WINGS&アイロミームproject(仮)
第九章『嘘と本当の暗夢歌』(前編)
   「はぁ……」  ここは、オカルト研究部の部室。室内は相変わらず薄暗く、舞う埃が微かな窓の光を受けててらてらと輝いている。図書館のカウンターぐらい本が積まれた机の隅で、櫻井 絵美里は小さくため息をついていた。  全校集会で、山栄田姉弟が大々的に謝罪をしてから一夜。聖歌高は、驚く程急速に日常を取り戻していった。その影には、生徒会の尽力だけでなく、アイドル研究部の啓蒙もあった。皆が力を合わせて、呪いの騒動を解決させる為に奔走したのだ。 ただ、絵美里の悩みはそこにあったのではない。……むしろ、もっと些細なこと。嫉妬心にも似たような、ごくごく小さな悩みだった。    「『業奉糸(ゴーフォーイット)』……オカ研に残されていた文献には載っていなかった、新しい呪い……」  手元にあった分厚い書物に指を滑らせながら、絵美里は目を細める。  「『聖唱姫の呪い』で、私の知らないことがあったなんて……」  絵美里は、かねてから『聖唱姫の呪い』について調べていた。だからこそ、自分は誰よりも呪いについて詳しいんだ、という自負があった。呪いに関する問題が起きた時には、自分が主軸となって皆を助けよう。それが翔登さんへの……私を救ってくれたWINGSの皆さんへの、せめてもの恩返しだ! そう思っていたのだ。  (でも…………)  翔登さんの『零浄化』が露見した時、絵美里は彼をフォローできなかった。また、『業奉糸』による騒動が起きた時には、絵美里はただ慌てふためくだけで、誰の何の力にもなれなかった。  唯一の取り柄であった『呪いへの知識』。それが、何の役にも立たなかった。絵美里の中のアイデンティティは、波にさらわれる砂のごとく、ボロボロと崩れつつあった。絵美里は、それが何だか悔しくて、悲しかったのだ。  「私がWINGSに居る意味って、なんだろう……」  ボソリと呟くその声は、暗い影に溶けて淡く消えた。こんなこと考えてたって仕方ない。……そう頭では分かっていても、絵美里はどうしてもこの重苦しい感覚から抜け出せそうになかった。悪夢のように頭を苛み続ける悩みは、ため息という形を以て、絵美里の口から溢れ続けた。  ━━━━ガチャッ。  「ヒッ……あ、あの……遅れて、すみません……ウゥ……」  ふと、部室の扉が開かれる。現れたのは、同じオカルト研究部部員の工藤 冬美だった。  「あ、工藤さん。 お疲れ様です」  冬美が入ってくるや否や、すぐさま本を戻して笑顔を作る絵美里。WINGSの皆はもちろん、同じ部の彼女にも、自分が悩んでいるということは悟られたくない……そんな思いが、無意識のうちに彼女の中で働いていた。  「ア……絵美里、先輩……今日は……ン……アイドル研は、お休みですか……?」    「はい。 ここ最近は、生徒会のお手伝いばかりでしたから。 でも、それも一段落ついたので、今日は休んで明日からまた活動を再開しようということになったんです」  「フヒッ……あの一件で、『聖唱姫の呪い』のウワサが学校中に広まってしまった……。 ゥ……生徒だけじゃなくて、霊もザワつき始めてる……ヒヒッ……」  「そうですね……『聖唱姫の呪い』のウワサが一人歩きしないよう、オカ研でも何か策を講じてみるべきかもしれません」  山栄田会長の開いた全校集会があって以降、『業奉糸』による呪いはほとんど沈静化した。ミサンガを身に着けていた生徒らが全員、そのミサンガを切った、あるいは取り外したのだ。 これで不可思議な現象なんかは治まったのだが、『呪い』というもののウワサだけは広まり続けた。山栄田会長によってキチンと説明がされた為、WINGSメンバーが迫害されるなどという事態には陥らなかった。だが、それでも呪いに対して誤解を持っている生徒は少なからず存在する。そこで、オカルト研も一役買って出るべきなのではないか。絵美里はそう考えていたのだ。  「……と言っても、私たちはまだ呪いのことを知らなさすぎる。 だからこそ、今は着実に、呪いの更なる情報収集を進め、て…………」  新たな決意と方針を宣言しかけた絵美里の声が、ふと止まった。  彼女の視線は、じっと此方側を見つめる冬美の……その腕へと向けられていた。  「あ、あの……工藤さん、それ……」  衣替えも近いため、ブレザーを脱いで軽装になっていた冬美。そんな彼女のカッターシャツの左手の裾からは、どこかで見覚えのある、カラフルなミサンガがチラリと垣間見えていた。    「ア……」  その視線に気づき、冬美は慌てて手首を後ろに隠す。絵美里は焦った。  「……ゥ……その、これを付けてると……アゥ……の、呪いの力を間近で感じられるかなって……その……」  「危険ですっ! 工藤さんにも何か呪いの影響が出るかもしれないんですよ!?」  「ヒッ……!? で、でも……今のところはまだ、呪いの力は出てない、から……ヒヒッ……」  「そんなの分かりませんよ! 本人が自分の呪いに気づかないというケースもありますし……。 とにかく、そのミサンガは外して下さい!」  いつになく気迫の籠った声で冬美に迫る絵美里。一方の冬美は、蒼白い顔を一層蒼くしながら後ずさっていく。怯える冬美を前に、一抹の罪悪感を覚える絵美里だったが、「これは工藤さんを危険から守る為だ」と自分に言い聞かせた。そして、  「とにかくっ! これは危険ですから、すぐに外して下さい!」  パシッ、と絵美里が冬美の腕を掴む。冬美も観念したのか、すぐに抵抗を止めた。  ━━━━その時だった。    カッ! と一瞬光が駆け抜けていくかのような、不思議な感覚が絵美里を襲った。突然の衝撃に、「きゃっ!?」と小さく悲鳴をあげてのけ反る絵美里。何事か、と再び目を開けようとしたその時、第二の異変が起きた。  「ウウウアアアァァァ……アアアアアアアアアア!!!」  「く、工藤さん……?」    冬美の様子がおかしい。天を仰ぐかのように首をもたげて奇声を発する彼女に、絵美里はどうして良いのか分からなくなっていた。  (まさか、『業奉糸』で呪いが目覚めて……!?)  絵美里がそう気づいた時にはもう手遅れで、冬美はひとしきり叫んだ後に、パタッと倒れてしまった。  「工藤さんっ!!」    絵美里は慌てて倒れた冬美の側へ駆け寄る。うつ伏せの状態になった彼女の顔の横には、糸が外れた眼帯がポツンと落ちていた。  「工藤さん! しっかりして下さい、工藤さんっ!」  冬美の身体を抱えて、肩を揺する。息は……流石にあるようだが、気を失っているようだ。と、  「ん、んぅ……?」    「え? ……あ、き、気がつきましたか?」  このまま意識が戻らなかったら……などと考えていた矢先、意外にもあっさりと冬美の目が開いた。少し拍子抜けしつつも、大事にならなくて良かったと、絵美里は安堵の表情でため息をつく。  「良かったぁ……もう大丈夫ですか? 身体は痛くあr」  「あのぉ……貴女は一体?」    「…………え?」  ゾッとした。まさか……という嫌な予感が絵美里の全身を駆け巡った。  絵美里の手に抱かれながら、冬美は依然としてキョトンとした顔のまま彼女の瞳を見つめていた。それは、いつもの怯えたような眼とは違う。……完全に、"自分と面識のない他人"の眼だった。  「嘘、ですよね……? 工藤さん、もしかして……記憶が……」  「━━━━あぁー! 思い出した!  貴女確か、櫻井 絵美里さんだったよね! 嬉しいなぁー、こうしてお話できるなんて……!」  「え……えぇ?」  絵美里は、キョトンとするしかなかった。目の前で笑顔を向ける冬美は、明らかに普段の様子とは違う。まるで別人のような立ち振舞いでこちらに語りかけてきたのだ。  声の出し方や動きもまるでいつもと違う。言うなれば、性格そのものが変わってしまったかのような印象だった。眼帯の外れた彼女の目はパッチリと開かれ、左の瞳とは異なる赤い色が覗いていた。  「貴女は……工藤さん、なんですか……?」    「工藤……? ……あぁ、そっか。 今はこの子の身体借りてるから、そうなっちゃうんだっけ」  あはは、と、普段の冬美なら絶対にしないような笑いを浮かべながら、冬美……の身体を借りた"誰か"は立ち上がった。  「初めまして、私は和田 翼(わだ つばさ)! 40年前のWINGSのリーダーです!」    「え…………えええええっ!!?」  絵美里の叫び声がこだまする。にわかには信じられない人物の名前に唖然とする彼女を前に、"和田 翼"と名乗った冬美の身体は苦笑した。  「ごめんねー、ビックリするよね。 実はこの子、降霊堕(コールレーダー)っていう呪いの力を持ってるみたいで、私たちみたいな怨霊が呼び寄せられちゃうみたいなんだよ」  「お、怨霊……ですか……」  「そ。 でね、絵美里ちゃんって『聖唱姫への呪い』について調べてるでしょ? それについて色々と伝えておきたいことがあって、この子の身体借りさせて貰ったんだ」  は、はぁ……と曖昧な返事をしつつ、絵美里は今の状況を整理しようとした。  『降霊堕(コールレーダー)』。名前からして、降霊術に近しい力であることは想像がつく。実際、冬美の身体には今、40年前に亡くなった筈の『和田 翼』さんの霊が乗り移っている。どうやら彼女は、呪いについて何か忠告をしたくて現れたらしい。 一通り状況を分析してから、絵美里は軽く深呼吸をした。    「じ、状況は理解できました……。  それで、私に伝えたいことというのは……?」  「あぁ、うん。 実はね……」  冬美……もとい"翼"はそこで言葉を切ると、ふぅ……と小さく息を吐き出した。  「……『聖唱姫への呪い』は、貴女たちが知っている以外に、あともう一つ存在するの。『業奉糸』と、『零浄化』と……あともう一つ、ね」  「……え…………」  ~~~  「━━━━へぇ、良いこと聞いちゃった♪」  偶然通りかかったオカ研の部室前で、思わぬ新情報を手にした松本 明菜(まつもと あきな)は、ニヤリと妖しい笑みを浮かべていた。  前回の、『業奉糸』による混乱はあっけなく沈静化した。折角ウワサを仕込んだり白髪のカツラを被って演技してみたりと色々やったのに、WINGSは解散どころか、さらに絆を深めてしまった。だから、明菜は何か新しいネタが無いかとあちこち嗅ぎ回っていた最中だったのだ。  「『零浄化』とも『業奉糸』とも違う、もう一つの呪いねぇ……」  『業奉糸』による騒動を仕込む際に色々と調べた明菜でも、その"もう一つの呪い"とやらには見当がつかなかった。祖父である滝沢校長も、そんな事実をほのめかした事はない。初代の霊しか知り得ないような情報なのだとしたら、きっとそれは誰にも出回っていないのだろう。  「……んふふ、いーこと思いついちゃった♪」    怪しげな笑みを浮かべる明菜。誰も知らないところで、WINGSに更なる危機が迫ろうとしていた。  ~~~  「━━━これで漸く400人分ね。 まだ全部を把握しきれている訳じゃないけれど、大方は片付いたと見て良いでしょう」  「やっとここまで来たかぁー……。 ま、目立った騒動も見られなくなったし、上出来だろ」  昼休みの生徒会室は、日当たりもよくて何気に快適だ。俺━━━秋内 翔登は、会長席で足を組んで座る山栄田 莉乃と弟の敦生、そして稲垣 詩葉をはじめとするアイドル研究部のメンバー皆と一緒に、安堵のため息をついていた。  「悪い噂とかもピアニッシモになったし、良かったね~♪」    「正真正銘の一件落着。 天からの声も喜んでる」  「皆で頑張って啓蒙活動してきたからこそだよね! いやー良かった良かった!」  つぐみの一言に皆で笑い合っていると、敦生くんがひょこっと姉の隣から顔を出し、こちらに近づいてきた。  「あの……僕、皆さんに迷惑かけてばっかりで……それでも、皆さんは最後まで僕たちを手伝ってくれて……。  今回の騒動を解決できたのは、紛れもなくアイドル研究部の皆さんのおかげです!  ……本当に、ありがとうございましたっ!」  勢いよく頭を下げる敦生くんを、皆で見つめる。そうして、誰かがクスッと笑ったのをきっかけに、俺たちは揃って笑みを浮かべた。    「私たちだけじゃないよ! 敦生くんも、自分の失敗を取り返そうって言いながら頑張ってたじゃん。 だから、自分のことも誉めてあげなよ」  「そーだねぇ。 最初はヘタレかと思ってたけど、なかなか頑張ってたみたいだしさ。 アタシも多少は見直したよ、アンタらのこと」  「皆さん……!」    ぱああっ、と嬉しそうに微笑む敦生くんがなんだか可愛らしくて、俺は彼の頭をわしゃわしゃと撫で回した。  「ったく、可愛いヤツだなお前はぁー!」  「わあっ!? あ、秋内先輩、止めてくださいよ~!」  口ではそう言いながらも、敦生くんはちっとも嫌がってはいなかった。一方、椅子をガタンッ! と大きく鳴らして立ち上がった姉の莉乃は、なんか物凄く怖い形相で、  「ア、アンタ!! 気安く敦生に触ってんじゃないわよ! 殺されたいの!?」  「いや過保護かよ……」  どうも姉は、弟のことになると回りが見えなくなる体質らしい。殺されたくはないので、俺は仕方なく敦生くんを解放してあげた。    「本当、仲良くなったわよね、貴方たち」  「おやぁ~? ガッキーさん、もしかしてヤキモチですかなぁ~?」  「……今の話の流れでどうしてそうなるのかしら」  「そうなの? でも、つぐみはバッチリ嫉妬してるよ?」  「ちょ、私を巻き込まないでよかりりんっ!」  「……お前ら何の話してんだ?」    ガヤガヤと騒ぐ面々を遠くから眺める。……と、そこに居た人数が普段と合わないことに気がついて、  「……なぁ、絵美里と江助は?」  「へ? あれ……そういえば来てないねぇ」  周囲を見回すつぐみ達。ここ最近は、アイドル研究部の活動は休止していた。が、昼休みには毎回皆で生徒会室に集まって、色々と情報伝達を行ったりしていたのだ。勿論、絵美里と江助もずっと参加していた筈なのだが……。  「……まぁ、今日は放課後に部活やるからな。 報告も、その時にすれば良いか」  「そだね。 じゃあ今回はこれでお開き、って事で!」  つぐみの一言を以て、今回の会合は終了となった。部屋を出る間際、山栄田姉弟から声をかけられる。  「アイドル活動、頑張って下さいねっ!」  「何かあったらサポートするから、しっかりやんなさいよ」  「……あぁ。 ありがとな!」  ついこの前まで敵対していた二人からも、こうして激励の声がかけられるようになった。二人の応援は素直に嬉しいし、また"生徒会"という後ろ楯が協力してくれるという事自体、俺たちにとっては大きなことだった。二人の期待に応えるためにも、今後も頑張って活動しなければ……!  「さて、と。 どーすんの? まだ昼休みもーちょいあるけど、このまま解散?」  「そうだな。 ……あ、俺はちょっとオカ研の部室に顔出してみるわ」  絵美里さんが会合に来なかったということは、部室でなにか調べものをしているのかもしれない。放課後の予定やさっきの会合についての報告も兼ねて、昼休みのうちに彼女に会っておこうと思ったのだ。  ただ、一人で行くってのもアレだし、誰か付き添いが居れば良いんだけど━━━━      「つぐみ、一緒に来てくれるか?」  「うん、いいよー! 私も昨日からエミリーと顔合わせてないし」  「じゃあ、私たちは先に戻ってるわね」  その言葉を最後に、俺たちは廊下で二手に分かれた。まぁ、ただ用件を伝えるだけだから、そんなに大したことじゃないんだけど。つぐみの一歩先を歩きながら、俺は楽観的にそう考えていた。  ……そう、この時はまだ、アイドル研究部に新たな試練が訪れようとしているということなど、俺たちは皆露も知らずにいたのだ。  ~~~  「━━━ねぇ、あそこに居るのって、春馬くんじゃないかな~?」  翔登らと別れた夏燐たちは、教室へと戻る途中に、見知った顔の人物を見かけた。何やら真面目な顔で話し込むその人物……春馬 江助の前には、彼と同じぐらいの背の女子生徒が並んでいる。  「折角だし、彼にも今日の話の報告をしておきましょうか」  「……いや、ちょっと待った!」  「え? ……きゃっ!?」  突然、夏燐が詩葉たちの手を引いて物陰に隠れた。    「ちょっと、急に何するのよ!」  「江助が女と話してるなんて珍しい……これって、もしかして……」  「……春馬氏の、彼女?」    「「えええぇぇっ!!?」」  舞のその一言に、詩葉と音色が揃って声をあげる。確かに、彼の様子を見る限り、単に道を聞かれただけとかそういった様子ではない。これが、仲睦まじい男女だと説明されれば、誰もが納得することだろう。今の彼らは、そうした雰囲気を十分に持っているように見えた。  「ど、どど、どうすれば良いのかしら、こういう時って!? 平静を装って自然に振る舞って……」  「はぁぁ~! な、なんだか心臓がprestoしてきちゃうよ~……!」    「まぁ落ち着きなって。 江助がこの手の弱味を見せることなんて滅多にないからねぇ……。 こっそり情報を集めて、それをネタにして揺すれば……」  「ヘイヘイ春馬氏。 そちらの女の子は彼女さん?」  「って何やってんだ岳都ォォォォォーー!!!」  いつの間にか江助の元へ近寄っていた舞が、どストレートな質問を投げ掛けていた。残された夏燐たちも、慌てて舞の元へ駆け寄る。対する江助は、少しぎょっとしながら、  「うわっ、何だよ皆急に……! てか、もしかして見てたのかよ?」  「答えて。 この人は彼女なのか否か、一生添い遂げることを天の声に誓うのか」  「ま、舞ちゃん……! いきなりそういう事聞くのは、ちょっと……!」  「そ、そうよ! ちゃんと順序というものを踏んでから……」  と、件の女子生徒を訝しげに見つめていた夏燐が、思い出したかのように呟く。  「……あ! どっかで見たことあるなーって思ったら、アンタあれじゃん! WINGSファンクラブの代表の!」    え……? と、三人の視線がその女子生徒に向けられる。彼女は、ニコッと微笑んで小さくお辞儀をした。  「お久しぶりです、先輩方! 松本 明菜です!」  「松本……あぁ、握手会をやった時に新入生代表で挨拶してくれた……!」  「はいっ! 覚えていて頂けたなんて光栄です!」  キラッ! という効果音でも聞こえてきそうな眩しい笑顔に、夏燐たちはたじろいだ。この子の笑顔は、アイドル活動をしている自分たちにもひけをとらない程輝かしい……そう思ったのだ。  「……それで、ファンクラブの貴女が、どうして春馬氏と付き合ってるの?」  「いやだからっ! そーゆうんじゃないっての! 付き合ってるって前提で話進めようとするな!」  珍しく照れた様子で抗議する江助。が、一瞬隣の明菜に目をやると、すぐに真面目な顔つきになって、  「……場所を変えよう。 他の生徒に聞かれるとマズい」  「え……あ、うん……」  いつになく真剣な江助にペースを狂わせられながらも、夏燐たちは彼に従い、人気のない空き教室へと移動するのだった。  ~~~  「えーっと……こっちだったっけか?」    オカルト研の部室に向かう俺たちは、他の教室の位置を頼りに、西棟の最上階をうろついていた。文化系の部活の部室が集まるこの場所は、昼休みのうちはひどく静かで、人の気配すら感じない。  「っていうかさ、エミリー本当にここに来てるのかな? 実は教室に居て……みたいなオチもあるかもよ?」    「いや、俺たちが皆で生徒会室行こうとした時には、もう居なかっただろ? 絵美里のヤツ、いつも縁伝者(エンデンジャー)で気配消してオカ研の部室行ってるからな」  縁伝者(エンデンジャー)。それが、絵美里が抱えている呪いの名前だ。自身の存在感を操り、周りの注目を引くことも出来れば、逆に影を薄くして周りに気づかれなくさせることもできる。かねてから呪いについて詳しく、かつ誰よりも先に『聖唱姫の呪い』にかかってしまったという彼女は、今ではもう呪いの力を意のままに操っているようだった。  「俺は零浄化があるから、絵美里が教室を出ていくのに気づけたんだがな……っと、ここだ」    ようやく、オカ研の部室を見つけた。もうすぐ昼休みも終わる頃だし、手早く済ませよう。そう思って、扉をノックしようとした。  ━━━━ガチャッ!!  「うわっ!?」  「ヒイイイィィィッ!!?」  いきなり部室から飛び出してきた影が、俺の腹に激突した。痛みは無かったものの、その衝撃で俺は……いや、俺とその影は地面に倒れ込んでしまう。  「翔ちゃん! だ、大丈夫!?」  「痛ってぇ……何なんだ一体……?」  腰をさすりながら身を起こす。俺の前でへにゃりと倒れ込む影の正体は、予想どおり、オカ研部員の一年生……工藤 冬美さんだった。  「グェ……ア、ウ……あ、あの……ご、ごめんなさい……っ」  「いや、まぁ良いけど……流石にそろそろ慣れて欲しいかな」  出会う度に大声で叫ばれるのは、此方としてもちょっとご遠慮願いたい。まぁ、臆病な性格の彼女にとってはなかなか難しいことなんだろうけど。  「どうかしたの? なんか、凄い慌ててたみたいだったけど……」    つぐみの問いかけに、工藤さんはハッ!? とした顔を浮かべた。かと思いきや、その顔をみるみるうちに蒼くしていく。    「アゥ……あ、あの、大変、です……! ア……さ、櫻井先輩が……!」  「っ!?」  嫌な予感がして、俺は開け放たれた扉から室内へと飛び込んだ。そして俺たちは……  「絵美里っ!!」    ━━━━散らばった本の上に倒れ伏す絵美里の姿を目の当たりにした。  「エミリー……? ……エミリーっ!!」  「……大丈夫だ、気を失ってるだけらしい」  息があることを確認してから、ゆっくりと絵美里の身体を起こす。これだけ呼び掛けても反応がないってことは、相当弱っているということだろう。    「工藤さん。 一体なにが……あ……」  工藤さんに事情を聞こうとした俺だったが、絵美里の腕にあった"ある物"が目に留まった途端、その声は途切れた。……それは、既に解決した筈の事件の鍵。もう誰も持っていない筈のものだった。  「これ……『業奉糸(ゴーフォーイット)』のミサンガじゃ……!?」    「嘘、なんで……!?」  間違いない。俺たちが数日かけて回収し続けてきたあのミサンガが、絵美里の手首に巻かれている。彼女が気を失っている原因は、どう考えてもコレだろう。  「……つぐみ、絵美里を頼む」  「わ、分かった! とりあえず、保健室に運ぶね!」  つぐみは絵美里をおんぶすると、大急ぎで保健室へと駆けていった。流石、普段からソフト部とアイドル研で鍛えられているだけのことはある。……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。  「……さて」  つぐみが階段口へ消えていくのを見届けてから、俺は静かに振り返る。それからしゃがみ込み、扉の前で泣き崩れる工藤さんと目を合わせた。  「……何があったのか聞かせてくれるか?」    怖がらせないよう、優しく問いかける。工藤さんは、虚ろな目を赤く腫らしながらも、素直に頷いてくれた。  「ゥ……あのミサンガは……その……元々、私のもの、だったんです……」  「工藤さんの……!? どうして生徒会の回収に応じなかっ…………いや、今はそれはいい。 それで?」  「アゥ……私のミサンガ、は……つけると、その、降霊術……みたいなことが、出来るようになるみたいで……。 ……ゥゥ……それで、櫻井先輩が、せ、先代の……WINGSの人に、話を、聞こうと……」  「先代の……? つまり、40年前のWINGSのメンバーの霊を降ろして、その人と会話しようとした、って事か……?」    こくこくと頷く工藤さん。先代の霊を……か。なるほど、具体的な力の作用はともかく、絵美里が興味を持つのは尤もかもしれない。  「ァ……わ、私は、その……危ないからって、止めたん、です……。 けど……先輩が、手にミサンガを付けた瞬間……ァゥ……か、雷が落ちたみたいな、衝撃が、辺りに……響いて、それで……」  「それで、その衝撃ってのにやられて、絵美里が倒れたってとこか」  「アゥ……は、はい……」  絵美里は既に『縁伝者』という呪いにかかっている。だから多分、ミサンガによって二重に呪いにかかろうとしても、身体がそれに耐えきれなかったのだろう。  『業奉糸』による事件が起きた際、偶然にも俺たちアイドル研究部のメンバーは、江助以外は誰もミサンガを付けていなかった。……だから気づかなかった。もしも、メンバーの誰かが興味本位でミサンガをつけようとしていたら……絵美里のように、気を失っていたのかもしれない。  「ヒグッ……ウゥッ……ごめん、なさい……」    唐突に、工藤さんが謝罪の言葉を口にする。  「私の……せいで、櫻井先輩が……倒れ……ウゥッ……」  「……大丈夫。 ミサンガを持ってたのはまずかったけど、別に工藤さんが絵美里を倒れさせた訳じゃない。 だから心配しなくても……」  「━━━━翔登くんっ!」  「ギィャァァァアッ!!?」    突如、俺の背後で響いた声。それに、案の定工藤さんはオーバーリアクションを示した。  「うわっ!? ちょ、工藤さん!?」  勢い任せに、俺の身体へと飛び込む工藤さん。ふにゅっ、という温かい感触が俺の上半身を包み込む。ああ……女の子の身体って、こんなに柔らかいものなのか……。  「えっと……お、お邪魔しちゃったかな……?」  「ハッ!? い、いや違う! 工藤さんは元々ビビりな性格だからこうなっただけで……てか工藤さん! もう大丈夫だから離れて……!」  声の主……音色が微妙そうな表情で見つめる中、俺はなんとかして工藤さんを引き剥がした。  「……んで、音色は何しに来たんだ?」    「あ、うん……実は今━━━━」  ━━━━キーン、コーン、カーン、コーン  音色の声に、午後の授業開始のチャイムが重なる。辛うじて聞き取れた彼女の言葉は、しかし、俺に衝撃を走らせるには十分すぎる重みを持っていた。  「七つ目の呪いを持つ子、だと……?」  ~~~  「……すみません、我が儘言っちゃって。 本当は、皆さんとの会合に参加すべきだったんでしょうけど……」  「気にすんなって! 用事あるんなら仕方ないじゃん」  放課後。江助と明菜は、校門前の坂を降りた辺りで歩きながら話をしていた。  詩葉の提案で、明菜は一度翔登を含めたアイドル研の全員と顔を合わせて、彼女が持つという"七つ目の呪い"について話そうということになった。が、明菜は今日どうしても外せない用事があるらしく、それは明日に延期となったのだ。  「それに、呪いの影響が身体にも出るって話だったし、無理はさせらんないだろ? ……あ、明日も近くまで迎えに行くよ」  「いえっそんな! 悪いですよ……!」    「遠慮すんなって! それに、これは俺自身のプライドの為でもあるんだからさ」  ニシシッ、と笑う江助をしばらくの間見つめてから、明菜は突然クスクスと笑いを溢した。  「え、あ、あれ? 俺、何か変な事言った?」  「ふふっ……すみません、違うんです。 ……優しいんですね、春馬先輩って♪」    「な……えっ!? い、いやぁ別にそんなことねーけど……」  でへへ、とあからさまに嬉しそうな顔をする江助。もう既に前なんて見ていない彼は、明菜についていくように、日が当たらない裏路地へと入っていった。  「本当……優しすぎですよ、先輩は。 優しすぎて……」  「ん~? 何だよぉ~?」    ニヤケながら振り向く江助。  ━━━━バチバチバチッ!! という凄まじい異音は、それと同時に響いた。  「がっ━━━━!?」  江助の目が見開かれる。が、その意識は次第に閉じていった。  バタリと倒れる江助を前に、明菜は手にしていたスタンガンを鞄へしまいながら呟く。  「……正直、ウザいんですよねー」    ふぅ、と息をつく明菜は、もう笑顔ではなかった。ただ、汚ならしいものを見るかのようなくぐもった目付きで江助を見下ろし、ニヤリと口角を上げている。それはさながら、悪魔の微笑のような不気味さを孕んでいた。  「さて、それじゃあ本命の方に行きますかー♪」  制服を払いながら、彼女は踵を返す。影が落ちる裏道の脇には、力なく倒れ伏す江助だけがポツリと残されていた。  ~~~    「━━━━喰暗夢(クライクライム)……?」  「ええ。 ……それが、彼女が持っていると言っていた"七つ目の呪い"の名前だそうよ」  放課後。久々に活動を再開した俺たちアイドル研究部は、新曲のレッスンという予定を急遽変更して、松本明菜という一年生についての話し合いをしていた。諸事情で、松本さん本人と、彼女から最初に相談を受けたという江助はこの場に居ないため、詩葉や皆が聞いた情報から順に整理していく。  「喰暗夢(クライクライム)……悪夢を操る力。 あらゆる人の"悪夢"を消し去ったり、逆に悪夢を見せたりすることが出来る……らしい」  「それだけじゃなくって、消し去った悪魔は本人の身体にも影響を及ぼすこともあるらしくて、かなりcapriccioな呪いみたい……」  「ついこの間六つ目の呪いが出てきたと思ったらこれだよ……。 ま、呪いの内容が結構ハードな感じだし、これは助けてあげなきゃだろうね」    「七つ目、か……」  つぐみ、詩葉、音色、舞、絵美里。  この五人が持つ呪いが、『聖唱姫の呪い』という括りのベースになっていることは分かる。そこへ、今回新たに『業奉糸(ゴーフォーイット)』と『喰暗夢(クライクライム)』という新たな呪いが加わった。こうして数えてみれば、確かに呪いは七つだ。けど……  (俺の零浄化(ゼロジョーカー)はどうなるんだろう……?)  俺には、『零浄化』という特異な力が宿っている。他の呪いの効力を抑制し、更にその内の一つを(儀式的なものによって)浄化することが出来るというものだ。中身だけ見ても、状況を見ても、俺の力は明らかにイレギュラーなものだろう。でも、そうやって無理やり"七不思議"の範疇に収めてしまうには、これらの呪いは密接に関わり合いすぎているような気もする。  『眠りから覚めた二つの異分子が、貴方へ引き寄せられている。 ……さしずめそれは、懐古的な"七不思議"のうちの二つ。 真の異分子、異端者(ジョーカー)である貴方へ課せられる運命こそが、この糸の紬……です……』  ふと俺の頭に浮かんだのは、いつかの日に白い髪の少女から告げられた言葉だった。"二つの異分子"というのが、『業奉糸』と『喰暗夢』を指しているのだとしたら……"真の異分子"というのはやはり、俺の持つ『零浄化』のことなのだろうか。  彼女は一体、どこまで知っているのだろう。もし彼女の言葉が本当なのだとしたら、"異分子"たる呪いはこれで全て出揃ったことになる。となれば、呪いによって引き起こされる"災厄"は……  「……ねぇ、翔ちゃん! 聞いてるの?」  「え!? あ、あぁ悪い。 ちょっと考え事してた」  苦笑いで誤魔化す。そうだ……今はまず、目の前の問題に集中しないと。  「……んで? 翔登的にはどーなのよ? 今までみたいに、松本さんもアイドル研に入れさせるの?」  夏燐に問われ、俺は改めて考え込む。  「んー……今はまだ何とも言えない。 もう少し情報が欲しい、って感じだ。 そうだな……」  しばらく考えてから、俺はパッと顔をあげた。  「……やっぱり、今からでも松本さんに会って、直接話を聞いた方が良いと思う。 本人が苦しむような呪いなら、悠長に構えてちゃ駄目だ」  「それは、確かにそうだけど……」  音色が言い淀むのに被せて、詩葉が鋭い指摘をかます。  「さっきも説明したでしょう? 松本さんは今日はどうしても外せない用事があるから来られない、と。 今、彼女のことは春馬君が責任を持って家まで送り届けてるわ。 それに……」  詩葉は、そこで一度言葉を切って、  「……絵美里さんのことを放っておくつもり?」  「っ……」  そうだった……昼休みに倒れてから、まだ絵美里は目を覚ましていない。今は、工藤さんに見守られながら保健室のベッドで眠っている。松本さんも苦しんでいるが、同時に絵美里も苦しんでいるのだ。  「そんなに焦ってもしょーがないんじゃない? 翔登の気持ちも分からんでもないけど、今はとにかく、地道に情報集めしていくしかないっしょ」    夏燐の一言に、皆が頷く素振りで以て同調する。ここまで来ると、俺も自分の我が儘を通しづらい。  確かに、夏燐の言葉も一理ある。俺は、目の前の問題を解決するために焦りすぎていたのかもしれない。でも、だからといって気長に待つのが得策であるとも思えない。何か、何か出来ることはないのか……!    「……春馬氏に連絡してみたら?」  そんな俺の様子を読み取ってか、舞がボソッと俺にアドバイスをしてくれた。  「春馬氏、多分まだ松本氏を送り届けてる最中だろうし。 春馬氏づたいに色々質問する分には、松本氏の用事に差し支えることはないんじゃない? ……と、天からの声がヒントをくれた」    「なるほど……それなら、どーしても聞いときたいっ! って内容は聞けるもんね!」  舞やつぐみの言うとおり、それならわざわざ松本さんに会いに行かずとも情報を得ることができる。毎度のことながら、流石天からの声だな……!  「よし、じゃあ早速江助に連絡してみよう!」  スマホを開いて、江助に電話をかける。プルルルル……というコール音に、皆が意識を注いでいた。何度かコールが響き、そして……  『━━━━おかけになった電話は、現在、電源が入っていないか、電波の届かない所にあるため、お繋ぎできません』  「あれ? おかしいな……江助のヤツ、電源切ってるのか?」  「あー……二人の時間を邪魔されたくない的な?」  「だから、それは春馬君本人が否定していたでしょう……」  おかしいな……電話に出ないのは仕方ないにしろ、電源まで切ってるというのはどういう事だろう? 釈然としないが、とりあえずメッセージだけでも入れておく。  「さてと、じゃあ松本さんの件はひとまず明日考えるとして、今日は━━━━」  ……と、つぐみが場を仕切ろうとした時だった。  ガラガラ……と部室の扉が遠慮がちに開かれる。皆が振り向くと、そこにはオロオロした様子の工藤さんが立っていた。  「アゥ……あ、あの……さ、櫻井先輩が……」  「エミリー目を覚ましたのっ!?」  つぐみの声に少し怯えた様子を見せながらも、工藤さんはコクコクとしきりに頷く。  「ゥ……まだ、辛そうだけど……その……い、意識は、戻ったみたい……です」  「良かった……俺たちもすぐ行くよ! 絵美里は、まだ保健室に居るよな?」  「アゥ……は、はい。 今は、松本さんが、看てくれて、ます……」    「……………………え?」  一瞬、俺を含めたアイドル研のメンバー全員がキョトンとした顔をした。そんな馬鹿な、という思考の中、確認の意味も込めて問い質す。  「えっと……松本さん、ってのは?」  「? あ、会った事、ありませんでしたか……?  アゥ……う、WINGSファンクラブの、一年生の……松本明菜さん、ですけど……」  「っ!?」  目を見開いた。反射的に皆の方へと顔を動かすも、皆も俺と同じような表情を浮かべていた。何か、とんでもないことが起きている……そんな嫌な予感が、一気に身体を駆け巡る。  「どういう事……? 松本さんは、春馬君と一緒に帰ったんじゃなかったの!?」    「……とにかく、絵美里氏の所へ行こう」  舞の一言で、急いで部室を飛び出す。言い様のない不安は焦りとなって、廊下を駆ける足を自然と早めさせた。工藤さんは、混乱した様子で慌てながらも、俺たちの後について必死に走っている。……きっと、何かただならぬ事態が起きていると悟ったのだろう。  そうして、皆が列をなして廊下を駆ける。先頭を走っていた俺は、真っ先に保健室へと辿り着いた。  「絵美里っ……!」  保健室の先生は、出払っているらしかった。俺はノックもなしに保健室の扉を開け放ち、息を切らしながら絵美里のもとへと向かった。  「…………た、す……けて……っ……」      ━━━━そこで、俺は目の当たりにした。  ━━━━絵美里の上に跨がり、殺気の込もった目で、絵美里の首を強く締め付ける松本さんの姿を。      つづく

コメント


うむ!