Δ学派
8話:深淵は君を
 パンドラは近くにあった手頃な木の枝で、焚き火をつついている。  先入観さえ無ければ、焚き火に当たるいたいけな少女だというのに・・・と、心の中で呟くと、ルーは何かもやっとした違和感のようなものが引っかかる感覚を覚えた。  少女・・・?  確かに見た目は紛れもなく少女だが、ルーの脳裏には先の凄まじい戦闘と冷やかで貫禄のある幼い声がカビのようにしっかりとこびり付いていて、見た目通りの印象などとうに消え去っていたはずだった。だが、どうだろう、今の彼女の立ち振る舞いはおおむね見た目相応の少女だ。  しかし、先ほど話していた時は戦闘時と同じものを感じた。  言うなれば・・・「冷たさ」だ。    彼女が発する言葉の節々からは、彼女の内に秘める不気味な冷たさを感じたのだ。  外見からもそれを感じないわけじゃない。しかし、それはあくまでも”人形のように可愛らしく妖艶である”といった容姿の第一印象の微かな要素に過ぎず、核にあるのはもっと形容しがたい何かだ。  ルーが感じたのは、そんな彼女の外と内の印象の大きな違いへの違和感だった。少女の体に憑依した悪魔の類だと言われれば疑うことなく納得できてしまうほどだ。  加えて、ほぼ同じ姿をしたアリスはというと、声色は明るく感情豊かで、目が合うと笑みを返すといった真逆の性格で、どうしてもパンドラと比較してしまってこちらも不気味に思えた。 「私たちは、人を探しているんだ」  目線は焚き火に向けたまま、パンドラは話を切り出す。 「・・・それは、誰を?」 「いや、特定の個人を探しているわけじゃないんだ」 「・・・?」  パンドラはチラッとルーの方を見たあと、手に持っていた枝を火にくべた。  そして、おもむろに羽織っているローブの二つだけ止めてあったボタン式のベルトを外し始めた。 「これに、見覚えがあるはずだ。私たちは”これ”を持つ者を探している」  少しはだけたローブの隙間から見える白のキャミソールコルセットと肩から上だけの黒のハイネックが彼女の胴の細さを一層際立たせている。鎖骨から胸元にかけて開いているデザインになっており、先程まではローブのベルトで隠れていた肌があらわになった。  そこには、三日月が組み込まれた魔法陣のような紋章があった。  それを見たルーは目を丸くして、はち切れそうな心臓を両手で押さえ込んだ。  血管が一気に縮んで全身の血液が逆流しそうな感覚に陥り、一時は収まってたはずの冷たい汗が体中から湧き出てきた。  ルーは、その紋章に見覚えがあった。自身にも、全く同じものが、全く同じ場所にあるからだ。  自分と魔女の何らかの関係性を裏付ける決定的な証拠を、ご丁寧に提示されてしまった。  終始気が気ではなく、ルーの心の許容量はとうにいっぱいいっぱいで溢れるか溢れないかの境目ギリギリ耐えていたというのに、真上から倍のサイズのバケツを思いっきりひっくり返されたような状態だ。  ブラックアウト寸前の思考のすべてを、はち切れそうな心臓の鼓動と胃から込み上げる何かに向けた。深く考えてはダメだ。正気を保つことだけに集中しろと、自身に心の中で暗示をかけた。  パンドラはそんなルーに構うことなく話を続ける。 「詳しいことは・・・いずれ」 「・・・」 「今はその時じゃないんだ」  会話は思った以上に続かなかった。結局肝心なところは何も話してくれないらしい。  ルーはやるせない思いになり、無意識に眉間にしわを寄せる。  彼女は、彼女達『厄災の魔女』は何者なのだろうか。  本当に人類にとっての驚異たる存在なのか。  そして―――― 「ね・・・ねぇ」 「なんだ?」 「あなたは・・・私の過去を、知っているの?」  我ながら変な質問だとルーは自身に呆れた。そもそもパンドラ達に過去の記憶がないことを話してはいないし、相手が誰であれ前置きもなく話すようなことじゃない。  しかし彼女が過去のルーと何かしらの繋がりがあることは言うに及ばない。ならば、そんな彼女ならその言葉の意図をくみ、求めた答えではなくとも何かしらの返答が得られるのではないかという、一縷の望みに賭けた言葉だった。  パンドラは少し考えたあと、何か納得したような顔をしてゆっくりと言葉を返す。 「・・・知っていた、はずだ」  はずだ・・・?  予想外の返答にルーは単純に困惑した。はずだ、とはどういうことか。この場合返答は「知っている」と「知らない」に加えて、「それはどういう意味か」のいずれかが返ってくると踏んでいたが、思った以上にあやふやな返答が返ってきた。 「はずだ、っていうのはどういう・・・?」 「すまないが、覚えていないんだ。私も君と同様、過去の多くを忘却している」  そう言うと、彼女は少し沈黙したあとゆっくりと立ち上がった。そして、ルーをじっと見つめる。  あらゆる光をも吸い込んでしまいそうな深い紅、そんな瞳でルーの深淵まで覗いているかのように、一寸も泳ぐことなくただルーのみを見つめる。ルーはそれに気圧されて、思わず何度か視線を逸らし、それを立ち上がることでぎこちなく誤魔化した。    いつの間にか焚き火は消えていた。焦げ臭い匂いを冷たい風が静かに森の奥へ運び、月明かりだけが揺れる木々の隙間からあたりを照らしている。月光に照らされたパンドラの髪は銀に光り、その妖艶な美しさにルーはデジャヴを感じつつ息を飲んだ。 「私は、君を知らない。しかしだ。私は過去の、”君を知る私”を覗くことができる。そして、”私を知る君”もそこにはいるはずだ」

コメント

ミルキークイーン
魔女との関係が気になる(´ー`)