首都へは、翌日の出発が決まった。私はその日のうちに、再び首都に向かうための準備を始めた。
今回は、ソフィアがアグネッタに看病で付いていたいということで、それを許可し首都訪問にはオットーのみ連れて行こうと思う。オットーに旅の準備をする様に言った。
私の留守の間、傭兵部隊を任せるエーベルに変わる副長を決めておかなければならない。私はそれを調査隊の生存者で、最終の戦いに参加したフリードリヒ・プロブストに任せた。島での戦いでチューリンに最後、剣を突き立てた兵士だ。彼は隊内での評判もよく、腕もなかなかで、機転も効く。これまでにも、たびたび隊を任せたこともあり、留守を上手く守ってくれるであろう。
次の日、出発の朝、私とオットーは、城の入り口に集合した。
ルツコイと、私の警護に付く帝国軍の兵士が八名到着していた。
「もう、通行証を持つ必要はないからな」。ルツコイは笑って言った。「途中の宿屋も良いところを手配させる」。そう付け加えると、ルツコイは敬礼した。
私とオットーも敬礼し返す。
「ありがとうございます」。
我々は、帝国軍の衛兵が前に四名、後ろに四名付くような隊列で、出発した。
皇帝との謁見は、前回と違い、困難な任務を命ぜられるようなことではないので、少し気が楽だ。しかし、チューリンの一件が気にかかったままだ。ルツコイから聞いた話によると、チューリンは普段通り、城に居るという話だ。島で見たチューリンの遺体は、私の見間違いだったのだろうか。しかし、そんなはずはない。遺体から回収した魔石も確かに首都で見たものと同じだった。この件は、考えれば考えるほど頭を悩ませる。
本当にチューリンが首都にいるのならば、今回もチューリンにも会うことになるだろう。その時、真実を確かめるしかない。
我々の隊列は、グロースアーテッヒ川を渡し舟で越え、夕刻には宿場町のフルッスシュタットに到着した。ここは小さな宿場町なので、帝国が手配した良い宿と言っても、さほどの規模のものではなかった。まあ、豪華な部屋もあまり落ち着かないから、これぐらいがちょうどいい。
私は夜に宿を抜け出し、この町で一番有名な酒場を再び訪問した。
店に入った私を見つけると、マスターのガンツが声を掛けてきた。
「やあ、英雄さん」。
「その『英雄さん』、と言うのは、なんです?」
私は訝しげに尋ねた。
「何、言ってるんだい、数日前から帝国の中では君は有名人だよ。ここに来る帝国の関係者の話題でも君の話で持ち切りだ。君は、調査隊として翼竜の住む島へ赴き、翼竜とそれを操る魔術師を倒した傭兵部隊の凄腕の隊長。そう言われているんだよ。今後は翼竜が首都にやってくることもないそうじゃないか」。
有名人?そんなことは全く知らなかった。
訝しそうにしている私の様子を見て、ガンツは笑って言った。
「知らぬは本人ばかりか」。
彼はグラスに氷を入れ、鉱山地方の蒸留酒を注いでカウンターに置いた。私がいつも飲んでいる酒だ。今日は何も言わなくても出してきた。
私は、私が有名人だとしたら、やりにくいことが出て来るな、と考えていたところに、金髪のショートカットの女性が近づいてきた。ここでウエイトレスをやっているマリアだ。
「あら、お久しぶり。また来たのね」。
私は手で合図をした。
彼女は他の客の注文の品をガンツから受け取り、店の奥へ行った。
私は小声で、ガンツに尋ねた。
「彼女だが、旦那さんが戦死したと確か聞いたが、帝国に恨みを持っているんだろうか?」
「元共和国の人間だったら、多少の恨みは誰でも持っているんじゃないか?」ガンツも私に合わせて小声で話す。「だから、“帝国の英雄”なんて呼ばれるようになってしまったら、逆に嫌われてしまうんじゃないかな」。
そう言って、笑って見せた。
「なんだ、彼女が気になるのか? そんなことなら、前回来た時に口説けばよかったのに。彼女を狙っても、もう無理かもしれんぞ」。
ガンツは再び笑う。
「なるほどね」。私は彼女の後姿を見て言った。「ちょっと、マスターにお願いしたいことがあるんだが」。