宿屋街の酒場で聞いた話を振ってみた。
「よくご存じですね」。クラコフは驚いて、目を見開いた。「まあ、我々は構わず調査は続けております。ただ、怪しい者は見つかっておりません」。
クラコフは続ける。
「様々な線で調査をしております。強力な魔術師が首都か島に一人いるのか、もしくは、島から首都までは、モルデンやほかの街の近くのを通過する必要があります。ですので、それらの都市にもそれぞれ魔術師がいて、翼竜の誘導をしているのかもしれません」。
「なるほど」。私は相槌を打った。「とすると、なんらかの組織が首都を襲っていると」。
「その可能性も考えて、モルデンやズーデハーフェンシュタット、そのほかの都市や小さな街や村などにも、くまなく調査隊を送っております」。
帝国はかなりの力を入れて、この件の調査を行っているのを、私は再認識した。
クラコフは続けた。
「もちろん一人の強力な魔術師という線も考えて、首都では調査しております。しかし、首都は如何せん大きいですからね。手がかりは今のところ、掴めていません」。
「強力な魔術師といえば、“雪白の司書”なども思い浮かびますが」。
ズーデハーフェンシュタットには“雪白の司書”であるアグネッタ。モルデンや首都にもヴィット王国の者がいると、これまでに聞いた。何らかの関係があるのだろうか。
「ここ一年ぐらい前から、首都やほかの街にもヴィット王国の者が居るのは、把握しています。実は、彼らの監視も行っていますが、確たる証拠はつかめておりません。しかし、彼らは関係ない、というのが今のところの判断です」。
ヴィット王国の者が各地に居るのは偶然なのか。
クラコフは続ける。
「ほかにも元共和国軍の残党や帝国内部などの可能性も捜査していますが、何も掴めていません」。
「そうですか」。私は、そう返事をすると、これまでの話を頭の中で反芻してみた。しかし、いくら考えても、答えは出そうにない。「ありがとう、参考になりました」。
私はクラコフに礼を言い、その場を離れようとした時、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「クリーガーさん」。
声の方を振り向くと、皇帝親衛隊の隊長ヴァシリーサ・アクーニナが立っていた。