皇帝との謁見が終わり、私は部屋で、皇帝から受けた命令と提案の内容を頭の中で反芻してみた。
皇帝の様子は、思っていたより普通だった。拍子抜けだ。
命令は、あらかじめ聞いていた内容とほぼ同じであった。島に誰かがいるようだ、ということ以外は新しい情報は無かった。しかし、これは困難を極める任務だ、これまでの調査隊は全滅している。私も下手をすると命を落とすかもしれない。
この任務と別の話とは、皇帝からの提案、命令完遂の褒美についてのことだろう。こんな話はまったくの予想外だった。私が市長や旅団長など、想像もつかない話だ。たかだか、一兵士が命を懸ける引換としてはかなり破格だ。兵士が命を懸けるのは当然のことだと思っている。
いろいろ思いを巡らせていると、ドアをノックする音が聞こえた。
夕食の時間にしては早いな。と、思ったが「どうぞ」とドアの外の人物に声を掛けた。
すると中に入ってきたのは、高価なドレスを纏った見たことのない碧色の瞳の若い女性だった。金色の髪は綺麗に編み込んであり、一目で高貴な人物であることがわかる。
私があっけにとられていると、その女性が口を開いた。
「突然失礼します。私は皇女のイリアです」。
私は、その内容を理解するのに少し時間がかかってしまった。
「これは、大変失礼致しました」。ベットに腰かけていた私は、あわててひざまずいて言った。「わざわざ、出向いていただき、大変光栄です。呼んでいただければ、私が出向きましたのに」。
「楽にして結構です」。
イリアは言うと部屋の中に入ってくると、壁際にある椅子に座った。
それを見て、私は戸惑いつつ尋ねた。
「どういったご用件でしょうか?」
「あなたは、今日、父に会ったのでしょう?」
「はい、お会いして命令を受けました」。
「父の様子はどうでしたか?」
その言葉を聞いて、今は皇女ですら皇帝に会うことができない、ということを思い出した。
「いたって普通でした。健康に問題もなさそうでしたし…」。
私は謁見での印象を答えた。
「私は会うことができないのです。もう三年近く会話もしておりません。一体何故だとおもいますか」。イリアは尋ねた。
「私には見当もつきません」。
私の言葉を聞いてイリアは深くため息をついた。
「そうですか」。私は、イワノフから聞いた話を思い出して言った。「とある者は、チューリン様のせいだ、とも言っておるようですが…」。
イリアはうなずいて言った。
「他にそのようなことをいう者が何人もおります。チューリンはうまく父に取り入って、国自体も操っております。なんとかできないものでしょうか?」
「申し訳ありません。私は一兵士ですので、そういった事情は、ちょっとよくわかりませんので…」。私は言葉を濁した。実際そんなこと言われても、いい案などあるはずもない。「うまく、チューリン様から実権を取り戻す方法があればいいのですが」。
「武力に訴えるしかないのでしょうか」。
と、イリアは言った。私は驚いて、彼女に目を向けた。物騒なことをいう。しかし、それぐらい切羽詰まった状況なのか。
「武力と言っても軍はチューリン様が掌握しているのでは?」
「そうですが、軍内部にはチューリンに反感を持っている者もおります。そして、親衛隊は私の命に従います」。
親衛隊と言っても五十名ばかりじゃないか、隊長のアクーニナはじめ彼らが精鋭中の精鋭といっても、城内で見かけた兵士の数を見て最低数百人は居る、城外の駐屯地を含めると首都付近の兵士数は万は軽く超えるだろう。明らかに数では圧倒的不利だ。あとは、軍の中でどれぐらいの数が皇女側に着く人間が居るかだが。
「早まったことをされない方が、よろしいかと」。
私は現実的な回答をした。
「そうかもしれませんね、今の言葉は忘れてください」。
イリアはそう言うと立ち上がり、去っていた。
私はため息をついて、ベッドに座り込んだ。帝国もいろいろあるのだな。
私の受けた命令もそうだが、先行きが不透明なことが多い。いろいろ思いを巡らせるも、今は回答は出ない。まずは、目の前の自分の受けた命令を遂行することに集中しよう。
明日の午前中には出発だ。私は旅の準備を始めた。