WINGS&アイロミームproject(仮)
第八章 『壊乱と論争の業奉歌』(後編)
「お願いです……。 お姉ちゃんを……お姉ちゃんを止めて下さいっ……!」 「止め、る……?」 一瞬、彼の言葉の意味が分かりかねた。彼の口から出た言葉は、俺たちが想像していたものとは真逆の内容だったからだ。 「え……ちょ、どういう事? 止める、って……」 「それは……」 敦生くんは、ブレザーの裾をギュッと握りしめた。 「……お姉ちゃんは、選挙活動をしている時からずっと、呪いの騒動を解決するために躍起になってました。 でも、支持者が増えて、選挙に当選して、皆からの期待が強くなっていけばいく程……お姉ちゃんの政策や発言は過激になっていってしまって……」 声を震わせたまま、敦生くんは続ける。 「最初は、お姉ちゃんを応援するつもりで、僕もお姉ちゃんの活動の手伝いをしてたんです。 ……でも、僕の声はいつの間にかお姉ちゃんに届かなくなって……。 ……昨日の演説で、WINGSを解散させるって宣言した時は、僕もビックリしました……」 「そう、だったんだ……」 山栄田姉弟は、二人で協力して俺たちを潰しにきてるのだとばかり思っていた。が、どうやら違うらしい。敦生くんの言葉を信じるとするなら……これは、姉である莉乃の暴走だ。彼は、それを止めようとしているのだ。 「WINGSが解散になってしまえば、多分、生徒会の信頼にもかかわります。 ……だから、お願いしますっ……!」 そう言って、敦生くんは必死に頭を下げた。顔を見合わせる俺たち。どうしたものか……と悩んでいると、ひょこっと舞が顔を出し、敦生くんの方へと近づいた。期待と不安が入り混じった瞳で彼が見つめる中、舞はいつものポーカーフェイスで、 「……元々、私たちも黙って解散させられるつもりは無い。 むしろ、利害関係は一致している。 だから、私たちがやる事は変わらない。 私たちは、私たちの代表に思いを託して、助けるだけ。 ……そうだよね、翔登P」 「……まぁな」 舞は分かっていたらしい。俺たちがどこへ向かうべきか、何の為に行動するべきかを。メンバー間にも笑顔が戻る。俺たちの指針は定まった。 「俺たちは、俺たちの居場所を守るために戦う。 その為に、詩葉のサポートをする。 ……だから、お前に頼まれるまでもなく、お前の姉貴に屈する訳にはいかないんだ」 「そうだねっ! 私たちは……WINGSはもうバラバラになったりしないもん!」 「皆さん……!」 敦生くんの目に光が宿る。それは、俺たちの中にある希望の光だ。たとえ困難にぶつかったとしても、皆でそれを乗り越える。今までだって、俺たちはそれを何度も経験してきたのだ。 「ありがとうございます……! お姉ちゃんの前では言えないけど……でもっ、皆さんが解散にならないように、僕も応援しますから……!」 「ああ、よろしくな」   ペコリ、と頭を下げる敦生くん。ここに来て、強力な後ろ楯が出来たようだ。 と、敦生くんが頭を上げて、辺りをキョロキョロと見回し始めた。 「あの……ところで、稲垣先輩は……?」 「あー、今ここには居ないよ。 多分、どこかで独自に調べものとかやったりしてるんだろうけど……」   そう。俺たちは昨日から、詩葉の姿を見ていない。山栄田に審議会を申し込んで以降、詩葉は部室にも来ずに一人で奔走していた。俺たちも心配してはいるのだが、彼女が選挙に負けてしまったこともあって、どう声をかけたら良いのか分からず困っているという状況なのだ。 「もしかしたら、何か情報を掴んで報告しに来てくれるかも、って思って、皆で部室に居ることにはしてるんだけど……」 「……ま、昨日の今日だし仕方ないわよねぇ」 皆が顔を伏せる。詩葉を助けたいという気持ちは皆同じだ。しかし、どうすれば良いか分からないのだ。 「翔ちゃん、私たちどうすれば良いかな……?」 「そうだな……やっぱり、連絡ぐらい入れてみるか」 そう言って、ポケットからスマホを取り出す。 詩葉のことだから、ひょとしたら電話にすら出てくれないかもしれない。それでも、このまま何もしないで待っているのももどかしい。皆もきっと同じ思いなのだろう。スマホを耳に当てる俺を取り囲むようにして、皆が俺を見守っていた。 プルルルル━━━ コール音が響く。三回ほど待っても、詩葉は電話には出なかった。 プルルルル━━━ まだ、出ない。 プルルル━━━ ━━━ガチャッ。 「っ!? 詩葉!」 五回目のコール音が途中で途切れた。皆がハッとして固唾を飲む。 『……何の用?』   「今、皆で部室に居るんだ。 お前も……」 『今は忙しいの』 ピシャリ、と撥ね付けるように断られる。その声音は、初めて詩葉に出会った時のものと似ているような気がした。 「分かってる。 けど、お前一人に全部背負い込ませる訳にはいかないだろ」 『……これは私の問題なの。 翔登君たちは、黙って待っていて頂戴』 「詩葉……」 取りつく島もない、って感じだ。詩葉は、今回の審議会を自分だけで乗りきろうとしている。俺は無意識に苦い顔をした。 『……約束したのよ。 早見会長と』 俺が言葉に窮して黙っていると、詩葉が電話の向こうでため息混じりに話し始めた。 『会長が居なくなった後の生徒会は、私が引き継ぐと。 私もそのつもりで、選挙の日まで精一杯努力してきた。 勿論、皆にも沢山支えて貰った。 ……それなのに、このザマよ』 電話越しだから、詩葉が今どんな顔をしているのかは俺には分からない。 ……ただ、何となく、今の詩葉は悲しい顔を浮かべてるような、そんな気がした。 『皆の助けを借りておきながら、選挙に負けるどころか、WINGSを危機に追い込んでしまった。 ……私には、その失態を取り返す責任がある』 「……」 『……だから、お願い。 今回は私にケリをつけさせて。 必ず今回の騒動の原因を突き止めて、WINGSを救ってみせる。 だから……』 「……翔登P、翔登P」 まだ詩葉が話している途中だが、誰かに袖をチョイチョイと引っ張られて意識がそちらに逸れた。見ると、舞が俺の側に立ち何かを訴えかけている。 「……何だ?」 「天からの声が告げている。 ……詩葉氏は今、図書室奥の書庫に籠って資料を漁ってるみたい」 「……ナイスだ。 よし、皆で書庫に行くぞ!」 「よーし合点だ!」 『ちょ、ちょっと!?』 詩葉が一人戸惑う中、俺たちは示し合わせたかのようにして部室を出る準備をし始めた。「え、えっ?」と状況が飲み込めずあたふたする敦生君はともかく、皆はどこかニヤッとした笑みを浮かべて、俺に目配せをした。 『……私の話が聞こえなかったのかしら? 今回の件は私が何とかすると言ったでしょう! だから……』 「お前の論理狩(ロンリー・ガール)はもう効かないぞ。 ……それに、前につぐみが言ってただろう? お前はもう一人ぼっちじゃないって」   『……っ!』 論理狩(ロンリー・ガール)。弁論や討論において、絶対に相手を打ち負かせるという力。その絶対的な力で以て、詩葉は二年生で生徒会副会長に就任し、皆から"冷徹"などと揶揄されていた。 ……そう。詩葉はその力のせいで、ずっと孤独だったのだ。 「お前は、WINGSの一員になったんだろ? だったら、お前はもう孤独な女の子(ロンリーガール)なんかじゃない。 お前が困難にぶち当たったのなら、仲間である俺たちが一緒にその困難に立ち向かう。 俺たちは、皆お前の味方だ」 『……』 部室を出て、皆で廊下を駆けていく。トタトタと廊下を蹴るその足音は、自然と規則的なリズムを刻んでいた。 「ぷっ……翔ちゃんってば、まーたキザな事言ってー。 ……でも、ガッキーは一人じゃない、って点には同意かな!♪」 「どんな困難も、私たちは協奏曲(コンチェルト)で乗り越えてきたもんね~」 「何でも一人で抱え込もうとするのは、詩葉氏の悪い癖。 ……もっと、皆を頼って良い」 「私は、詩葉さんがWINGSへの加入を決意した時、その場に居合わせてましたから。 ……もう、詩葉さんに寂しい思いなんてして欲しくないです!」 『皆……』 階段を駆け上がり、徐に電話を切る。俺たちの目の前には、図書室の横に隣接する書庫の扉が聳えていた。すぅ……はぁ……と軽く深呼吸をする。そうして、ゆっくりと扉のノブを回して扉を開けると、暗い書庫の中が露になった。 「……本当、物好きね。 私なんかの為に、ここまでするなんて」 本棚の影から、スマホを片手に詩葉が現れる。廊下の窓からの光に照らされた彼女の顔は、僅かに赤みを帯びていた。 「お前の為だから、ここまでするんだよ」 「…………馬鹿……」   「あれ? ……もしかして詩葉、照れてんの?」 「ひゅーひゅー、詩葉氏かわいー」 「う、五月蝿いっ!!」 皆に囲まれる詩葉は、迷惑そうな素振りを見せつつも、どこか嬉しそうだった。 ……良かった。もう、詩葉は一人じゃない。一人で全部背負い込んで、一人で審議会に挑もうとしていた詩葉を、俺たちは今度こそ救えたんだと思う。俺たちは、皆でWINGSなんだ……! 「……駄目ね、私。 あの時から全然変われてなかった。 また一人で全部責任を負おうとしてた」 詩葉が俯きがちに呟く。 「でも……だからこそ、今こうして皆が私を助けに来てくれた事が嬉しくて……凄く胸が熱いの。 ……本当にありがとう、皆……!」 それは、詩葉の心からの言葉だったに違いない。目尻に涙を浮かばせながら頬笑む詩葉を前にして、俺たちからも自然と笑みが溢れた。 「呪いが蔓延っている事件の原因については、おおよそ調べはついたわ。 でも、まだ決定的な証拠が足りない……。  ……だから、お願い。 皆の力を貸して!」 改めて、詩葉が頭を下げる。俺たちの返事はとっくに決まっていた。 「……当たり前だ。 俺たちに出来る事なら、何だってやる! WINGSの為にも!」 皆が一斉に頷く。 俺たちの心は一つになった。皆が詩葉の為に……そして、一人ひとりが皆の為に全力を尽くそうとしている。やる気に満ちた皆の瞳を見ていると、俺もなんだか、胸が熱くなるような感じがした。 「ありがとう、皆。 ……ところで」 話が一段落着いた後、詩葉は俺たちの後ろの方を見て目を細めた。その視線の先で、敦生くんはビクッ! と肩を震わせる。 「え、えっと……僕は、お姉ちゃんを止める為に、皆さんに協力……を……」 詩葉に睨まれ、敦生くんは完全に竦み上がっていた。初めて詩葉と会った時は、俺もこんな感じだったなぁ……などと過去を思い返しながら、敦生くんを宥める。 「そう……。 ……貴方、私たちにかかっている呪いについて、知ってる?」 「……え?」 突然、詩葉から質問を投げ掛けられ、敦生くんは少しビックリしたようだった。 「えと……もしかして皆さんも、今回の騒動で……?」 「いいえ。 私たちは騒動が起きる前から……本来の『聖唱姫の呪い』にかかっているわ」 本来の、という言い回しが若干気になったが、それよりも、何で突然そんな事を聞いたのだろう……?   「貴方確か、お姉さんの方が演説している途中、彼女に耳打ちしてたわよね? だから、ひょっとして貴方も呪いについて幾らか調べているんじゃないかと思って」 あぁ……そういえば、演説中にそんな事あったな。あの時は混乱してたから、そんな事全然気にも留めなかったけど……。 ただ、その時に山栄田が言っていた呪いの名前は、どれも聞き覚えのないものばかりだった、という事は何となく覚えている。 「言われてみれば……『哀乱怒(アイランド)』とか『起発火(オキシ・ハッカー)』とか……あれって、どこで調べたの?」 「あ……そ、それは……」 皆からの注目を受けて少したじろぎながら、敦生くんはこう説明した。 「そ、その……僕も、呪いの影響を受けているみたいなんです。 それで……今回の騒動で発現した特異な呪いを見て、力がどんなものかを識別できるんです」 「そんな力が……」 ここまで来れば、もう"呪い"というより、ただの便利な超能力だな……。というか、俺たちが知らない呪いがそんなにたくさん存在していたという事実にも驚きだ。 なんてことを考えていると、敦生くんは徐に江助の方へと近づき、 「例えば……えっと、春馬先輩……でしたっけ?」 「へ? あぁ、そうだけど」 「その……先輩には、水降射(スプラッシャー)っていう、空気中の水蒸気を集め、液体にして発射できるという力を持つ呪いがかかってる筈なんですが……ど、どうですか?」   「なっ……!?」 彼の周りにいた全員が目を見開いた。今の今まですっかり忘れていたが、確かに江助も呪いの影響を受けていたんだった。当の江助は、パァァ……と目を輝かせて、 「おぉ……すげぇ! 水降射(スプラッシャー)だって!! めっちゃカッケーじゃん! なぁ!?」 一人はしゃぐ江助。皆が苦笑する中、詩葉だけは何故か真剣な眼差しで江助と敦生くんとを交互に見つめていた。 「……詩葉?」 「……いえ、何でもないわ。 ごめんなさい、変なことを聞いて。 それより、皆に頼みたい事があるのだけれど」 詩葉の一言で、皆の注目が再び詩葉へと集まった。 「皆には、呪いの影響を受けたという生徒達に話を聞きに行って貰いたいの。 それで、呪いがどこまで広がっているのかを調べるから」 「了解! それじゃ、早速行ってくるね!」 「ぼ、僕も手伝います!」 詩葉の一言で、皆が一斉に書庫を後にして散っていく。流石のチームプレーだ。 「よし、じゃあ俺も行って━━━」 「━━━待って」 書庫を出ようとした俺の腕を、詩葉が掴む。振り向くと、彼女は俺の耳元に顔を近づけて囁いた。その距離の近さに一瞬ドキッとしてしまう俺だったが、詩葉は真剣な様子で、 「……秋内くんに、見て貰いたいものがあるの」 「え? 俺に?」 「ええ。 ……今まで見たことが無かった記録にあった、七つ目の呪い……『業奉糸(ゴーフォーイット)』について」 ~~~ 「━━━それでは、只今より、生徒会規則に基づいて、WINGSの処遇に関する審議会を開始いたします。 尚、司会は私、生徒会会計の上原が務めさせて頂きます」 生徒会会計による挨拶で、審議会がついに幕をあげた。コの字型に組まれた机を挟んで、詩葉と山栄田姉弟が対峙している。俺たちアイドル研究部のメンバーは、詩葉の後ろに横一列になって座っていた。 「ではまず、生徒会長の山栄田 莉乃さんから、審議内容の説明をお願いします」 「はい」 ガタ、と椅子を鳴らして山栄田姉が立ち上がる。彼女は、目の端で俺たちを一瞥してから、手元の紙に目を落とした。 「今回議題に取り上げるのは、聖歌学園高校内で問題となっている『聖唱姫の呪い』と称される不可思議な現象についてです。 近頃、異常な能力や現象などが発現したという生徒からの訴えが急増しています。 具体的な原因は不明ですが、聖歌高に残されていた文献の記述から、それらの不可思議な現象は『聖唱姫の呪い』というものであることが判明しました。 そして、同文献における記述から、かつて学園で活動をしていたWINGSというアイドルグループが、聖唱姫の呪いに深く関係していたという事実も発覚しました。 ……以上のことから分かるように、今回の騒動と、彼女らWINGSに何らかの因果関係がある事は明白です。 よって、生徒会長である山栄田莉乃は、WINGSを擁するアイドル研究部の部活動の無期限停止を求めます!」 (長ぇよ……) 堅苦しい長台詞を言い終え、山栄田は着席する。敦生くんは、この間ずっと下を向いていた。 「……では、今の意見に対して、アイドル研究部の部長からは何かありますか?」 ……来た。 俺はゆっくり立ち上がり、山栄田の眼を真っ直ぐ見据えて言い放った。 「俺たちは何もしていません! 生徒会長の発言は、事実無根です!」 「そーだそーだ!」 「発言者以外の方はお静かに」 「あ、ごめんなさい……」 つぐみの野次が入ったが、俺たちの主張は真正面からぶつけることが出来た。 後は、信じて待つだけだ。俺たちの大将が……詩葉が、山栄田を打ち破ってくれる事を。 「では、生徒会副会長の稲垣さん、この件に関して何か意見はありますか?」 すくっ、と静かに立ち上がる詩葉。室内のどこかで、誰かがゴクリ……と唾を飲み込むような音が聞こえたような気がした。 「私は……秋内さんの意見に賛成です」   詩葉の一言で、緊張に包まれていた場の空気がより一層張り詰めた。敦生くんは斜め下に目線を背け、莉乃の方はキッと詩葉を睨んでいる。全く対称的な反応を示す姉弟に対し、詩葉はさらに言葉を重ねた。 「会長の示していた文献には、かつてのWINGSの歴史が記されている他、その"呪い"が発生して以降、具体的にどのような内容の呪いがあったのか、という事などが記されています。 ……今回の騒動で実際に発現している呪いの数々は、その文献に記載されているものと食い違っているんです」 「でも、呪いであるという事には変わりないじゃない!」 会長の鋭い声が飛ぶ。それに対し、詩葉はふぅ……とゆっくり息を吐くと、 「"呪い"が存在する事実、そして現在発生している現象が"呪い"であるという事実、これらは認めましょう。 しかし、文献の"呪い"と今回の"呪い"は、同列に扱ってよいものなのでしょうか? 文献の記載とは違う、新たな呪いの影響だと考える事も可能なのではないですか?」   「仮にそうだとして、その新しい"呪い"とWINGSとの関係性が無い事はどう証明できるの?」 「その前提が間違っているんです。 WINGSは、呪いの起爆剤などではありません」 「文献の記述がある以上、WINGSが呪いを呼び起こしてるのは明白でしょう?」 「なら、貴女こそそれを証明して見せて下さい」   「証明? WINGSが出てきてから、生徒たちが呪いで苦しんでいるというこの現状がこれ以上ない証明よ!」 「WINGSが五人で本格的に活動を開始したのは新学期よりも前です。 貴女の理論では、騒動の発生時期と大きな開きがあることになります」 「そんな事関係ないわよ!」 「なら、それを証明して下さい」   「くっ……!」 「はい論破。 ……私は、調査の結果とそれに基づいた根拠のある推論で話を進めているつもりです。 "文献にこう書いてあるから"という稚拙な根拠の一点ばりでは、私には勝てません」 息をつく間もなく繰り広げられる両者の会話に、俺たちは皆圧倒されていた。二人の議論は、まるでマシンガンのように途切れる事なく続いた。そして、その激しい銃撃戦を制し、最初に場の空気をものにしたのは、詩葉だった。 「……では、貴女の意見を聞きましょう。 副会長、貴女は今回の騒動の原因は何であると考えているのですか?」 「ええ、今から説明します」 詩葉は、机の中から厚みのある茶封筒を取り出すと、そこから分厚いプリントの束を出した。会場の人数分刷られたその資料は、ホッチキスで五枚綴じにされている。詩葉は、その資料を手際よく全員に配っていった。 「これは、今回の騒動で"呪い"と見られる力を発現した生徒のリストです。 全部で約490名。 学年やクラス、部活動などを調べても、そこに共通点は見られませんでした。 ……念のため、リストに挙げた全員に対して、『WINGSの活動を応援しているか否か』についても調査を行いました。 結果、ファンクラブへの加入者が150名近く、それ以外については、『応援している』と回答した人が約200名、『応援していない』と回答した人が約90名、『どちらでもない』と回答した人が約30名でした。 この結果からも、WINGSの存在と呪いの発現とに関連性が無いということが窺えます」 この日の為に、俺たちは構内を駆け回り、呪いの被害を受けた人に対して片っ端から聞き取り調査を行った。皆で手分けはしたものの、一人あたり40人ぐらいに話を聞いたのだ。 『WINGSを応援しているか否か』という質問をする時は、ものすごく胃が痛かったのだが、これも有益なデータを得るため。この資料は、俺たち皆で作り上げたものなのだ。 「ふぅん……つまり、呪いが発現した生徒間には何の共通点もなく、完全にランダムだった、って事?」   ピクッ、と僅かに詩葉の肩が動いた。今し方山栄田から受けた質問は、俺たちにとって、事件を真実へ導く一手だったからだ。 「……いいえ。 たった一点だけ、呪いにかかった生徒の間には共通点がありました。 資料の10ページ目をご覧ください」 会場の全員が、ペラッと音を立てながらページを捲る。 その瞬間、山栄田の目は見開かれた。 「なっ……!? 嘘、そんな……!」 「……呪いにかかった生徒たちは皆、腕や足にミサンガを着けていました。 また、身には着けていなくとも、鞄やポケットに所持していたという生徒も居ました。 即ち、呪いが発現した原因は、ミサンガにある可能性が高いのです!」   ざわ……と生徒会室からどよめきの声があがる。そう、これこそが、俺たちが聞き取り調査を行って得た真実だった。 生徒たちへの呪いは、WINGSが原因で発生したのではない。真の原因は、彼らが着けていたミサンガ━━━つまり、選挙戦で候補者にミサンガを配っていた山栄田だったのだ。 「こ、こんなの出鱈目よ! アンタ達が捏造したんでしょっ!」 「いいえ、真実です。 資料にある写真と、調査を行った私たちが確たる証拠です」 あくまで冷静に、詩葉は言い放つ。対して、山栄田は明らかに狼狽していた。 「何かの間違いよ! 第一、ミサンガでどうやって呪いを引き起こすの? 非現実的だわ!」   いや、呪いの存在自体が充分に非現実的だろ……そう思ったが、余計なこと言って怒られたくないので黙っておく。 詩葉は、コホンと小さく咳払いをすると、資料の頁を捲って掲げた。 「それが、大いに関係しているんです。 貴女と同じように、私も聖歌高に残る古い文献を調査しました。 その結果……このような記述が見つかったんです」 皆が一斉に、示された頁を開く。そこには、詩葉が見つけた文献の頁のコピーが貼り付けられていた。 「『業奉糸(ゴーフォーイット)』……聖唱姫の呪いには数えられない、亜種的な呪い。 初代WINGSが活躍していた時代、学園には彼女らを応援するファンクラブが設立されていたそうです。 そのリーダーを務めていた人物が、WINGSを失ったことへの無念から『業奉糸』という呪いを生み出してしまった……文献にはそう書いてあります」 詩葉は説明を続ける。 「この呪いは、"呪いを複製する"呪いです。 WINGSを失って悲しんだファンクラブ一人ひとりが持っていた無念を"呪い"として具現化させる。 ファンクラブ会員の人数分の擬似的な呪いを生み出し、他者に付与する。 ……つまり、『業奉糸(ゴーフォーイット)』こそが、今回騒動となっていた様々な呪いを生み出していた根源だったのです」 「だからっ! それとミサンガに何の関係が……!」 「『業奉糸』の"糸"がまさにそれです。 WINGSを応援するにあたって、かつては会員証代わりにミサンガが使われていたそうです。 この呪いは、そのミサンガをつけた人に呪いを付与させる力を持っている。 ……そう記載されています」 「っ……!?」 山栄田の顔色が明らかに変わる。形勢は一気にこちらへと傾いた。 「いい加減白状しなよ。 全部アンタらが私たちを嵌める為に仕掛けた罠なんでしょ?」 「そうだ! 正直に言えー!」 つぐみと夏燐が、ここぞとばかりにヤジを飛ばす。それに対し、山栄田は口ごもるだけで何も言わなかった。 「文献の現物はここにあります。 貴女が今手にしている文献と、表紙も、筆跡も同じです。 ……貴女が自分の証拠品を自分で否定しない限り、『業奉糸』が存在するという事実は容認して貰わねばなりません」 突き付けるように、詩葉が言い放つ。山栄田は、明らかに動揺していた。 「何で……何でよ!? 私、知らない! 本当に何も……!」 「では、ハッキリさせましょう。 生徒らにミサンガを配って呪いを発生させた『業奉糸』の持ち主は……」 詩葉は、真っ直ぐ指を差した。 「━━━貴方よね、山栄田 敦生くん」     「っ……!」 「「「…………え?」」」 莉乃をはじめ、議長も、役員も、つぐみ達までもが、皆で目を丸くして驚いていた。俺と詩葉だけが、真っ直ぐに敦生くんを見つめる。そして、当の敦生くんは、肩を小さく震わせながら依然として下を向いたままだった。 これは、つぐみ達にも知らせていない。敦生くんの居ないタイミングを見計らって、詩葉と二人になった時に確認した事実だ。詩葉は、俺たちの聞き取り調査にも協力してくれた敦生くんに、容赦なく牙を剥く。 「会長……即ち莉乃さんは、生徒らの呪いが何なのかを把握していませんでした。 それに対し、敦生さんは生徒一人ひとりの呪いの名を把握していた。 それはつまり、貴方が生徒らに呪いを付与した張本人だからです」 「ま、待ちなさいよ! 敦生は『呪いを解析できる』呪いの力を持っていたの! だから名前が分かったのよ!」 「……では、その『呪いを解析できる』呪いの名前は、何というのですか?」 「っ……」 敦生くんの肩が大きく跳ねる。真下を向いているせいでほとんど分からないが、彼は今、ギュッと固く眼を閉じている状態だった。 「敦生さんは、『業奉糸』にかかっていたから呪いの名を判別できた。 『呪いを解析できる呪い』というのは、恐らく彼の出鱈目でしょう。 ……その証拠に、彼は私たちWINGSの呪いまでは解析できなかった。 私たちの呪いは、『業奉糸』によって生み出された呪いではありませんから」 「ああっ! だからあの時、俺の『水降射』のことだけ言ってたのか……!」 場の空気は一変した。誰もが皆、敦生くんの方へと視線を向けている。その隣で、莉乃の方は未だに慌てている様子だった。   「で、出鱈目言ってるのはアンタの方でしょ! 私は何も知らないわ!」 「彼が……貴女に黙って事を進めていたとしたら?」 「証拠は!? 証拠はあるの!?」 「今の彼の沈黙こそが一番の証拠です」 「違う……違う! 敦生はそんな事絶対━━━━」 「━━━━ごめんね、お姉ちゃん……」     「……っ!?」 まくし立てるように反論を重ねていた莉乃が、敦生くんのその一言で押し黙った。 静まり返る室内。ようやく顔を上げた敦生くんは……両眼を真っ赤に腫れ上がらせながら、くしゃくしゃの表情で、ボロボロと涙を溢していた。 「僕……どうしても、お姉ちゃんに選挙勝って欲しくて……。それで……呪いの力を使えば、お姉ちゃんの支持率を上げられるかもって思って、それで……!」 「『業奉糸』の力は、何時から?」 「……入学してすぐ、です。 よく知らない白い髪の先輩から、『貴方は運命を紡ぐ糸だ』ってよく分からないこと教えられて……それを調べているうちに、図書室で『聖唱姫の呪い』について知って……」 「ど、どうして私たちのところに助けを求めに来たの?」 「お姉ちゃんを止めて欲しかったのは、本当です。 でも同時に……僕が作ったミサンガが……呪いがどんどん広がっていって、収拾がつかなくなっちゃって……。 それで、WINGSの皆さんならきっと、何とかしてくれるんじゃないか、って期待して……」 「アンタさぁ……そんな自分勝手な理屈ばっか並べて、許されるとでも思って━━━」   「━━━分かってますっ!!」 夏燐の怒声を遮る敦生くんの声は、今までで一番大きかった。 「全部、僕の責任です。 ……でも、それでも! 僕はお姉ちゃんの為に何かしてあげたかった……! 少しでも良いから、お姉ちゃんの力になりたかったんです!」 涙交じりの声が、室内にビリビリと響く。俺たちは皆、黙って敦生くんを見守っていた。 「僕は小心者で、怖がりで、泣き虫で、弱虫で……お姉ちゃんに比べれば何の取り柄もない。 『業奉糸』は、そんな僕に与えられた唯一の力だったんです! ……だから、この力を使ってお姉ちゃんを選挙で勝たせてあげて、お姉ちゃんに恩返しを━━━」 ━━━ ペシィッ! という鋭い音が響いた。   莉乃が、敦生くんの頬を思いっきり打ったのだ。 「何の取り柄もない? ……馬鹿言わないで! 敦生は今まで……今までたくさん私のこと助けてくれたじゃない! 今回の選挙だって、呪いのことを抜きにしても、敦生は一生懸命頑張ってたじゃない!」 「お姉、ちゃん……」 両目に涙をいっぱい溜めた敦生くんを、莉乃はそっと抱き寄せた。 「……こんな回りくどい事しなくたって、恩返しなんてしなくたって……私は敦生のこといつも大切に思ってるわよ……! 今回のことは、決して簡単に許される事なんかじゃないけど……でも、私は嬉しかった……」   「……!」   「全くもう……しょうがない弟なんだから」 「う……ひぐっ……お姉ちゃあん……!!」 敦生くんは、莉乃に抱き締められながら、うわあぁぁ!! と大声で泣き叫んだ。きっと、この場にいる誰もが、彼のことを責めようなどとは思っていなかっただろう。今回の事件の黒幕を突き動かしていたのは、たった一人の少年の、純粋な『姉を思う気持ち』だったのである。 「━━━━全ての発言を撤回し、謝罪します。 今回の騒動は、私の弟が……いいえ、私が招いた事態と言っても過言ではありません」   しばらくして、莉乃は真っ直ぐに向き直ると、敦生くんと一緒に深々と頭を下げた。 「お姉ちゃんのせいじゃない! ……これは、全て僕が引き起こした事件です。 だから、責任は僕に……」 「……いいえ。 敦生の監督役として、私にも責任はある。 これは、私たち二人の問題よ。 だから……」   そう言って、莉乃は詩葉の方へ視線を送った。その目には、最初の時のような威圧感はなく、どこか萎れた様子さえ感じられた。 「今回の選挙は、私たちが不正を行ったも同然です。 私たちは、勝負に負けた。 ……だから潔く、生徒会における立場を退きます」 えっ……と室内がザワついた。まさか、会長を辞めるとまで言い出すとは思っていなかったのだろう。俺たちも、彼女の発言を聞いて思わず目を丸くした。 「……」 対して、詩葉は黙っている。顔は見えないが、その肩が僅かに上下していたのが見えた。やや間を開けてから、詩葉はハッキリと一言、 「……誰が辞めろなどと言ったんですか?」   「え……?」 「確かに、貴女たちの行為は許されるものではありません。 生徒らに混乱を与えただけでなく、それを自分たちの支持の為に利用したとなれば、不正ととられてもおかしくはないでしょう」 ですが……、と詩葉は続ける。 「だからこそ、貴女たちは罪を償う必要がある。 混乱に呑まれた生徒たちを正しい方向へと導く責任がある。 貴女たちにはその責務を負ってもらわねばならないし、同時に、それを果たせる実力があると私は信じている。 何のために会長になりたかったのか、何のために姉を会長にしてあげたかったのか。 ……それを、もう一度考えてみることね」 「稲垣先輩……」   詩葉は、山栄田たちを突き放さなかった。むしろ、優しく手を差しのべたのだ。 WINGSに入る前の彼女なら、恐らくこんな行動には出なかっただろう。論理狩(ロンリー・ガール)を、詩葉は糾弾ではなく救済に使うことを選んだ。彼女の成長はきっと、仲間たちとの絆で育まれたものだろう。そんな風に、俺は信じていた。     「えっと、これは……どう処理すれば良いのでしょう……?」 眉を潜めながら、議長役の人がおずおずと詩葉に問いかける。対する詩葉の視線は、議長ではなく山栄田の方へと向けられた。その視線に気づいた莉乃は、はぁ……と軽く息をついた。肩を竦める彼女の顔には、いつの間にか笑みが戻っていた。   「……完敗ね」 ボソッと呟く莉乃に、目を真っ赤にしながらも笑っていた敦生が頷く。二人は、前に見た時の調子にすっかり戻っていた。ただ一点、二人から俺たちに対する敵意がなくなったという点を除いて。 「私は、生徒会長を続投します。 その上で、私たちが今までに犯してきた罪を償っていくことを誓います!」   力の込もった声で宣言する莉乃の横で、敦生くんも負けじと声を張る。 「明日、全校集会を開こうと思います。 そこで、僕とお姉ちゃん……いえ、会長とで生徒の皆さんに説明します。 全てはそれからです」 「ええ。 ……それと、もう一つだけ」 莉乃は、自分の前の机をグイッと動かすと、そのまま机をよけて前へと乗り出した。そして、戸惑う俺たちの前で、彼女は無言で詩葉に手を差し出した。 「今回の問題を解決できたのも、私たちが誤った方向へ落ちて行かずに済んだのも、全部アンタのおかげよ。 ……酷いことしてしまったのは分かってる。 けど、生徒会にはアンタの力が必要なの。 だから、これからも副会長として、私たちに力を貸して欲しい。 ……お願いできる?」 じっと詩葉の目を見つめる莉乃。しばらくの静寂の後に、パシッ、という軽快な音が響いた。俺たちの方からは詩葉の顔は見えない。が、彼女の返事は、その音と同時に握られた手で、明らかだった。 「勿論です。 これは、前会長との約束でもあるんですから。 これからもよろしくね」 「ええ。 ……ありがとう、詩葉」 拍手は、どこからともなく沸き上がった。 猛烈な勢いのディベートでぶつかり合った二人が、今、手と手を取り合っているのだ。二人の勇姿は勿論、生徒会室に集まった者全員が、二人の間に生まれた新しい絆の形に心を打たれていた。俺も、つぐみ達も、知らず知らずのうちに拍手を送っていた。 俺は思う。きっと皆が、詩葉と莉乃の両方を讃えているだろうと。生徒会選挙の結果なんて関係ない。審議会の勝敗がどうだったのかなんて関係ない。……こんな最強の二人が作り上げる生徒会なら、きっとどんな困難だって乗り越えられるだろう。二人のいる生徒会になら、安心して俺たちの学校生活を任せられる。生徒会室を包む拍手という名の賛辞は、誇らしい笑みを浮かべて握手し合う二人へと注がれていた。   「……それでは、以上を持ちまして審議会を終了とします。 皆さん、お疲れ様でした」   そして、審議会は閉幕した。役員や傍聴していた生徒らがゾロゾロと部屋を後にしていく。そうして、莉乃と敦生、アイドル研究部のメンバーのみが残った。 「……ありがとう、詩葉。 お疲れ様」 机に向かって立つその背中に、そう声をかける。そこにいる誰もが皆、彼女を温かい目で見つめていた。俺たちの代表は、ふぅ、と小さく息を吐いた。やりきった、という感情がそこに込められている気がした。 彼女は……稲垣 詩葉は振り返る。今までで一番の笑顔を輝かせて。 「ええ。 ……ありがとう、みんな!!」     END