我々はウンビジーバー号で、レジデンズ島をズーデハーフェンシュタットに向け出港した。念の為、クラーケンの襲撃に備え、監視に怠りはないよう船長のシュバルツから水兵には命令が出ている。
私は時間を見つけて、アグネッタの様子を見に行った。アグネッタは顔や手など、肌が露出していて酸に焼かれた部分に包帯を巻かれていた。苦し気に呼吸している音が聞こえる。まだ話すことはできないらしく、食事は流動食を流し込んでいるという。ソフィアが昨日からずっと付き添いをしている。この二人は、元々、城ではルームメイトで親友同士で、ソフィアが彼女を心配しているのは当然だ。島から帰還後、私はアグネッタとは初めて会う。声は聞こえているそうなので、任務がうまくいったことを伝えた。彼女は瞬きで返事をしているように感じたが、私の思い違いかもしれない。ソフィアに引き続き付き添いをお願いし、部屋を出た。
私は、往路にアグネッタから教わった、念動魔術を一人で訓練してみた。往路の時はカップを動かせる程度だったが、数時間の訓練の後、自分のナイフぐらいは動かせるようになった。しかし、まだまだ実戦に使うのには程多い。ソフィアがやったように岩を動かすなど、一年近い訓練が必要だろう。
私は改めて魔石を見た。これは戦死したエーベルからもらったものだ、まさか形見の品になってしまうとは貰った時は思ってもみなかった。彼との思い出が頭をよぎる。任務に区切りがついた今は、悲しみに暮れてもよいだろう。
また、最後の戦いで、ナイフの三本のうち二本は回収できなかったので、城に戻ったら、改めて準備しておかないといけないことを思い出した。
甲板に出てみると、オットーがいた。
オットーは私の顔を見ると「師、お加減はいかがでしょうか」と尋ねてきた。
彼も私同様にチューリンの稲妻を至近距離から受けたのに、私より元気に見えた。やはり彼の方が若いから回復力が違うのだろうか。
私は「もう大丈夫だ」と答えた。
オットーは飛んでいるカモメにパンくずを投げて与えていた。往路の時に、カモメは飛んでいただろうか?あの時は任務に対する緊張のあまり、他のことに気が回らなかったのかもしれない。
私は時間を見つけて他の隊員とも話をしてみたが、皆、任務が終わった安堵の表情をしている。
百人いた隊員で、生き残ったのは三十人。過酷な任務だった。これまでの調査隊は二回全滅していることを考えれば、よくやった方だろうか。もっと犠牲者を少なくする戦い方が、あったかもしれない。死んでいった仲間のことが再び頭をよぎる。
三日間の航海中、クラーケンの襲撃もなく、最終的に無事ズーデハーフェンシュタットに到着することができた。桟橋には隊員の家族たちが集まっていた。生き残ったもので、家族が迎えに来ている者は、家族との再会の時間を喜んでいるようだ。オットーの家族も来ていた。
一方で、死亡や行方不明となっている隊員の家族は、彼らが船から降りてこないことに悲嘆に暮れていた。それを見るのは、つらい光景だった。