翌日朝、私は改めてルツコイの執務室を訪れた。
ルツコイは、昨日と変わらず大きな執務机の後ろに座っていた。
「おはようございます」。
私は敬礼して部屋に入った。
「まあ、楽にしてくれ」。
ルツコイは執務机の前の椅子を指さし、座るように合図した。
「失礼します」。
私は椅子に腰かける。ルツコイは、私が腰かけるのを確認すると言った。
「実は、首都やモルデンから伝令で君のことについて報告が来ているが、最初は君の方から陛下との謁見の報告をしてもらおう」。
首都だけでなく、モルデンからも報告が来ているのか。伝令の速さには驚く。
私は報告を始めた。
「首都で皇帝陛下と謁見しました。話の内容は、首都を襲っている翼竜の出発地と思われる南の島へ行き、翼竜を操っている何者かを討伐せよ、とのことです」。
「そうか」。ルツコイは、椅子にもたれかかるようにして言った。「これまでに二度、調査隊を派遣した。その隊長は、いずれも帝国軍の者だったが、やはり同じことを言われたそうだ」。
「そうですか」。私は話を追加する。「任務を完遂した暁には、褒美を与えると。ズーデハーフェンシュタットの市長や、帝国軍の旅団長などの地位はどうか、と言われました」。
「それも、これまでの二名も似たような報酬を約束されていたと聞いた」。
「私は、そのような地位は欲してないとお伝えしておきました」。
「なるほど、君らしいな」。
ルツコイは少し微笑んだ。
私は話を続ける。
「私は、自分が市長や司令官に向いているとは思っておりません。今の傭兵部隊長も何とかやっている状態ですから」。
それは本当だ、二人の弟子を見るのは、以前からやっているが、二百名の部隊を率いるのは手に余っている。それなのに、市長や司令官なんて、私には、とても無理だろう。ルツコイはそれを否定するように言う。
「そんなことはない。君はよくやっている。それに、意外とやってみるとできるものだよ。地位が人を作るとも言うしな」。
ルツコイは、改めて姿勢を正し、「話を戻すが」。と、続ける。
「では、調査隊を編成してくれ。明日までに傭兵部隊から百名の選抜を頼む」。
「わかりました」。
「また、帝国軍の兵士を二十名ばかり同行させる」。
なるほど、これは、我々に監視役を付けるということか。
ルツコイは、続けた。
「海軍に話をしておくから、船を用意させておく。今は、大型の船が無いらしく、中型船二隻で六十名ずつ乗船してもらう」。
帝国は領土は海がなかったので、海軍はもともと共和国のものであった。共和国軍は解体されたが、例外的に海軍は戦後、帝国軍によりほぼそのまま接収される形となった。なので、海軍の一部の指揮官以外は、ほぼ全員共和国軍の出身者だ。“ブラウロット戦争”では、海軍は出番がなかったので、艦船など戦前からの配備がそっくりそのまま残っていた。ただ、これまでの二回の討伐で、大型船が調査隊ともども行方不明となっている。そういう理由で、中型船しか残っていないのだろう。
「一つ質問があります。よろしいでしょうか」。私は、この命令で疑問の思ったことを尋ねることにした。「皇帝は、『島に何者かがいる』と言いました。その何者かが翼竜を操っているのでしょうか?」
「これまでの命令でもその話があったが、確証はなかった。ただ今回、君たちが倒した翼竜は、傀儡魔術によるものだったということを鑑みると、何者かが係わっているとみてよいだろう」。
「ほかに何かないか?」
「いえ、質問は以上です」。
「では、明日までに人員の選定を頼む」。
ルツコイは、前のめりになって話を続ける。
「次に、伝令から伝わっている話だが」。
どの話が伝わっているのだろうか?
「まずは、先ほども話したが、翼竜を良く倒したな」。
ルツコイは、目を見開いて、驚いたような表情で話す。
「弟子たち、特にソフィアの活躍で倒すことができました。アグネッタ・ヴィクストレームから教わったという念動魔術で飛行して、翼竜の注意を引きました」。
「念動魔術か。“雪白の司書”が使うというのは、聞いたことがある。わが軍の魔術師たちにも使えるようにさせた方がいいだろうか」。
「私も先日の戦いで初めて見ましたが、その方が戦い方の幅が広がると思います」。
「ヴィクストレームは調査隊に編入させる予定かね?」
「そのつもりです」
「そうか、そうすると島の調査の任務が終わったら、早速、彼女に相談して念動魔術の件を進めてくれ、細かいやり方は任せる」。
ルツコイは、そう言って別の報告書をめくって、話題を変えた。
「後は、モルデンの駐留軍からの報告だ。君達が盗賊の討伐にも活躍した、との報告だ」。
我々は、盗賊に襲われ、その一人を生け捕りにし、その者が白状したアジトを軍と一緒に急襲。そして盗賊を全員打ち取ったことを詳しく話した。
「今回の君の首都訪問の成果は予想以上の目覚ましいものだ。君の上官として鼻が高いよ」。
ルツコイは言うと、笑って見せた。そして、さらに別の紙を見て続ける。
「あとは、皇帝親衛隊隊長のアクーニナから、『クリーガーは、今後も帝国に必要な人材だから、危険な任務に就かせるな』という要望書が来ている」。
私は少々驚いた。あのアクーニナから、そんな要望がきているのか。首都を発つとき『また相談に乗ってくれ』とは言われたが、あてにされているのだろうか。
「私はアクーニナのことは、凄腕の親衛隊長とぐらいしか知らん」。
私は、首都でのアクーニナとの手合わせの話をした。
「アクーニナは、帝国一の手練れと聞いていたが、彼女と引き分けたのか」。ルツコイは、かなり驚いたようだ。「君もなかなかのものだな」。
「ありがとうございます。彼女は手ごわい相手でした。どこであのようになるまで鍛錬したのか」。
私は、アクーニナとの手合わせのことを思い起こした。しかし、引き分けたのは運がよかったからだと思っている。
次に、私は皇帝親衛隊が皇帝に直接会えないという話をした。
「それは、“預言者”チューリンのせいだな。チューリンの良くない噂は、私の耳も入っている」。
「首都でもチューリンの良い話は全く聞きませんでした」。
「そうだな。彼を何とかしないといけない、皆が思っている。如何せん陛下が彼を重用しているから、動くに動けない状況だ。たとえ陛下に直言しようにも、今は誰も陛下に会えないという状況だから、八方塞がりと言ったところだ」。
ルツコイからも、チューリンの悪い評価だ。
「逆にチューリンのことを、良く思っている者はいるのでしょうか?」
私は、思わず聞いてしまった。
「そうだな」。ルツコイは少し考えてから言った。「ソローキンなどの比較的若い司令官は、“イグナユグ戦争”でも手柄を多く上げたせいもあって優遇されているから、悪くは思っていないのではないか?」。
私は、力押しで戦う若い司令官が好まれているという、退役軍人のイワノフの話を思い出した。
「あとは、アクーニナからの『君を危険な任務に就かせるな』との要望だが、当然、皇帝の命令が最優先だ。島への調査隊の仕事はやってもらう」。
ルツコイは毅然とした口調で言う。
「しかし、以前にも言ったと思うが、この任務では無理をせず帰還することを最優先で考えてくれ。私も君のことを帝国に必要な人材と考えている」。
「わかりました」。
私も命は惜しい、生きて帰ることを最優先で考えたい。一緒に行く調査隊のメンバーも、もちろん全員生きて帰還できることを目指したい。
私は最後に明日、傭兵部隊から百名を選抜し調査隊のメンバーとして報告することを約束し、執務室を後にした。