Δ学派
9話:背負うということ
 背の低い草の絨毯にすっかり高く昇った太陽がぎらぎらと照り付けている。その中、地平線に向かって一本だけ伸びた土道を竜車が走っていた。  風が草をなでる音に混ざって、ドッドッという徒竜の力強い足音と、決して整っているとは言えない凸凹の多い道を小刻みに揺れながら転がる車輪のガタガタという音が風をかき分けて進んでいく。  手綱を握るルーの表情は、快晴の空とは相反して暗かった。  悲しみに暮れているというよりも、正直未だに状況が理解・整理できていないというのが現状である。  討伐作戦の失敗、部隊の全滅、仲間の死、厄災の魔女と、昨日だけで一生分の大きなイベントを体験したようなもので、たとえそれがどれか一つだけであろうと心の整理はつかないだろう。  魔女たちは結局一方的に話した後、森の中へと消えていった。  あの場所は昼間の戦場からそう遠くない場所だったようで、戦場を挟んで反対側にある仮設拠点に待機させておいた徒竜は今乗っている一匹を除いていなくなっていた。鉄ノ悪魔に殺されたのかと思ったが、不思議なことに鞍は丁寧に外されその場に置いてあり、魔物除けの結界は壊されていた。  いろいろありはしたが、悲しいことばかりではなかった。ルーのほかにもう一人生存者がいたのだ。  その生存者は戦場近くで意識を失っており、魔物出現地域だったため、徒竜が引く竜車に乗せて安全な所まで移動することにしたのだった。  その生存者は人間族の青年。装備はかなり破損しているがおそらく剣士系、首から下げた印版(ギルドタグ)から、アルジェ・ロスという名前とマルクト級Ⅱ等冒険者だということが分かった。  冒険者には兵士同様に階級があり、組合加入時は二オファイト級、最初の試験を終えると、下の階級から、マルクト級Ⅲ・Ⅱ・Ⅰ等、イェソド級Ⅲ・Ⅱ・Ⅰ等、ホド級Ⅲ・Ⅱ・Ⅰ等のどれかが与えられる。実際は一番上のホド級Ⅰ等の上にもう一つネツァク級という階級があるが、これは生ける伝説と呼ばれるような”異常”な者たちが国等に所属する際に与えられる階級で、一介の冒険者がその階級に至るのは不可能である。それに、ホド級Ⅰ等でさえも数えられる程しかない。  昨日の討伐作戦はマルクト級Ⅱ等以上の冒険者・開拓者が募集された。つまり、アルジェは部隊の中で最低階級ということになる。ホド級でさえいとも簡単に殺されたあの場から生還できたのは奇跡だ。 「ん・・・」  丸一日気を失っていたアルジェは、頭痛に顔を歪ませながらゆっくりと起き上がり竜車の壁に背を付けた。 「目、覚めた?」 「え・・・あ、はい」  まだ意識が朦朧としている。しばらくボーっと外を眺めた後、手綱を握るルーの後姿を見て「きれいだなぁ」などと思うほどに夢見心地から行け出せていなかった。  そんな彼も、しばらくすると意識がはっきりしてくる。 「あの、あなたは・・・?どこへ向かってるんですか?」 「私はルー・フラメル。あなたと同じ冒険者。今は中洋ギルドに向かっているところ」 「フラメル・・・?もしかして、”剣姫”ルー・フラメルさん?」  ルーは”剣姫”と聞いて思わず手綱を強く握った。 「ええ。そうよ」  返答までにすこし間があき不自然だったが、アルジェは気に留めなかった。  そうこうしているうちに、アルジェは完全に目が覚めていた。そして、自分の装備が泥まみれだったり変形していたりと、酷い有様だと気付いた。  そして、じわじわと昨日の風景が蘇る。 「フラメルさん!作戦は!?」 「失敗したわ」 「失敗・・・、他のみんなは・・・?」  再び会話に不自然な間があいた。それが意味することを薄々感じたアルジェは、自分の予感が外れることを切に願いながら返答を待つ。 「部隊は全滅。生き残ったのは、恐らく私たちだけ」 「そんな・・・」  体中の力が抜け、一度起こした体はぺたんと座り込んでしまい再び壁に背を付けた。 「一つ、聞きたいのだけれど・・・えっと・・・」 「アルジェ。アルジェ・ロスです」 「アルジェ。印版を勝手に見たのだけれど、あなたマルクト級Ⅱ等よね?マルクト級班は後方の離れたところにいたはずなのに、なぜ前線で倒れていたの?」 「知っての通り、僕たちは後方支援組でしたが、作戦行動中に大量のドナオークと鉢合わせたんです」 「大量のドナオーク?」 「はい。あのあたりは元々ドナオークの生息地ですが、大量の数は確認されていませんでした。ですが、戦闘が始まってからどんどん数が増えていって、退路を断たれてしまった僕たちは全身せざるを得なかったんです。そして、そのドナオークとの戦闘中に僕は気を失ってしまって・・・」  アルジェは言葉を濁らせた。それが悲しさからくるものなのか、悔しさからくるものなのかはルーには分からなかった。  あの辺りは確かにドナオークの生息地だったが、大量発生したとか、群れでの大移動があったといった話はギルドの方には入っていない。そもそもドナオークとはオークに植物系寄生モンスターが寄生して生まれるオークの亜種で、一度に大量発生することはない。となれば、今回の一連の出来事は何者かが手を加えなければ成立しない。  それは・・・鉄ノ悪魔の仕業だなのだろうか?それとも第三者が・・・?  考えれば考えるほど次々と新しい問題が出てくるばかりだ。  ルーは大きなため息を一つついて、情緒のリセットを試みる。  自分一人で考え込んでも何も変わらないと、頭の中のもやもやを奥へ押し込んで、今目の前にある問題の解決に努めようと自らの気持ちを切り替えた。 「なぜ中洋ギルドに?」 「あそこのギルドにはアスガルド本部から来てる”フクロウ”がいるの。だから、作戦が失敗したことを一早く本部に報告できる。あとは補給ね」 「なるほど・・・」  もっと他に聞きたいことがあったが、声がのどまで出かかったところで会話が途切れてしまい、アルジェは居心地の悪さを感じた。  それは分かりきっていることではあったが、たとえ同じ答えが返ってきたとしてもそれを聞くまでは心にまとわりつく靄が晴れることはない。そう思ったアルジェは、再び声を絞り出す。 「あの、作戦は・・・討伐は本当に失敗したのですか?決してフラメルさんを疑っているわけではないのですが、その、あなたを含めアスガルドの冒険者の最高戦力が一体の魔物に壊滅させられるなんて・・・とても信じられなくて」 「気持ちは分かるわ。私だって未だに信じられない。でも、見ちゃったから。いとも容易く殺されていく仲間たちを、私をかばって死んだ人を・・・」 「・・・」 「ただ・・・」  ルーの言葉は途絶えた。真実を彼に知らせてもいいものか分からなかった。知るということは、背負うということである。知らぬが仏とあるように知らなければ彼の中では無かったことになる。しかし、同時に彼には作戦に関わった者として知る権利があり、知っておかなければならないという責任も少なからずある。  そして何より、ルーは本能的に同じ重荷を共有し同情しあう人間を欲していた。  短い葛藤の末、ルーは再び話し始める。 「――ただ、鉄ノ悪魔は討伐されたわ」 「え、それはフラメルさんが倒したという・・・?」 「いえ、違うわ。私は・・・何もできなかった」 「じゃあ一体誰が」 「・・・魔女よ」  再びしばらくの間。なんとも歯切れの悪い会話だが、二人としてはどちらかというと心の整理の合間になけなしの冷静さを保つためという意味合いが大きく、これに関しては両者ともに気に留めていない。しかし、ルーの思わぬ返答にアルジェの頭の中は?で埋まった。 「それは・・・それこそ信じられません」 「・・・」 「自分の眷属を魔女自身が倒したんですか?」 「ええ。そうよ」 「それは、本当に魔女パンドラだったのですか?」 「間違いないわ。私の目の前で、たった一人・・・そう、たった一人で鉄ノ悪魔を倒した。容姿も言い伝えの通りだった」 「・・・そうですか」  パンドラと会話をしたこと、そしてもう一人のアリスの存在はアルジェには言わなかった。根拠は無くとも、これは私が背負うべきものだと、ルーは心のどこかで感じたからだ。