言葉とは“呪い”だ。
どんなに払拭しようともその一言が脳の一遍を蝕んで、それに侵されたように行動は制限される。それを振り切るためには何かしらの行動が必要で、俺の場合それがただ暴力だった。ということだ。理由は明白である。殴れば黙る。それだけだ。
どうも他人にはこの世界の半分くらいの人間が見えていないらしい。そいつらは俗に霊とよばれている。普通に話せば話すし、話かけている。勿論、話しかけられても無視するやつの方がほとんどだが。
今でこそそれが世間で言う当たり前、ということだと分かってはいるのだが、幼い頃の俺にはそれが到底理解できなかった。虚空に話しかけ、見えない友達と遊んだ、という俺を見て父親に「嘘をつくな」と再々叱られた。
母親はそんな俺を気味悪がりほとんど目を合わせようともしなかった。
「嘘をつくな。」
「他ではこの事を話すな。」
「気持ち悪い。」
「気持ち悪い。」
「気持ち悪い。」
「その目で見ないで。」
思春期に入る頃、毎日続いていた降り積もる言葉にそのまま勢いよく手が出た。
母親は目を丸くしてこっちを見た。そうか。
はじめからこうすればよかったのか。
そこからは簡単だった。
気に食わなければ殴れば黙る。元々それなりに体格もよく、血の気の荒かった俺はすぐにそれに慣れていった。
何をどうしていたのかそこからはあまり覚えていない。ただ流されるように、考えないように、ただ感情にまかせて何もかも見えないように、毎日を繰り返した。
時々“仲間”と呼べるヤツらもいたが、全員が見えるということを笑って馬鹿にしてきたので殴って黙らせた。
女も同じだった。媚びて近づく女も、後ろにいる男の霊に首に手をかけられているのを指摘したら気持ち悪がられた。
これは呪いだ。
ずっと、ずっと続く呪い。
「マジキメェな…」
わかっている。そんな事は。
この目の前のノラ猫も既に死んだ霊だ。
それなのにも関わらず俺なんかの傍に寄ってくる。
コイツはわかっているのだろうか。
何回こうやって誰かの傍に寄っていったのだろうか。
そして何回無視されたんだろうか。
何回こっちを見てはくれなかったんだろうか。
「お前、死んでるぞ」
その言葉もきっとコイツには届かない。
この沢山人がいる世界で誰にも俺の言葉は届かない。
「おやまぁ、そんな微弱な霊まで見えるとは君、なかなかに強い力を持っているね」
唐突に後ろから話しかけられ急いで振り返る。
そこには妙齢のスーツの男が立っていた。
「なんだテメェ。」
「いや、これでも褒めたんですよ。なかなかそこまで見える人間もいないんですよ。猫、見えてるでしょう。なんなら人間相手なら声までばっちり聞こえてる。」
「…あ?」
「けどいけませんね、貴方今まで何してきたんですか。徳が全く…それどころかマイナスですよ」
「何言ってんだ?絞めんぞ?」
その男は特に怖気付くこともなく、表情も変えないままスーツの胸元を探ると1枚の紙切れを出した。
「私、令和ホテル総支配人、伊徳玲央と申します。君のその霊感の強さ、うちのホテルで雇いたいと思いまして。」
「………は?」
「君、あまりに徳がなさすぎてこのままだと今世も来世も何が起きても文句1つ言えません。本来ならあまりこういうのはしないのですが、その霊感の強さ、うちのホテルには必要なものです。だから君にはホテルマンとして人間や人間だった人をおもてなししていただきます。その代わりといってはなんですが、今世の徳をそれで精算させてもらいます」
「…意味わかんねぇことグダグダと…!」
「その霊感、君の今までの人生、ろくでもなかったことは全て前世からの徳がない事が影響してるってことです。
呪い
と言ったらわかりますかね。」
「……!!」
「考え方は色々です。私の言葉も怪しいと思えばそれまで。ただ誰にでも今までを取り戻す権利くらいは残っているんですよ。」
「……お前…さっきこの猫が見えるって言ったな?」
「はい。」
「……俺が見えるのを信じるのか?」
「信じるも何も、本当のことをずっと言ってるだけでしょう」
1人しか座っていないはずのベンチを指差す。
「あのベンチに座ってるのは。」
「5人…いや、とまっているカラス含めると5人と1羽です。」
男は不敵に笑う。
「正解ですか?」
「……あぁ。」
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「世羅、受付が混んでます。人回して、今すぐ!」
インカムに入る支配人の唐突な声。
「あぁ!?……っいえ、わかりました。手配させていただきます。支配人。」
ここは令和ホテル。人と人だった人が同じく過ごされる場所。
「名は体を表すと言います。言葉と同じ。これは君を君として縛るものです。明日から君は世羅 周一郎と名乗りなさい。周りを見渡せる人として働くんですよ」
そして今、俺が、世羅周一郎としてあるべき場所。
これから周りとも上手く立ち回っていってくれたらいいなぁと思っています。