有原悠二の小説、詩、絵など
扉、戦争、鍵について
 ドアノブのないドアを前に、ぼくはいったいいつまでいるのだろうか。  ここは暗い。それでもかすかに見えるのは、月灯りか、または現実的な世界ではないからか。もう一度ドアを見やる。年季の入った木製で、サビた鍵穴が一つだけ申し訳なさそうに鎮座している。その奥を覗こうとするも、向こう側の世界からなにか想像もできないような未知なる怪物に目を潰される気がして、どうしても覗けないでいた。  ドアの他には、なにもなかった。  なにもないとは、文字通りなにもない空間が永遠と広がっていた。かろうじて立てるだけの地面があることすら奇跡のようだった。この世界には、ぼくとドアしかなく、天井はおろか、ドアの向こう側に回り込むのを防ぐための壁すらない。だからぼくはずっとドアの周りをグルグル回ることだって可能だけど、もうそれは十分にして飽きていた。  最初、ドアを見つけたとき、ドラえもんのどこでもドアを考えたけど、どうやらこれはそんな都合のいいものではないようで、ただそこにあるだけでドアとしての意味をなさないものだった。  だからぼくは、ドアに人格を与えることにした。 「きみはいったい、どこから来て、どこに行くの?」  返事はもちろんない。次にぼくは手紙を書くことにした。でも紙も筆もないからドアに直接刻むことにした。  ――拝啓、ドアさま……  ここで爪が割れて、ぼくは諦めた。指をくわえながら、ドアの前で横になり、目を閉じる。  朝はこない。  夜もこない。  眠たくなったら寝て、起きたくなったら起きた。  もしかしたら、とぼくはようやくここの場所に意味を見つけた。 「ここは地獄なんだろ?」  心なしかドアが喜んでいるように見えた。  ぼくは指を折り曲げて筒のような形を作り、簡易的な望遠鏡のつもりで鍵穴を覗き込む。  頭の中に数字が飛び込んでくる。  123456789……123456789……123456789……  お腹は空かないけど、お腹が空くという感覚は覚えているから、 これは結構つらかった。小指を潰すつもりで舐め続けた。そして五年ぐらいの歳月が流れた頃、ぼくの小指はあり得ないほど細くなって、今なら鍵穴に挿し込める気がした。  数を数えるのを、ようやく辞めた。  カチャッと音がして、鍵が開いた感触が確かにした。ぼくは後ろに下がって、思いっきりドアに体当たりした。――  拝啓 ドア   ぼくは、あなたのように立派なドアになりたいといったいいつ  からおもっていたのでしょうか。それでも本当はそんなことは不  可能だって分かっていたのです。だからぼくはドアの夢を捨てて、  もっと解釈の自由な「扉」になることにしたのです。   ここからはもう戦争です。ぼくは扉としてドアのあなたを殺し  に行くでしょう。武器は、数字を数えられる知力と、そして漫画  「キングダム」をたくさん読んだおかげで身についた軍師力、あ  とはちょっとした胆力に、目力だけはすごいと言われていたこの  二つの目です。あなたはきっと為すすべなくぼくに服従するでし  ょう。   では、さようなら。                             敬具  煌々と明るいキッチンで彼女は言った。 「本当にあなたってブサイクね」  ぼくはそれに対してなにも言わずに、この扉の鍵をどこに隠しておくのか、ただそれだけを考えていた。  ただそれだけを考えていた。
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