私は街の城の近く、中央部に戻り、昨日、訪れたレストラン“ストラナ・ザームカ”を再び訪問した。ここの食事は格別で、気に入ってしまった。そして、この場所は落ち着く。食欲がさほどなかったので、軽めに食事を取り、夜になるのを待った。そして、店員に尋ねて盛り場の場所を教えてもらった。
盛り場は、レストランからさほど遠くない場所にあった。いくつもの酒場が軒を連ね、ここも大勢で賑わっている。夜の早い時間ではあるが、すでに酔っ払いの姿が目立つ。
私は適当な酒場を見つけて、中に入った。中も結構な賑わいだ。見たところ普通の市民が多く、軍の関係者は見当たらない。
空いているカウンターに立つと、マスターらしき人物が近づいてきた。
「いらっしゃい。初めて見る顔だね」。
その人物は、人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
「ええ、ちょっと前を通ったので、寄ってみたんです」。
「注文は?」
「鉱山地方の蒸留酒を」。
「了解」。
マスターは、瓶を取り出し手際よく、グラスに氷を入れ酒を注いだ。
「どうぞ」。と言ってグラスをカウンターに置いて、話しかけてきた。「軍の関係者の方ですか?」
「なぜわかります?」
「雰囲気が違いますよ」。
なるほど、フルッスシュタットの酒場のマスターのガンツもそうだが、客商売をやっていると洞察力が鍛えられるのだろうか。
「ところで、ここには軍の関係者は来ないのですか?」
「あまり多くないですね。彼らはもっと城に近いところの店に行っているんではないですか」。
そうすると、あまり軍の事情についての話は聞けなさそうだ。しかし、街の北側のことは訊けるだろうか。
私が、「おすすめのつまみを」と言うと、マスターは適当に軽食を出してきた。
マスターは他の客の注文の対応もしながら、私と差し障りのない会話を交わす。
「ところで」。マスターは、話題を変える様に言った。「ここの人じゃないですね」。
「なぜ、わかりますか?」
「ちょっと訛りがありますから」。
マスターは笑ってみせた。そうなのか、自分では気が付かなかったが。
「実は首都は初めてでね。今日は街中を散策していたんです」。
「へー。首都の印象はどうですか?」
「賑やかでいいですね。そして食事が美味しいです」。
「ちなみにどちらから?」
「ズーデハーフェンシュタットです」。
「へー。ズーデハーフェンシュタットの人とは初めて会いました」。と、言うとマスターは何かを思い出したように口を開いた。「そういえば、一昨日、翼竜を倒した剣士が、ズーデハーフェンシュタットから来た人物だと聞きましたが…。まさか、あなたですか?」
マスターは興味津々な様子で聞いて来た。その話が、街中まで広まっているのか。
「いや、私じゃないですよ」。
私は質問攻めにあうのが嫌で、適当にごまかした。質問がしたいのはこっちの方だ。
「それで」、今度は、私が話題を変えた。「街を散策していたら、川向こうの北側の地域に迷い込んでしまったんだが、中心部とはだいぶ雰囲気が違うね」。
「あそこに行かれたんですか?!」
マスターは驚いて声が少々大きくなった。それに気が付いてハッとして、声の調子をもとに戻す。
「あの辺りは、昔からの貧民街でね。川のこちら側の住民はあまり近づかないですよ。昔は農業に従事していた人が多かったようですが、首都の北側の土地はさほど肥えてなくて。結局、男は出稼ぎで街の中心部で働いたり、仕方なく兵士になる者も多いようです。女もこういった盛り場で働いている者が多いです」。
「ズーデハーフェンシュタットには、ああいう地域がなかったので、驚いたよ」。
「そうですか。逆に言うと、ああいう地域をそのまま置いておくことで、兵士の充足が可能になっているんですよ」。
なるほど、帝国軍が徴兵制でなく、志願制で成り立つ理由は、そういうわけがあるのか。志願制と言っても、彼らはやむなく軍に入隊している。これは『経済徴兵制』だ。
私はもう一つ気になったことに話題を振ってみる。
「あとは、反政府の集会を見かけました」。
「ああ、最近、不満分子が集まることが多いと聞いています。巻き込まれませんでしたか?」
「危ないところだったよ。兵士達がやって来て集会を解散させた」。
「知らなかったこととはいえ、今後は気を付けてください。あまり、あちら側に行くのはおすすめできませんね」。
「あと、もう一つ。演説をしていた男、ナタンソンとか言ってたか…」。
「ナタンソーンですね。最近、名前を聞くようになりましたが、彼のことは名前ぐらいしか…。あんまり詳しく知りませんね」。
彼のことも気になるが、情報収集は今日のところはこのぐらいか。
今日は、首都の中心部の繁栄とは対照的な地域を見て、帝国の闇の部分を垣間見たような気がした。
明日は皇帝との謁見だ、マスターとは適当な会話と酒は適度にしておいて、今夜は早めに切り上げることにした。