雑司ヶ谷高校 執筆部
襲撃
 私が乗船している、ウンビジーバー号の船長のボリス・シュバルツは望遠鏡で島の方向を覗いている。私は横でその様子を見ていた。これまでは、海も穏やかで、船酔いの者が数名居るぐらいは、トラブルもなく、特筆するようなことは起こっていない。  航海中、シュバルツとも話をする機会があった。彼は変わった経歴の持ち主で、若いうちは海軍ではなく陸軍の兵士だったという。その頃は弓を得意とし、幾度となく国境での紛争や盗賊討伐に参加したことがあるという。一度退役し、海が好きだったのでしばらく港で貿易の仕事に付いていた。彼が海軍に入った理由は、昔、海軍は人気がなかった時期があり、人員確保のため破格の報酬での募集があって、それにつられた、と笑って言っていた。もともと海も好きだったこともあって、今では、海軍の仕事は気に入っているという。  船は穏やかな海を進み、肉眼でも島が見ることができる距離まで近づいた。  望遠鏡を下ろすとシュバルツは言った。 「島に近づいた。あと二時間もすれば下船できるだろう」。 「わかりました。全員に下船準備をさせます」。  と、私が言ったと同時に、誰かが甲板で叫んだのが聞こえた。 「あれを見ろ」。  隊員の一人が空を指さしている。  その先を甲板に居た全員が見上げる。はるか先に鉄色をした鱗を持つ翼竜が飛行しているのが見えた。明らかにこちらに向かっている。 「翼竜だ!」  私は叫んだ。 「総員、戦闘準備!」。  シュバルツも叫ぶ。  私は続けて部隊に向かって叫んだ。 「我が隊も戦闘に備えろ!」  ウンビジーバー号は帆を下ろし、海上に停止した。少し後ろを航行していた、ヘアラウスフォーダンド号も、こちらの様子を見たのだろう、少し遅れて帆を下ろし、ウンビジーバー号の隣に停止する形となった。 「近すぎる!」。シュバルツは叫んだ。「少し船を離せ!」と言うと、船員に帆を改めて張るように言った。翼竜の吹いた火が、もし船に付いた場合、もう一隻に飛び火するのを防ぐためだ。水兵たちは巧みに船を移動させる。  一方、傭兵たちは甲板上で武器を持ち近づいてくる翼竜の様子をうかがっている。しかし、これは想定はしていたが、あまりよくない事態だ。相手は空を自由に動けるが、こちらは、ほとんど身動きが取れない。  アグネッタが甲板から私に向かって叫んだ。 「隊長!空で迎え撃ちます」。  私は大きく手を振って、了承の合図を出した。  アグネッタが念動魔術で宙を浮き、翼竜の方へ向かっていく。ソフィアもその後に続く。それをみて甲板の兵士達からどよめきが起こった。ほとんど全ての者が、念動魔術を実際に見るのは初めてだ。  アグネッタはぐんぐん翼竜の方へ向かっていく。ソフィアも後を追うが、さすがにアグネッタの魔術の方が強力で速さが圧倒的に違う。  アグネッタは一旦空中に停止し、翼竜が近づいてくるのを待った。彼女はに、首都での戦いでは、剣を翼竜の体に突き刺し、それをめがけて稲妻を放つことにより体内からダメージを与え相手を倒したと、あらかじめ教えてあった。アグネッタはそれに倣ってみようと考えていた。まずは、クリーガー隊長達とは違い、格段に威力の強い自らの魔術でどこまで翼竜にダメージを与えられるか見てみたかった。そして、チャンスがあれば翼竜に近づいて剣を突き立てる。  翼竜はゆっくりではあるが、着実に近づいてきている。アグネッタは、距離が十分に近づいたところで、手から稲妻を放った。  甲板の兵士達から、再びどよめきが起きる。何筋もの太い稲妻が翼竜を襲う。アグネッタの放つ稲妻は、遠目に見ても私や他の魔術師が使う稲妻とは威力が違うことがわかる。その何筋もの稲妻が翼竜に直撃した。翼竜はうめき声をあげると一旦、怯んだように見えた。次の瞬間、翼竜はアグネッタに向け炎を噴いた。  アグネッタはそれをひらりとかわした。アグネッタの稲妻と炎の応酬がしばらく続いた。アグネッタの稲妻をもってしても、翼竜はさほどダメージは大きくななさそうだ。  ソフィアがようやく追いついて剣を抜く。 「注意を引いてください。その隙に私が翼を狙います!」。  ソフィアは叫んだ。アグネッタはわかったと手で合図した。そして稲妻を放つ。翼竜の注意はアグネッタに向いたままだ。ソフィアは、翼竜の横から近づき、アグネッタの稲妻の攻撃の合間を見て、翼に剣を振り下ろした。しかし、剣はわずかに食い込んだだけだった。  そうか、前回の戦いは翼竜が降下してきて、かなり勢いがついていたところを斬った。今回も勢いを付けなければ。そう考えたソフィアは一気に空を上昇した。そして十分な高度に達すると、下を見下ろした。アグネッタの放つ稲妻と翼竜と翼竜の吐く炎が良く見えた。  ソフィアは翼竜に狙いを定め、一気に降下を始めた。そして、かなりの速度で翼竜の右の翼に剣を振り下ろした。鈍い音と確かな手ごたえをソフィアは感じた。翼は折れ、動く気配がない。翼竜はうめき声を発し、海面に向かって落下していく。ソフィアは、前回のように翼を斬った反動で剣を手放してしまうようなことはなく空中でバランスを保てたままだ。  墜落する翼竜はついには海面にたたきつけられ、激しい水しぶきを上げた。そのまま翼竜は海の底へ沈んで行ったようだ。  その空中戦を見ていた我々は、翼竜が海の底へと沈んでいくのを見て、安堵のため息をついた。  しかし、その安堵も長くは続かなかった。突然、近くで停止していたヘアラウスフォーダンド号の船体がきしむ音が聞こえた。船は大きく揺れ、見たことのない巨大な触手が何本も海面から見えている。ヘアラウスフォーダンド号の甲板上で隊員たちの叫び声が聞こえる。 「なんだあれは?」  シュバルツは叫んだ。  クラーケン。巨大な蛸の怪物だ。  この怪物も話にだけは訊いたことあったが、まさか今、そのクラーケンに襲撃されるとは。翼竜の襲撃は想定をしていたが、クラーケンは全くの想定外だ。  ヘアラウスフォーダンド号のきしむ音が聞こえた。触手が船体を押しつぶそうとしているのだ。その触手の本体であろう大きな頭が海面すれすれで、見え隠れしている。甲板からは、海に向かって矢を射る者、魔術師が触手に炎を放つのが見える。抵抗するも効果はないようだ。船の帆が折れ、甲板に倒れた。 「だめだ、助からん!」  シュバルツは叫び、ヘアラウスフォーダンド号から離れ、島に向かうように水兵に言う。帆を張ったウンビジーバー号は前進を開始した。今、こちらからは、何もできることはない。  ヘアラウスフォーダンド号の沈没は時間の問題だ。巨大な触手に押しつぶされていくのが見える。船体が無残に割れる音が空に響く。船に乗っていた者が、上陸用の小さなボートを使って脱出しようとしているのが見えた。また、海に飛び込む者も何人か見える。  私が乗る、ウンビジーバー号はぐんぐん離れて島の方へ向かう。そこへ翼竜との対決を終えた、アグネッタとソフィアが戻ってきた。  シュバルツは、望遠鏡でヘアラウスフォーダンド号の様子を見ていた。しばらくして、「沈没した」。とつぶやいた。  なんということだ、上陸前に半分がやられてしまうとは。海中からの襲撃は誰も予想していなかった。一瞬で八十名もの犠牲者が出たことに、悲しみより先に恐怖を感じた。そして、これからもどんな怪物に襲われるのか、不安ばかりが募る。  ウンビジーバー号は、洋上を進み二時間ほどして予定の上陸地点の近くの沖合に到達した。シュバルツは複数の水兵に海面、海中も注意して見るように言い、監視を続けている。今のところ、クラーケンがこちらを追って来る様子はない。
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