雑司ヶ谷高校 執筆部
死闘2
 アクーニナは、自分がチューリンに一太刀も浴びせられていない自分に歯がゆさを感じていた。また、シャンデリアが壁を突き破った時、外で待機していた親衛隊員は、不意打ちを食らった形になり、ほとんどが犠牲になっているのが見えた。室内でも倒れている者がいる。ざっと見積もって、もともと五十名しかいない二十名近くの隊員が、戦いが始まって二十分程度で落命したことになる。なんということだ、アクーニナは狼狽した。  しかし、クリーガーの機転で、チューリンには何とかダメージを与えられていた。クリーガーをこの作戦に巻き込んだのは正解だったようだ。彼は、その戦局に応じた戦いを瞬間的に選んでいる。魔術を使えるクリーガーがいなければ、戦いにすらならなかったであろう。  そのクリーガーが、正面でチューリンの稲妻を受けて倒れ込むのが見えた。チューリンもほぼ同時に、奥に倒れたようだ。今がチャンスと、アクーニナは勢いよく駆け出した。ほぼ同時にオットーや他の親衛隊員数人も駆け出していた。  チューリンがゆっくり起き上がろうとしている。アクーニナが剣を振り下ろした。アクーニナの剣はチューリンの肩に深く食い込んだ。  アクーニナは、やった、と心の中でつぶやいた。チューリンは苦痛に顔をゆがめた。  オットーと他の親衛隊員数名の剣もチューリンの体を次々と突き刺した。  勝負あったか。  私が稲妻を受けたダメージに耐えながら起き上がると、チューリンは何本のも剣で串刺しにされているが見えた。苦しそうなうめき声が聞こえるが、まだ絶命していない。この状態でも倒れないとは、と、そこにいる皆が思った。  チューリンは何か短い呪文を唱えると、アクーニナは、激しい勢いで体が後ろに弾き飛ばされた。オットーや親衛隊員も同様に弾き飛ばされて倒れた。  チューリンの体から剣がすべて抜け、空中に浮いている。念動魔術を使ったのであろう。その剣先を目前に倒れているアクーニナ達に向けた。残りの親衛隊員がその間に入り空中の剣を弾き飛ばす。  チューリンは高度を上げ天井すれすれまで上昇した。その様子を我々は見上げていたが、あの高度では、攻撃の手段がない。次の瞬間、天井が崩れ始めた。  私は、咄嗟に部屋の入口の方の壁へ向かう。壁はシャンデリアが突き抜けたせいで、扉のあった入り口付近の壁ははほとんど原形はとどめていない。わずかに身を隠せる程度に残った壁が見える。  私は、倒れていたオットーの腕をつかんで立たせ、何とか走り出した。アクーニナや親衛隊員も何とか他の隊員に手を借り立ち上がり、後ろに後退する。  天井がどんどん崩れ、床に瓦礫が積みあがる。天井があったところには、赤い夕焼け空が覗いていた。  チューリンは、まだ土埃が立つ瓦礫の上にゆっくり降り立った。おそらく上空で治癒魔術を使ったのであろう、出血が止まっているようだ。しかし、ダメージは少し残っているようで、わずかながら動きが緩慢になっているように見えた。  私は、何本も剣を突きささっていたのに絶命しないチューリンを見て、ある思いが頭をよぎる。  あれも傀儡魔術による作り物なのではないのか?そうなると、あのチューリンを操っている者がいるということだ。しかし、今はその者が誰かと考える余裕はなく、目の前の敵に集中しなければならない。  今回もチューリンを倒すには、島でやったように首を切り落とすしか倒す方法はなさそうだ。  チューリンは呪文を唱えると両側の壁が崩れだした。瓦礫が宙を浮き、こちらにものすごい勢いで飛んできた。こちらは背後にわずかに残された壁の後ろに下がり、かがんで何とか身を隠す。  瓦礫が壁に当たるゴツゴツという音が響き渡る。  アクーニナが少し離れたところで、しゃがんでいるのが見えた。私は慎重に移動してアクーニナの近くに近づいた。 「屋上には上がれませんか?」  私は、アクーニナに尋ねた。 「上がれません。ここは陛下の部屋の上もつながっているので、保安上そうなっています」。  アクーニナは答えた。なるほど、保安上か、致し方ない。屋上に行ければ、チューリンが宙に浮いていても、上からの攻撃が可能だと思ったが。  無数のレンガが壁に打ちつけられる。チューリンの様子を見るために壁のわずかな隙間から覗く。空中をゆっくりではあるが、こちらに向かっている。  このままチューリンの攻撃が続けば下手をすると全滅だ。しかし、反撃の手段がなにも思い浮かばない。完全に手詰まりだ。  私が死を覚悟したその時、突然、眩しい光があたりを照らし、それと同時に轟音があたりに響いた。  眩しい光と轟音の後、レンガが壁にぶつかる音がしなくなった。どうやら、チューリンはレンガを操るのをやめたらしい。  先ほどの光と音は続いている。私は壁の後ろから身を少し乗り出し、部屋の中を覗き込んだ。  徐々に暗くなっていく空。その空中で激しい稲光があたりを覆っている。あまりにも眩しいため手で閃光を時折遮りながら、私は見上げた。辛うじて宙に四人の姿があるのが判別できた。  一人はチューリン。  後の三人は…、ソフィアとアグネッタ、あとは見知らぬ男性だった。  しかし、アグネッタは酸の霧に焼かれた影響で、まだ起き上がれない状態だったのでは?確か三か月は安静にしていないといけないと聞いた。私は、自分の見間違いではないかともう一度、空中にいる彼女をよく見た。間違いなく、アグネッタだ。  上空で激しい稲妻の応酬が行われていた。アグネッタと見知らぬ男性の放つ稲妻は強烈な勢いで、チューリンに襲い掛かる。チューリンも同様に稲妻を放ち応戦する。  オットーがこちらに駆け寄って来て言った。 「あの男は、以前、モルデンの酒場で見かけたヴィット王国の者です。名前は確か…ニクラス…、ニクラス何とか」。  そうか、オットーが旧友と再会した日、酒場に居たヴィット王国の男は、確か自分では商人と言っていたと聞いた。  オットーは叫んだ。 「やはり、商人ではなかったんですよ」  素性はともかく、今はチューリンを倒すために強力な魔術師の力が借りられるのは、ありがたい。  私はあたりを見回した。オットー、アクーニナ、他の親衛隊員も上空を見上げている。後ろには、衛兵や軍の兵士、鎧を纏った重装騎士団の面々も集まってきている。ソローキンの顔も見える。これだけ派手な戦闘が行われていたら、城の他の者が気付かないはずがない。彼らは、階段にいた親衛隊員を突破して上がってきたのだろう。  オットーは、チューリンとの戦いで剣を彼に突き刺し、弾き飛ばされた後、剣を持っていなかったので、私は手に持っていた剣の一本を渡した。そして、私は、もう一本の剣を抜いた。そして、前に進む。チューリンが床に降りるか、床の近くまで来るかしたら、攻撃を仕掛けようと思ったからだ。オットーも後に続く。  アクーニナも床に落ちていた適当な剣を拾って手にし、我々の後に続いた。残りの親衛隊員もそれに続いた。  ソフィアは、上空から私を見つけ、戦いを二人に任せ床に降りてきた。 「師、大丈夫ですか?」  ソフィアは私に尋ねた 「ああ、問題ない。まだ戦える」  私は言った。ソフィアに聞きたいことが、たくさんある。なぜここに居るのか。アグネッタは、なぜ治ったのか。あのヴィット王国のニクラスという男は何者なのか。  しかし、今はその時間がなさそうだ、目の前の敵を倒すのが先決だ。 「我々も攻撃ができる様に、奴を床の方まで追い込んでくれ」。と、私は言う。「奴も傀儡魔術で出来たもののようだ。倒すには首を切り落とすしかない」。 「わかりました」。  そう言うと、ソフィアは再び上空へ飛び立った。  ソフィアは、アグネッタとニクラスに近づいて、私の言ったことを伝えたようだ。  アグネッタとニクラスはチューリンより上空へ上がり、稲妻を放った。チューリンも稲妻で応酬するが、二人に押される形で徐々に高度を下げて来る。  我々は攻撃の機会をうかがった。
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