私はオットーの後を追い、洞窟のもう一方の出口から、オットー達が向かったと思われる方向へ森を進んだ。すると突然、前方に火の手が上がるのが見えた。炎と、もうもうと立つ黒煙があたりを遮る。
上空には”敵”が空中を浮いているのが、辛うじて見えた。私はそれをめがけ稲妻を放つ。”敵”はこちらに気づいて、ゆっくりと向かって来る。残された左腕をこちらに向け、稲妻を放った。
私は剣でそれを受け止めようとするも、稲妻の威力で後ろに弾き飛ばされ、木の幹にたたきつけられた。私は、次の一撃を食らう前に何とか立ち上がり、後ろにさがって、木の反対側に隠れた。そして別の木の反対側へと、相手の稲妻の直撃をかわそうと、木の後ろに続けて隠れながら、後方へ移動を続ける。相手は悠然と宙を飛び続け、こちらを狙おうとしている。
私は水操魔術で霧を発生させ、視界を遮った。
“敵”は霧を突き抜けて私を追跡しようと前を進む。”敵”が霧を抜けるが、目の前に姿はない。次の瞬間、“敵”の背中にズドンと衝撃が走った。
私は霧を発生させた後は、後方に下がらず、逆に前方に進んでいた。相手の意表をついたのだ。”敵”の背中に回ることができ、最後のナイフを投げつけた。ナイフは見事に背中に突き刺さった。”敵”は「おおお」とうめき声をあげた。初めて”敵”の発する声を聞いたが、どこかで聞き覚えのある声のようだった。しかし、そんなはずはない。そんなことに気をかけている暇はない、素早く剣を構えて”敵”に向かう。”敵”は空中から地上にゆっくりと降り立ち、ナイフを抜こうと背中に手をやった。
私は、その後ろから切りかかる。背中を袈裟切りにした、手ごたえありだ。しかし、”敵”は、振り向きざまに私に向け稲妻を放った。私は、また弾き飛ばされ、倒れ込んでしまった。至近距離から、まともに食らったので、ダメージは大きい。
“敵”は再び、ナイフに手をやりそれを抜いた。そして、何言か呪文を唱えた。すると、背中の血のにじんだ切り跡が、みるみる治っていくのが見えた。なんということだ。しかし、傷や毒は直すことができるようだが、一方で、切り落とされた右腕の修復は無理なようだ。そうなると、奴を倒す方法は、首を切り落とすことか。
”敵”はゆっくりと私に向かい、歩いてきた。私は稲妻に撃たれたダメージで立ち上がることができず、それを見ていることしかできなかった。
オットーは水操魔術で炎を必死に消そうとしている。囲まれている火の一部でも何とか消してこの場を脱出しなければと考えていた。上空は黒い煙で視界は悪いが、”敵”は見当たらない。幸い、”敵”はどこかに去って行ったようだ。しばらくして、何とか炎の一部を消し、炎の囲みからオットーと隊員たちは脱出すると、”敵”の姿を探したが、あたりにはいない。しばらくすると近くで稲妻が走るのが見えた。オットーは反射的にそちらに駆けだした。隊員たちもそれに続く。
オットーの正面に”敵”と倒れている師の姿が目に入った。”敵”は今まさに師に稲妻を放とうと、腕を上げていた。オットーは注意を引くため「うお!」と、大声で叫んだ。
“敵”はこちらを振り向き、腕を向けた。オットーが先に稲妻を放つ。稲妻は、”敵”に直撃するも、若干怯んだ程度にしか見えなかった。”敵”の稲妻が放たれる。それがオットーに直撃し、オットーと隊員数人の体が後ろに弾き飛ばされる。しかし、たまたま横に展開していた隊員の一人が”敵”の脇腹に剣を突きたてた。プロブストだ。”敵”は稲妻を放ち、彼を弾き飛ばした。剣は突き刺さったままだ。”敵”はうめき声を出しながら剣を引き抜いて地面に投げ捨てた。
オットー達は倒れ込んだままでいる。”敵”は腕を振りかざすと、炎の壁ができた。オットーと隊員たちを焼き殺す気だ。私は何とか立ち上がり、背後から”敵”に迫る。あと一歩近づけば、私の剣が届く位置で、”敵”は振り返り、私に気づいた。一瞬遅かったと私は悔やんだ。その時、何かが空を切る音が聞こえ、次の瞬間、”敵”ののど元に、矢が突き刺さった。その瞬間、”敵”は怯んだ。私は、この機会を見逃さなかった。私は”敵”の首を目がけ、剣を振り切った。”敵”の首が飛び、私は血しぶきを浴びた。
ついにやった、と、私は安堵でその場にひざまずいた。炎の壁も消え、オットーと隊員たちも何とか立ち上がり、私と”敵”の遺体にそばに近づいてきた。オットーは、私の体を支えて「大丈夫ですか」。と気遣う。
最後の矢を放った主が近づいてきた。なんと、ウンビジーバー号の船長、ボリス・シュバルツだ。水兵二名、岩場の生存者やアグネッタを連れて戻った隊員達も一緒にいる。その後ろを、別の水兵に左右から抱えられたソフィアも近づいてくる。
「なんとか、間に合った」と言うと、シュバルツは私に近づいて話しかけてきた。「助けに来ました」。
私は彼を見つめると、力なく笑って見せた。
「良いタイミングです」。
オットーとシュバルツに左右を抱えられ、私は立ち上がった。そして、倒した“敵”のそばに近づいた。
“敵”の転がる首をみて目を疑った。なんと、“預言者”チューリンだ。思わず「これは」と声に出した。
「知っている人物ですか?」
シュバルツが尋ねて来た。
「はい」。
私は答え、遺体の胴体のローブをはぎ取ってみた。チューリンがつけていた魔石が胸で光る。首都アリーグラードで会った時の彼の服装も同じ、まちがいない、これはチューリンだ。
その魔石を取り上げ私は懐に入れた。その瞬間、チューリンの遺体は土と化した。
私とその場にいた皆は驚いて「あっ」と声を上げた。
「これも傀儡魔術?」
オットーも驚いて声を上げた。
私は目の前で何が起こっているか、すぐには理解することができなかった。
「まずは船に戻りましょう」
シュバルツは言い、私は承諾した。
私はシュバルツに肩を借り、支えられながら歩き出した。