「赤い紫陽花の下には死体が埋まってるんだって」
そんなことを昔彼女は言っていた。
僕はその都市伝説じみた話に怖がって情けない声をだしたことを覚えている。
子どもの頃の些細な記憶。そう言って怖がる僕を見て彼女は悪戯に笑う。それはとても楽しそうに。
そういう夢を微睡みの中で何回もみるのだ。
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6月。朝にはまだ日中のジメジメした空気はない。そんななか僕は慣れた手つきで1つ鉢植えをひっくり返す。
もう幾度とやってきた作業である。この鉢植えから芽をだしているのは紫陽花の挿木で、去年この枝の上にはきちんと花が咲いていた。
「ちゃんと咲いてくれよ」
そう言いながらゆっくりと埋めていく
「あら、紫花くん?」
最後の土を被せたところで後ろから突然に声をかけられた。それに驚いて素っ頓狂な声が出たのは言うまでもない。
「あっ!あぁ、姉埼さん、おはようございます」
「おはよう、紫花くん、さっきあがり?」
「はい。」
「夜勤明けご苦労さま、私は今から出勤です。」
「お疲れ様です」
「で、何をこんな所でしていたんです?」
それはそうだろう。スーツのまま手を土に汚して、特に人がいるわけでもない隅の花壇をいじっていたら誰だってそう思う。
「いえ、ここ、前からなんにも咲いてなくて。副支配人に聞いたら特に植える当てもないって言ってましたので、ちょっと挿木を」
「なんの?」
「紫陽花です。」
「これここまで貴方がしたの?」
花壇に少しだけ芽が出ているのをまじまじとみる百寧。
「えぇ、元の苗木はその…実家の近くにありまして。毎年そこの紫陽花を増やしてるんです。それでそのついでに数株こっちにもって…あ…。でも多分これは元の花と同じ色はでませんね…」
「どういうこと?」
「この花の色、紫じゃなくて赤なんです。」
この国の雨は弱酸性だ。そのためその雨が土壌に入るとそのまま弱酸性を示す。だからほうっておいたら紫陽花は青くなる。ただそれだけだ。
「けどこの紫陽花はきっと青い花がつくんです。」
「そう。よく知っているのね。」
周りに染まっていく。それがこの紫陽花という花で。
「あはは、僕の名前、紫陽花のアナグラムなんで」
「いい小ネタね」
「そうですね。」
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「けどさぁ、陽、あんたこんなしょうもない都市伝説でビビっててどうするの?これだからほんと頼りないんだから!」
「あうっ…だってお墓の前だよ!?このあたりにある赤い紫陽花って!その通りじゃん!」
「それがどうしたの!大体あんた名前が紫陽花じゃない!」
「それとこれとは関係ないんじゃ…」
「全くあたしがいなかったら、なよっちぃんだから!いいわ!あたしが守ってあげる!そのかわりを大きくなったら陽はあたしを守るんだからね!」
「えぇ…そんな見月ちゃん…」
また今日も微睡みの中で夢を見た。それを拭うように
もう果たされないだろう約束にせめてでもと花を添える。
ふわりと季節はずれの蝶が舞った。