雑司ヶ谷高校 執筆部
謁見
 首都滞在三日目の朝。  今日の午後に皇帝との謁見がある。  窓の外はやや暗く、今日も天気が良くなさそうだ。幸い外出の予定は無く、一日城内に居る予定だ。雨が降っても気にすることはない。  今朝も召使いのオレガが朝食を持ってやって来た。 「おはようございます」。  オレガはテーブルに朝食を置くと、間髪を入れずに話しかけてきた。 「昨日の親衛隊長との手合わせの事、聞きました」。  彼女は今日も興味津々な瞳で話しかけてきた。  昨日のアクーニナとの手合わせの話も城内に広がっているのか、私は思わず苦笑した。 「残念ながら引き分けだったよ」。 「これまでに、隊長に勝てた人も、引き分けた人も、今まで聞いたことがありません」。 「確かに彼女は強かったね」。  私の昨日の手合わせ思い起こした。 「本当に、お強いのですね」。  私は、無言の笑顔で返事した。  オレガは続けた。 「明日、お帰りになると聞いています」。 「その通りだよ。だから明日の朝食で、最後だね。今日は、昼食も夕食も持ってきておくれ」。 「かしこまりました」。  というと、オレガは、会釈をして出て行った。  皇帝の謁見のため、午前中は私はいつも以上に時間をかけ、自分の制服や髪形を姿見で払い整えた。残りの時間は皇帝との会話を頭の中で予想してみたりと、少々、落ち着ない時間を過ごした。  昼には食事を持ってきたオレガと差し障りのない会話をし、昼食を取った後は、再び午後の待ち時間を落ち着かなく過ごした。  そうしているうちに時間になり、ドアをノックする音がした。ドアを開けるとアクーニナが立っていた。昨日と同じ、少々派手な親衛隊の制服を纏っている。 「お迎えに上がりました」。アクーニナは敬礼すると続けた。「準備はできておりますか?」 「大丈夫です」。  私は答えた。 「では、参りましょう」。  アクーニナは、手で行き先を指し示した。彼女の後に付いて城内を進み、階段を上り、さらに、しばらく歩くと重厚な扉の前についた。アクーニナが無言うなずいて合図すると両側に控えている衛兵は扉を開けた。  アクーニナと私は中に入った。ここは待合室のようだ。と、言ってもかなりの広さと豪華さだ。天井も高く、外が一望できる大きな窓が幾つか。そして、豪華なシャンデリアが吊るしてある。さらに、鎧が左右に二体飾ってあり、他にも剣や斧が壁に貼り付ける様に飾ってあった。床の真ん中に赤い絨毯が引かれており、次の部屋へ続いている。  部屋の正面には聖職者のような格好の初老の男性が立っていた。 「ユルゲン・クリーガー隊長をお連れしました」。  アクーニナは無表情で話した。 「わかった」。  男も同じく無表情で答えた。 「では、失礼します」。  と、言うとアクーニナは一礼して部屋から出て行った。それを確認すると男は話しかけてきた。 「ようこそ、私はウラジミール・チューリンです。陛下のおそばで様々な助言をしている」。  この男が、“預言者”チューリンか。白髪が少々混ざった茶色い髪を少々長めに伸ばし、同じく一部白いくなっている部分が見える茶色い長いひげが印象的だ。“預言者”という呼び名もしっくりくる風貌だ。そして、彼の首元には先日、イワノフが言っていたとおりに、これ見よがしに見せつけるように大きな魔石のペンダントが光っていた。魔石はデザインされた枠に綺麗にはめ込まれている。 「ズーデハーフェンシュタット駐留軍傭兵部隊、部隊長ユルゲン・クリーガー、命により参上いたしました。本日はよろしくお願いいたします」。  私は敬礼をした。 「クリーガー隊長、遠いところをご苦労。早速ですが、陛下のもとへ案内します」。と言うと、チューリンは、私を一瞥して行った。「武器はお持ちではないですね?」 「もちろん持っていません」。 「よろしい」と、言うと。奥にある扉へ私を招き、扉を開いた。「どうぞ中へ」。  大きな扉を開けるとそこは謁見の間。その部屋は、とてつもなく広い。壁には大きな国章の入った赤い旗が何本も掲げてある。そして、こちらの部屋にも高い天井に、豪華なシャンデリアが幾つも吊ってある。  正面、床が階段状に数段高くなっている。その高い床の真ん中にある玉座に座っているのが皇帝スタニスラフ四世だと、すぐにわかった。玉座の背後にあるステンドグラスが、外からの陽の光で眩しく輝いている。  皇帝は宝石が幾つもはめ込まれた豪華な王冠、豪華な服を纏っていた。髪は真っ白で碧色の目。彼は長く白いあごひげを触りながら、我々を見つめていた。顔にはいくつか皺が刻まれているのが見える。年齢は確か五十歳ぐらいだと聞いたことがある。  部屋の中をチューリンと一緒にしばらく歩き、皇帝の前にたどり着くと、私はひざまずいて挨拶した。チューリンは階段を上り、皇帝が座る玉座の横に立つ。 「ユルゲン・クリーガー、命により参上いたしました」。 「よく来た」。  皇帝は笑みを浮かべて言った。 「クリーガー、一昨日、翼竜を倒したそうだな」。 「はい」  私はひざまずいたまま答える。 「素晴らしい働きをしたと、チューリンから聞いた」。 「いえ、それほどでもありません」。 「謙遜するな」。皇帝は笑って言った。「ルツコイからの報告書で君の事は色々知っていたが、聞いていた以上の腕前のようだな。“深蒼の騎士”が、ここまですごいとは思いもよらなかったよ」。  皇帝は話を続ける。 「今回、来てもらったのは、その翼竜の件だ。数か月前から、翼竜が首都を襲っている話は聞いていると思う。そして、その調査を行ったところ、翼竜は南の島からやって来ているらしい、ということが分かった。そこで、我々は二度、調査隊を編成し、その島に向かわせたが、二度とも船ごと全員行方不明となってしまった」。皇帝は続ける。「それで、今回、君を調査隊の隊長に任命する。その南の島を調査し、翼竜を操っている謎の人物を倒してほしい」。  謎の人物?、これまでにいろいろな人たちから話を聞いたが、島に誰かがいるという話を聞いたことがなかった。調査団が新しい情報をもたらしたのか?私は不思議に思いつつも答えた。 「御意」。  チューリンが付け加える。 「調査隊は、ズーデハーフェンシュタットの傭兵部隊から選別してくれ。また若干の帝国軍兵士を編入させる。細かい指令はルツコイに伝えておくので、彼から聞くように」。  皇帝は締め括った。 「直ちに、ズーデハーフェンシュタットへ戻り、命令を遂行せよ」。 「御意」。  私は再び繰り返した。それを聞くと皇帝は満足そうに、大きくうなずき、続きを話し出した。 「もう一つの話だ。もし、この任務を上手く完遂したら、帝国での適当な地位を与えよう」。皇帝は、あごひげを触りながら言った。「希望するなら、ズーデハーフェンシュタットの市長や、帝国軍の旅団長などの地位を与えてもよい。どうだ?、傭兵部隊の長では君の力を十分に発揮できんだろう」。 「私は、ただの一兵士です。そのような地位を望んでおりません」。  私は破格の提案に驚いて答えた。 「ここでも謙遜かね?まあ、時間はたっぷりあるからよく考えてくれ」。  皇帝はそう言って、玉座の背もたれに寄り掛かった。 「まずは、島での討伐の仕事をやってからです」。  チューリンが付け加えた。 「そうだな」。  というと、皇帝は声を出して笑った。 「任務遂行に必要な物があれば遠慮なく言ってくれ。なんでも用意させる」。 「ご配慮、感謝いたします」。 「話はここまでだ。では、君の活躍に期待しているぞ」。 「必ずや命令を完遂いたします」。  そう言うと、私は頭を下げた。  そして立ち上がり、もう一度頭を下げ、皇帝の部屋を後にした。
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