樹 琴葉
車内での葛藤
「よく考えれば、確かにこれは『窃盗罪』だよな…」 そう心でつぶやくと、俺は青ざめた表情で、右手に握りしめた携帯電話をじっと見つめた。 充電はほぼ満タンである。 いわゆるガラケーと言われる携帯で、折り畳み式のものである。 何度も落としているため、カバーは傷だらけとなっているが、機能としての通話は全く問題がない。 周囲はスマホに変えろと言っているが、あまり必要性を感じることなく、完全に乗り遅れてしまった。 ただ、それでも日常生活や仕事で困ったことはないので、やはり、スマホに変える必要はなく、このままで良いのだと自分で納得している。 余分な機能が付いていない分、通話にしか使わないため、電池の持ちも良い。 仕事柄、電話連絡が多くなることもあるし、家に帰れないことも多く、充電する機会がタイミング的に失われることも多々ある。 実際、スマホユーザーの同僚たちは、予備のバッテリーや充電器を常に持ち歩いたりしているものが多く、俺にはそれがすごく煩わしく感じていた。 その点、このガラケーは1日充電し忘れても大丈夫な日が多い。 今はフル充電されており、充電が満タンだ。 普段なら、この満タンな状態が安心感を与えてくれることが多いのだが、今日に限っては非常に恨めしい。 車のシートに身を沈め、俯きながら、今後のことをどうしようかと考えていた。 いろいろな考えが逡巡し、1時間以上たったようにも思えたが、 携帯電話に表示された時刻はまだ5分も経っていない。 楽しい時間はあっという間に過ぎ、辛い時間は長く感じるものだ。 今なら、悪意があってしたことではないと、素直に名乗り出て謝れば許してもらえるのではないだろうか。 そうすれば、表沙汰になることはないのではないだろうか。 自分の中の良心がそう言っていたが、目の前で激高しているコンビニの店長らしき人を見ると、行動には移せずにいた。 元より、自分は犯罪などという大それたことができる人間ではない。 自分で言うのもなんだが、真面目なのだ。 悪く言うと、ちょっと度胸がなく、小さい人間だから、そんなことをする勇気も度胸もないだけなのだが。 そういう自分は今の仕事が割と合っていると思っている。 周囲の同僚は向いていないとよく言うが、真面目な性格で、常に正しいことをしようとするモラルは非常に大事だと思うのだ。 そう、俺の職場である神奈川県警においては。 先ほども説明したが、俺は現職の警察官であり、神奈川県警の鎌倉署、生活安全課に所属している。 本来は、犯罪者を捕まえる側の人間だ
ギフト
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