雑司ヶ谷高校 執筆部
皇帝親衛隊隊長
 私は声をかけてきた皇帝親衛隊の隊長であるヴァシリーサ・アクーニナの方に向き直った。 「おはようございます」。私はアクーニナに挨拶した。「昨日、オットーから聞きました。私に話があるとか?」 「おはようございます」。アクーニナは、あいさつの後、はっきりした口調で言った。「あなたは、“深蒼の騎士”と聞きました。実は、お手合わせをお願いしたく」。 「手合わせ?」。  私は聞き返した。 「はい、“深蒼の騎士”の剣技が、どの様なものか、ぜひお手合わせをお願いしたいのです」。 「なるほど。構いませんよ」。  私は快諾した。 「ありがとうございます。早速、これからはいかがですか?」 「わかりました」。 「では早速、城の中に兵士たちの修練所があります、そちらでやりましょう。ご案内します」。  と言うと、アクーニナは、城内のほうを指した。  そういえば、皇帝親衛隊は軍でも特に腕が立つものを選抜したと、退役軍人のイワノフが昨日、言っていたのを思い出した。アクーニナも、もちろん、そうなのであろう。油断はできない。  城の中をしばらく案内されて、修練所に到着した。その中では、多くの兵士たちが修練を行っている。 「練習用の模擬剣があります。いくつかあるので、使いやすいものを選んでください」。  アクーニナは、模擬剣の並んでいる場所を指さした。  私とアクーニナは、並んでいる模擬剣から自分に合うものを選び出し、手に取った。本物の剣同様、ずっしりとした重さがある。これぐらい重さがあれば、たとえ木製の模造剣といえども、まともに受ければ、大けがをする。手を抜くことはできない。  私とアクーニナは、修練所の中央まで来て対峙した。すると、すぐにそれに気が付いた周りに居た兵士たちが、我々の手合わせを見ようと遠巻きに取り囲む。 「では、おねがいします」。  私とアクーニナは、一礼をして、剣を構えた。お互い右利きだ。  最初、お互い距離をとっていたが、じりじりと間合いが詰まってきた。  先に動いたのはアクーニナだった。素早く剣を突いてきたが、私は、それを右側へ弾く。再び剣が突かれる。私は再び剣を弾いた。アクーニナは、こちらの出方をうかがっている感じだ。もう一度、アクーニナが剣を突いてきたのを見て、私は素早く体を躱した。  彼女の動きは、とても速い。ソフィアも動きは早いが、アクーニナの方がわずかに上回っているようだ。  今度は私の方が動いた。右、左、右と連続で剣を素早く振り下ろすが、アクーニナの剣にことごとくはじき返された。さらに、素早く剣で付きつけるも、アクーニナは剣を寸前のところで後ろに下がることで躱した。私も数歩、素早く後ろに下がり、間合いを取る。アクーニナはまた素早く前に動き、上段から剣を振り下ろした。私もそれを寸前のところで後ろに下がって躱した。私は、さらにもう数歩後ろに下がり、また距離を取った。  同じような動きがもう二巡あった。さすが、精鋭であるアクーニナの動きは素早く、的確だ。また動きに無駄も隙も無い。そして、まるでこちらの動きを予想しているかのようだ。彼女は“深蒼の騎士”の『剣技』を知りたいというので、魔術を使うのは礼儀に反するだろう。なので、得意としている意表を付いた攻撃もできない。  私は、再度、素早く剣を突いた。アクーニナは、それを剣で左に弾く。それを見た私は、大きく左前に動き、アクーニナの右側に回った。そして左手で彼女の右手をつかんだ。これで、彼女の剣は封じた。そして私は、上段から剣を振り下ろした。  すると、アクーニナは大きく体を落とし、地面に横たわるように倒れた。彼女の右腕をつかんでいた私は一緒に倒れ込みそうになる。振り下ろした剣は倒れた彼女の左肩の上の方の地面にたたきつける形となった。  バランスを崩した私は何とか体勢を直そうと、そのままアクーニナの左側の地面に倒れこみ、素早く一回転してから立ち上がった。一方のアクーニナも反対側に一回転して立ち上がっていた。  周りで観戦している兵士たちから「おお!」と、どよめきが起こる。  再び二人は距離を取った。  その後、何度か鍔迫り合いがあった。私は、少し息が上がってきた。一方のアクーニナは息を切らせている様子もない。彼女の方が年齢も若いだろう、スタミナも私よりあるかもしれない。時間が、かかればかかるほど、こちらが不利になるのは目に見えている。一気に勝負を決めたいが、どうすれば…。  次に動いたのはアクーニナだった。素早く前に踏み出し、斜め上から剣を振り下ろした。私は、それを自分の剣で受け止めた。そのまま、鎬を削る体勢となり、お互い力で抑え込もうと、前に踏み出そうとする。アクーニナは女性のわりに結構な力だ。何とか力を振り絞って、アクーニナの剣を彼女ごと弾き返した。  再び二人に少し距離ができたと思った次の瞬間、私は少し身をかがめて、今度は彼女の左側に動き、剣を鞘から抜いたような動きで、横からアクーニナの脇腹を狙って剣を滑らせた。彼女は今回も、それを見越していたのかの様に、横に腰を引いてかわした。私はさらに前に進んだため、彼女に背中を向けることとなったが、素早く体をひねりつつ左足を踏ん張り、体をくるりと回転させ、その勢いで剣を真横に振った。しかし、彼女はさらに後ろに下がっていため、私の剣は空を切るだけだった。  私が空振りしたことで、少しバランスを崩したのをアクーニナは見逃さなかった。上段から剣を振りかざす。私は身をかがめ、間一髪のところで彼女の剣を自分の剣で防いだ。すると、彼女はそのままの体勢で、力を込めて剣を押し付けて来る。こちらも何とか自分の剣でそれを押し返す。数秒、その体勢が続いたが、アクーニナはあきらめて、パッと後ろに下がった。また、二人は距離を取った。私は剣を下段に構え、相手の出方を待った。  アクーニナは、上段に構え、素早く剣を振り込んできた。私は剣を下段に構えた右下から振り上げ、それを遮った。彼女の剣は、斜めに弾き返されたが、再度、そのまま斜め上から振り下ろしてきた。一方、私は、自分の振り上げた剣を返し、斜め上から彼女めがけて振り下ろす。お互いの剣はそれぞれの相手の首近くでぴたりと止まった。  相討ちだ。 「おお!」と、それを見ていた兵士たちから、一段と大きいどよめきが起こった。  私とアクーニナは、剣を下ろした。 「さすがです」。  アクーニナは、声を掛けてきた。彼女は、ほとんど息が乱れていない。 「そちらこそ」。  私は息を整えながら答えた。  周りの兵士達から、自然に拍手と歓声が起こった。 「機会があればまた是非」。  アクーニナと言うと笑顔を見せた。  彼女はとても強い。敵に回したくない相手だ。  私たちは最後に握手をして、私は修練場を後にした。
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