雑司ヶ谷高校 執筆部
約束
 首都から出発する日の朝、私は早い時間に目が覚めた。窓の外を見ると。今日の天気もどんよりと曇っている。夜のうちに雨が降ったのだろうか城壁が濡れていた。  私は、ベッドから起き上がって旅の最後の準備を始めた。それも程なくして終わり、身なりを整えて、あとは出発の時間になるのを待つばかりだ。  ドアをノックする音が聞こえた。私が返事をすると、ドアを開けオレガが朝食を持って入ってきた。そしていつものように、テーブルの上に朝食を置く。 「ありがとう。これで、お別れだね」。  私がそういうと、オレガは向き直って言った。 「お願いがあります」。と、オレガは言うと、私にさらに一歩踏みよって言った。「私を弟子にしてください。一緒に連れて行ってください」。  彼女の予想外の言葉に私は驚いた。 「それはできない」。  少し間をおいて、私は言った。 「どうしてですか?」 「いまは、皇帝から受けた任務がある」。私は続けた。「それに君も住み慣れた街を離れて別の街に行くのは、準備や心積もりが必要だろう」。  それを聞くと、オレガは泣き崩れた。彼女がこれほど感情を表に出すのを始めてみた。  私は、しばらく無言で見守るしかなかったが、何とか言葉を振り絞った。 「どうして、そこまでして弟子になりたい?」  オレガは、涙を拭きながら答えた。 「強くなって、みんなを助けたいのです」 「みんなを助けるとは?」 「私の生まれたところは、この街でも恵まれていない所です」。オレガは涙を拭って続ける。「貧しいところなので、多くの人が生活のために兵隊になるしかありません」。  オレガは、一昨日、私が見た、川の北側の出身なのか。  オレガは涙声で話を続けた。 「なので、この前の戦争で多くの人が死にました。私の父もです」。  彼女の父親は戦死していたのか。私は慰める言葉が出せず、立ち尽くすだけであった。 オレガは、改めて私に向き直り言った。 「女性のほうも兵隊になったり、夜の盛り場での仕事に就いたりするしかありません。私のように、お城で召使になれる者は、まだ恵まれている方です」。  私は、帝国の社会の闇の深さを改めて感じた。  さらにオレガは続ける。 「私の母は幼い時に亡くなっていて、きょうだいも居ません。なので、この街から私が去っても気に掛ける人は居ないので、大丈夫です」。オレガは改めて懇願した。「お願いです、連れて行ってください」。 「そうか」。  と言うも、私はそれ以上の言葉に詰まった。  仮に彼女が弟子になったとする。そして、どうやってあの貧しい区域の人を助けるのか。強くなりたいということは、武力を使って帝国に反旗を翻したいということか。  私が子供の頃、師に誘われて孤児院を去り、彼の弟子になった理由と同じように、彼女もただ今の生活や現状から逃げしたいと思っているだけなのかもしれない。しかし、もしそうであっても、彼女が私の弟子になりたいと言っているその理由を、私が非難することは出来ないと思った。  オレガは床にしゃがみこんだまま、小声で泣いている。  私は膝をついて彼女の肩に手を置き話した。 「今回、陛下に命令された任務で、私は命を落とすかもしれん。それぐらい困難な任務だと思っている。もし生き延びて、ここに戻って来られたとしても、それは何か月も先の話かもしれない」。私は、少し沈黙したあと、決断した。「しかし、もし、生き延びて戻ってこられたら、君を弟子として迎えよう」。  オレガは涙をぬぐって立ち上がった。 「本当ですか?」 「約束しよう」。  私は、彼女の手を取って力強く握った。彼女は、私の手を強く握り返してきた。  オレガは「ありがとうございます」。と何度も言う。 「ご無事を祈っています」。  そう言うと、オレガは立ち去って行った。  彼女の涙に負けてしまい申し出を承諾したが、これでよかったのか?  彼女のためになるのだろうか?  私はその時すぐには、答えを出せなかった。
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