「……ぐあ〜! また負けた!」
沈痛な表情で天を仰ぎながら、彼は知らず前のめりになっていた体を背後のソファに預けた。口惜しさに表情を歪めながらもその口調はどこか楽しげで、その手にはゲーム機のコントローラーが握られている。
「……危なかった。けど、これで私の三連勝」
そう言って、彼の隣で同じようにソファに倒れ込んだのは、この部屋の主である同級生──ナオだ。襟元のよれたダボダボのTシャツにショートパンツ(穿いてる……はずだ)というラフな格好で、口元には無表情がデフォルトの彼女には珍しく得意げな笑みが浮かんでいる。
二人は今ゲーム対戦の真っ最中だった。フローリングの床には、二人のいるソファを中心にさまざまなゲームのソフトが散らばり、これまでの激闘を物語っている。時計を見れば、時刻は午後三時。彼が家に来てから、実に四時間が経過していた。
「ほら、次の対戦始まるよ。コントローラー持って」
「にゃろめ……次は絶対勝ってやる。俺の底力をなめるなよ?」
「……ん、受けて立つ」
二人の間に見えない火花が散る。カウントダウンと共に画面に『GO!』の文字が踊り、第4回戦のコングが高らかに鳴らされた。
季節は五月。ゴールデンウィークの真っ只中である。
何故二人が、絶好のお出かけ日和であるこんな日に部屋でゲーム三昧しているかと言えば、理由は単純、今日が新しいゲームの発売日だったのである。
元ゲーム同好会会員であるナオは言わずもがな、彼も休日の大半をゲームに費やすくらいにはゲーム好きである。そのゲームが複数人でのプレイを前提とする対戦型ともなれば、ゲーム魂に火がつくのは自明の理。よって二人は、朝っぱらから早速ダウンロードしたゲームに始まり、ナオの家にある全ゲームを制覇する勢いで遊びまくっていた。
「次はどのゲームやる?」
「そうだな……あ、これ俺前々から気になってたやつだ」
「……お目が高い。ちなみにそのシリーズならコレもある」
「なっ、初回生産限定盤だと……⁉︎」
などと、次々と飛び出してくる秘蔵コレクションの数々に二人のテンションはだだ上がり。気付けば時間を忘れてゲームに没頭していた。
「……って言っても、流石にやりつくした感あるなぁ……」
「……ん。流石に疲れた」
うず高く積み上がったソフトの山の脇で、身を寄せ合うようにしてソファに身を預けた二人は一日中画面を凝視して凝り固まった目頭を揉んだ。
既に窓の外は陽が傾き、西日に照らされたゲームソフトの山が二人の座るソファにも長い影を落とす。
「……あ、そういえば」
ふと呟き、ナオは傍の山に手を伸ばすとその中から一冊のゲーム雑誌を抜き取り、差し出した。
いくつもの付箋が貼られた雑誌を適当にめくると、他のページに比べて不自然にシワの寄ったページが目に止まる。
「……へ〜。このゲーム発売来週なんだ」
「うん。せっかくだから来週一緒に買いに行かない?」
「俺と? いやまあ、別にかまわないけど……どうして?」
「……店員に話しかけられるの苦手だから。あなたがいれば、対応を任せて逃げられる」
「サラッと人身御供にしてくれるな……」
そんなふざけたやり取りをしながら、二人は来週末の約束を取り付けた。
それがまさか、あんな事になるとは思いもせずに……
「──そんなわけで、来週末に彼と出かける事になった。……どうしたの、みんな?」
「それって……ねぇ?」
「うん。デート……ですよね」
「……へ?」
「じゃあ、それに見合う格好じゃないとダメだね!」
「そうよ! 女の子は第一印象が大事なんだから!」
「べ、別に私はそんなんじゃ……」
「そうと決まれば、早速買い物に行きましょう、皆さん!」
「ちょ、待って……!」
『おー!』
「……遅い」
手にしたスマートフォンの時刻表示に視線を落としながら、彼は思わずそう溢した。
約束の時刻はとっくに過ぎている。スマホにはソーシャルゲームなども入れてあるため時間潰しには事欠かないが、ナオがゲームに関することで遅れたことがないことを知っている身としては、よっぽどの事態が起こったのではないかと不安ばかりが募っていく。
「電話しても出ないし……まさか寝坊してるなんてオチじゃないよな……」
もう少し待って来なかったら家に行ってみるか……などと考えつつ、再度手にした携帯に視線を落とした瞬間。
「……お、お待たせ」
背後からかけられた、少し緊張した声に彼は振り返り、
「おう。遅かった……っ⁉︎」
そして固まった。
だが無理もない。振り返った先に佇むナオの装い──空色のワンピースにクリーム色のジャケットという、彼女らしからぬガーリーな服装に度肝を抜かれていたのだ。
普段無造作に括ってある髪は軽やかに風に遊び、いつもとは異なる可憐な印象を見る者に与える。また、ワンピースの腹部をベルトで締めることで胸元がより強調され、結果として彼女の整ったスタイルを前面にさらけ出す格好となっていた。恐らく……というか間違いなく、誰かのプロデュースによるものだろう。
「その……やっぱり変……でしょ」
自身に注がれる視線に邪なものを感じたのか、はたまた単なる照れ隠しか、胸元に手をやりながらナオはぽしょぽしょと呟く。恥じらいに頬を染める仕草に鼻血が出そうになった。
「……!」
彼女に見合う言葉が見つけられず、全力で首を横に振る。
「その……か、可愛いと……思う、ぞ?」
「……っ!」
たどたどしく感想を述べると、白い面がボンッ! と真っ赤に染まる。なんだか無性に恥ずかしくて、視線を明後日の方向に彷徨わせる。
(ああもう、なんでそんな……)
朝からとんでもない不意打ちを食らったものだ。彼は次にナオにかけるべき言葉を探しながら、思わず苦笑した。