朝、ズーデハーフェンシュタットへの出発の時間となり、私とオットーとソフィアの三人は、それぞれの部屋の前で集合し、馬屋へ向かった。
「師」。ソフィアが私に話しかけてきた。「その剣、どうしたんですか?」
「ああ、これか」。私は背中に剣を左右に二本担いでいた。もともと持っていた剣と、一昨日、街で買った剣だ。「ちょっとスタイルを変えてみようと思ってね」。
「そうですか」、と言って、ソフィアは小声で笑っている。オットーもつられて笑っていた。そんなに変なスタイルだろうか。今後、二刀流にするにしても、実際は訓練しないと実戦で使えない。当面は二本剣を持っているだけになるだろう。
我々は、馬屋で馬に乗り、城門へ向かう。
「そういえば」。ソフィアが話題を変えた。「召使いのオレガですが、昨日の夜、私の部屋に来て、師のことを根掘り葉掘り聞いてきましたよ」。
オレガは私の部屋に来る前に、下調べはしていたのか。
「そうだったのか。彼女は何を聞いていた?」
「師の経歴とか、生きざまとか、いろいろです」。
「それで何と答えたんだい」。
「腕が立ち、信頼できる素晴らしい師で、私達だけでなく皆から好かれている。と言っておきました」。
と、言うとソフィアはまた笑った
「褒めすぎだな」。私は苦笑した。「彼女は、今朝、弟子にしてほしいと言ってきたよ」。
「へー。それで、どう答えたんですか?」
オットーが尋ねた。
「今回の任務が終わったら、弟子にすると答えたよ」。私は今日のオレガとのやり取りを思い出していた。「彼女の身の上話も少しだけ聞いた」。
「私も聞きました」。ソフィアは言った。「彼女も父親を戦争で亡くされているようで」。
「前回の戦争は、共和国だけでなく帝国にも大きな傷跡を残したようだな」。
オレガの話だけなく、退役軍人のイワノフの話も思い起こして言った。
「それで、帝国もいろいろ問題を抱えているとわかったよ」。
そして、首都を流れる川の北側の貧困地域の様子も思い出した。
「それにしても」。ソフィアは少し笑いながら続けた。「師は優しいですね。頼まれると嫌と言えない」。
我々が城門に差し掛かったところで、見覚えのある人物が馬上にいた。
皇帝親衛隊隊長のアクーニナだ。
「おはようございます」。アクーニナは敬礼して挨拶した。「ズーデハーフェンシュタットまでの通行証です」。そう言うと、通行証を私に手渡してきた。
「わざわざ、ありがとうございます」。
「少し話がしたいことがあります。途中まで同行させてください」。
アクーニナは馬を私と並ぶように付けて進む。
我々は、街を抜け、城門を抜け、ズーデハーフェンシュタットへの帰路についた。まずは、ヤチメゴロドに向かう。
アクーニナは、どこまでついてくるつもりだろうか?
城門を抜けてしばらくしたところで、アクーニナが口を開いた。
「あまり、他に聞かれたくない話がしたかったので、もう少し付き合せてくれませんか」。アクーニナは続ける。「昨日、陛下に謁見しましたよね?、陛下の様子はどうでした?」
私は昨日の謁見での様子を再び思い起こした。
「陛下に特に変わったところはありませんでした。おかしな様子は全く無かったです」。
「そうですか」。
何かを考えるように、アクーニナはうつむいた。私は話を続ける。
「そういえば、昨日はイリア様が私のところにお越しになり、同じようなことを聞いてきました」。
「イリア様が?何をお話になりましたか?」。
アクーニナは驚いて顔を上げて言った。
「皇帝の様子についてです。ほかにも、物騒なことも言われていましたから、彼女が軽はずみな行動を起こさないように、よく見てあげてください」。
「物騒なこと?」
「武力でチューリン様を排除したい、と仰っておられました。かなり追い詰められた感じでした」。
「私もそのようなことができるのであれば、そうしたいと思っています」。アクーニナは頷いて言った。「皇女も私もチューリンのことを良く思っていません。もともと、皇帝の親衛隊である我々が、皇帝に近づけないというのは、おかしな話です。しかし、そのこと自体、皇帝の命令でもあったので、我々としては従うしかありませんでした」。
アクーニナは続ける。
「チューリンは、城の中や軍だけでなく政治にも関与していて、実際は国自体がチューリンの支配下にあるといってもいいぐらいです」。アクーニナは軽くため息をついた。「帝国の為、この状況を何とかしないといけないと、常々思っています」。
「しかし、時が来るまで軽はずみな行動はしない方がいいと思います」。
私は言うと、アクーニナは再び頷いて答えた。
「わかりました、心がけます」。アクーニナは馬を止めて話題を変えた。「今回の任務は、翼竜の出発地の調査に行くのでしょう?、これまで、二度、重装騎士団がやられています。かなり難しい任務だと思いますが、無事に生還されることを祈っています。任務が終わったら、またこちらに来ることがあるでしょうから、その時はまた相談に乗ってください」。
アクーニナはそう言うと、敬礼して馬を返し、城の方に去って行った。
私はしばらく、彼女の後姿を見送る。ソフィアはそんな私の姿を見て、からかうように言う。
「あの人のことが気になるんですか?」
「私が気になるのは、城内の状況だよ」。
私はそう言うと手綱を引いて馬を返した。
「そうですか」。
ソフィアとオットーは、また少し笑っている。
「では、行こう」。
私は合図した。