Δ学派
10話:傷も塞がらぬ間に
 二人の乗る竜車は中洋ギルドがあるノーアトゥーン王国の南方にある平野を走っている。  相変わらずの平野で景色の変化はほとんどないが、アルジェが目を覚ましてから途中何度か休んだり野営をはさんで二日走り続けている。  戦場からの直線距離は徒竜で一日半程度だが、道中は魔物を避けていかなければならないし、やむを得ない場合は戦闘にもなる。加えて、万全ではない二人だけのパーティーにはかなり危険な旅路であり、より慎重に進まねばならない。  しかし、おかげで少しずつ心の整理がついてきて「絶望的だがギリギリ正気」から「絶望的には変わりなくすこぶる気分が悪い」までには回復した。・・・回復したのだろうか?  状況も情緒もそこまで変わっていないが、現実と向き合うだけの余裕が生まれたのだから、長い旅路も悪いことばかりではなかった。  とはいえ、竜車の中にある重く暗い空気は建材で、この二日間ふたりの間にはほとんど会話は生れず互いに自分のことで頭がいっぱいだった。  目を閉じると戦場の悲劇が鮮明に蘇り、夜もまともに眠れず、目の下にはクマができていて二人共ひどくやつれている。  この呪いはいつまで続くのだろう・・・と、ルーは既に塞がった右腕の傷をさする。 「森が見えてきましたね。あの森を抜けたらノーアトゥーンですが、おそらく抜けるのに半日以上はかかります・・・どうしますか?」 「そうね、まだ日は高いけど今日はここで止まるわ」 「分かりました。じゃあ僕は野営の準備を――――」  その時、鐘の音に似たボーンという音と共に森から赤い閃光が打ち上がった。 「フラメルさん!森の方から救難信号が!!」 「わかってる。応答信号!」 「は、はい!救済ノ灯火(ローマン・アグア)!」  アルジェが呪文を唱えると、空に掲げた剣から白い光の玉が勢いよく打ち上がり、30メートルほど上昇したところで先の信号より少し高い音を響かせて青の閃光に変わった。  ルーはアルジェから一瞬“歪み”を感じた。  ルーや初代冥妃の【天使ノ加護】がそうであるように、【才能】が発動すると効力の大小に応じて周囲の魔素が共鳴する。それを人は“歪み”といい、冒険者であれば誰でも知っていることだが、なぜ歪みが生じるかは分かっていない。 「あなた、才能持ちだったのね」 「はい。僕の才能は【兇手ノ睥睨】です。周囲の敵対する視線を“見る”ことができます」  それを聞いて、ルーは1つ疑問に思うところがあった。アルジェの才能は明らかに後衛クラス向きの才能で、使えないわけではないが剣士よりも魔術師など敵とある程度距離が取れる立ち位置であったほうが真価を発揮できるはずだ。  使い捨ての魔導具ではなく自らの詠唱で信号呪文が唱えられるのだから、“私と違って”魔法が使えないわけではない。となると、他に理由が・・・?  そんなことを考えていると、竜車は森のすぐそこまで来ていた。 「見えました!1.5ヤード先に小型モンスター18体、それぞれ散って北へ走ってます!」 「18体・・・多いね」 「どうしますか・・・?」 「私は盾系技術(タンクスキル)が得意じゃないから、一度に沢山来られると厳しいわ・・・」 「なら、僕が援護します。視線誘導の魔導体術(アーツ)が使えるので、少数に敵を絞って倒しましょう」 「わかった。・・・アルジェ、あなたキットは全部ある?」 「キットですか?・・・あ、治癒結晶が割れてしまってます。あとは手当て用品が少ないくらいです。 「そう、大丈夫だとは思うけど、私より前に出ないように・・・」 「分かりました」  竜車に今までにない緊張感が走る。正直、救助には行きたくない。  装備もろくなものがない満身創痍の二人だけのパーティー。敵の情報も助けを求める味方の情報もほとんどない状態で助けに行くのはかなり危険である。  しかし、二人は運悪く脳裏に味方の死が焼きついて久しい。これ以上、後味を悪くしたくなかった。  森と平野の境目までやってきた。ルーは手綱を引き竜車の速度を落とすと、まだ竜車が止まりきっていないにも関わらず身を外へ投げ出した。  その様子を見ていたアルジェはぎょっとしたが、ルーは空中で小刻みに【天使ノ加護】を発動させ減速し、何事もなく地に足を付ける。そしてそのまま森へ風のように消えていった。アルジェはあっけにとられて数秒放心していたが、はっとわれに返ってルーの後に続いた。  森の中は起伏は少ないものの草木が大量に生い茂っており、森というよりジャングルだ。ルーはその中を【天使ノ加護】を使ってうまく着地と富裕を繰り返して木々の合間を縫うように、且つ素早く進み、それをアルジェは必死に追いかけた。 「10時の方向10ヤード!すぐそこに2体います!」  後方からアルジェが叫んだ。それを聞いたルーが視線を少し左にそらすと、確かに複数の影が前方へ走っているのが見えた。  加速して距離を縮めていく。  魔物たちはこちらには気付いてないようで寄ってくる気配はない。  右手の剣を強く握り、ひと呼吸置く。  そして地面を強く蹴り、剣を水平に後ろへ構えながら一気に敵の方へ飛び出した。  敵の正体はゴブリンだった。  人間の子供ほどの小さな体に緑の肌、大きな鼻と口から出た小さな牙が特徴的な人型モンスターで、一体ごとの危険度はそれほど高くないが、知能があり多数になると厄介だ。  ルーは飛び出した勢いをそのまま剣に乗せ、手前のゴブリンの首から肩にかけて一気に切りつけた。  直前まで走っていたそのゴブリンだったものは地面に青緑の液体をまき散らしながら転がっていく。そして、少し遅れて反応したもう一匹のゴブリンは慌てて手に持っていた木製の木槌のようなものをルーの方へ構えようとしている。  しかしルーは着地して低い体勢で前のめりになったままの体を横に倒し、【天使ノ加護】によって自身を勢いよく回転させた。  遠心力の乗った剣は真っ直ぐゴブリンの顎から頭までを切り裂き、ゴブリンはどさっと音を立てて倒れた。  少し息を切らしながら、体を起こす。剣についた血を適当に振り払って深呼吸をする。 「まず、二匹」