雑司ヶ谷高校 執筆部
禁断の魔術
 皇帝はゆっくりと歩く。私もその後に続いた。  私には、先ほどまでのチューリンとの戦いの興奮の余韻がまだ残っている。心音は高まったままだ。  一方の皇帝は歩きながら落ち着いた口調で話し始めた。 「二人で食事する予定だったが、まだ時間が早くて準備ができておらんが、まあいいだろう。君に話したいことがあってな」。  この状況で食事の話をするとは、やはり何か様子がおかしい。  皇帝は、私をチラリと見て、さらに続ける。 「調査隊の仕事をやり遂げたと聞いた。相当腕が立つんだな」。 「いえ、運がよかっただけです」。  私は答えた。  皇帝はその後は、無言で部屋を横切る。私もその後に続く。  皇帝は部屋の端の玉座へと続く階段を上がり、玉座に座った。私は階段の下で跪いて、皇帝の動きを目で追っていた。  皇帝は玉座で少し前かがみになり、そして、ゆっくりと言った。 「チューリンを操っていたのは、私だ」。  予想外の言葉に、私はその内容をしばらく理解できなかった。皇帝を見つめ、無言のままでいると、皇帝は話した。 「聞いているのか?」 「はっ」と、だけ私は、何とか声を発することができた。  皇帝は椅子の背もたれに、深くもたれかかると話を続けた。 「驚くのは無理もないな」。  と、言うと皇帝は話を始めた。 「私は元々は、ヴィット王国出身の魔術師でミカエル・アーランドソンという名前だ。私は王国で禁止されている魔術を使っている」。  私は目を見開いて皇帝を見た。皇帝は表情を変えず、話を続ける。 「それは、相手の体に乗り移る“禁断の魔術”だ。例えば、年老いた時、だれか別の若い者に乗り移れば、そのまま体を乗っ取って生きることができる」。  何?何を言っているのだ?皇帝は。  私の理解に構わず、皇帝は話を続ける。 「この魔術の特徴は、体を乗っ取った相手の知識、経験や記憶なども乗っ取ることができることだ。次々に体を乗っ取って行けば、その都度、どんどん知識や記憶が積みあがっていく」。  皇帝は立ち上がった。 「そうやって、私は百八十六年、生き続けている」。  皇帝は両手を壁に飾ってある剣に向けた。すると、皇帝の両手にするりと宙を飛んで納まった。念動魔術だ。そして左手に持っていた一本を、ぼう然としていた私の前へ投げた。 「君の剣の腕前を見せてくれんか」。  皇帝は、そう言うと剣を上段に構えた。  私は、今の話を頭の中で整理しようとした。  人の体に乗り移って生きている、ということは、目の前の皇帝も乗り移られたということか?  百八十六年、生き続けているということは、何回も他人の体を乗っ取り続けてきたということか?  今、皇帝が見せた念動魔術は、乗っ取った結果、身に着けたということか?  そして、さっき皇帝はチューリンを操ったと言っていた。傀儡魔術が使えるのも乗っ取りの結果なのか?  私がぼう然として剣を取らずにいるのを見て、皇帝は言った。 「どうした、剣を取らないなら、こちらから行くぞ」。  皇帝は階段を駆け降りてきた。  私はあわてて剣を拾って、皇帝が振り下ろした切っ先を寸前のところで、後ろに下がることで躱した。  私は剣を構えた。皇帝は再び私に近づき剣を振り下ろす。  私と皇帝の剣は何度もぶつかる。剣のぶつかり合う音が、室内に響き渡る。  皇帝は見た目の年齢の割に動きは速い。この剣の腕前も他人を乗っ取って来た結果なのか。  何度か鍔迫り合いをして、皇帝の剣さばきに覚えがあるような気がした。それを見越してか皇帝は言った。 「この剣さばきの癖、知っているだろう」。そう言うと皇帝はニヤリと笑った。「そうだ、お前の師のセバスティアン・ウォルターのものだ」。  私は驚いて後ろに下がり、皇帝の剣が届かない位置まで離れた。  しかし、皇帝は素早く前に踏み出し、剣を振りぬいた。私はわずかに動きが遅れた。皇帝の剣先が私の左腿をかすめた。  私は痛みを感じ、そして足の力が抜け、ガクリと膝をついた。斬られた後を見ると血がにじんでいる。痛みはあるが、幸い、傷はさほど深くないようだ。  皇帝は、それを見て満足そうに笑って、話した。 「左下側の防御が甘いのは、昔と変わらんようだな。ちゃんと直すように言ったはずだぞ。覚えているか」。  そうだ、確かに私の師は私の弱点を見抜いていた。そして、それを知っていたのは、彼だけだった。ということは、師の体を本当に乗っ取ったというのか?  皇帝は、剣を床に投げ捨てて言った。 「お前の師を乗っ取ったのは七年前のことだ。そして五年前、魔術師チューリンの体をいただき、三年ほど前に皇帝にうまく取り入った。その後すぐに、皇帝の体をいただいた。そして、チューリンを傀儡魔術で、側近として操っていた」。  ということは、師だけでなく、チューリンも犠牲者なのか。 「最初のうちは、長生きすることを目的にこの魔術を使っていた。しかし、ここ数年で立て続けに体を乗っ取り続けてきたのは、私にある野心が芽生えたからだ」。  皇帝は、大げさに手を広げて、話を続ける。 「それは、この大陸を支配することだ。そのためには軍事力、それを動かす権力が必要だった。そして、権力を奪い取るためには、まずは剣術、魔術が必要だった」。
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