雪が解け、長い冬が終わっても、ノーラはまだ、自分の記憶を取り戻すことは出来ていなかった。
ある雪解けの早朝、ノーラは日が昇る前に起きて、初めて森へ出かけた。
ザンとローレイの家は、村の奥、北の方に有るので、森寄りの方になる。
村は森を北に、両側には南へかけて山脈で囲われたように佇んでいる。
森と山脈から村の間には草原が広がっていて、村の南側には南に延びた山脈の間から小さい道が外の世界へと導いている。
村の外の人間はこの道を通してのみ、村に入ることが出来る。
ノーラはザンとローレイを起こさないように静かにドアを閉めて、まだ薄暗い森へと歩いて行った。
森へは村の裏の小道から一直線上にあったので、迷わずに森まで行くことが出来た。
村から森の入り口までは歩いて僅か15分くらいの所にある。
森の入り口は松のような高い木々が何本も立っていて、その真ん中に獣道のような奥に続く道が通っているので、直ぐに森の入り口だと言う事が分かる。
沢山の高い木が立っていたにも関わらず、一本一本が細い木だったので、月の明かりがその細い道を照らし出してくれた。
恐らく日が昇ると、日の光も入り、明るい森なんだろうとノーラは思いながら森の中に進んでいった。
森の高い木々は冬でも緑を損なうことが無かった。
森はかなり広い。
地形を知らなければ、迷い込んでしまうようなところでもあった。
雪が解けたらノーラが初めにしようと思っていた事は、ローレイに教えてもらったムーアの花が咲く湖を見つけに行くことだった。
これがその第一日目。
ノーラは少しずつ場所を把握する為、目印を見つけながら、森の地形について学んで行った。
知っていることは、湖は森の奥にあると言う事。
森は大きい。
一日中森の中をさ迷った末に見つけたのは、目的ではない幾つかの湖だった。
なぜ、ムーアの花咲く湖で無いと分かったかというと、ムーアの咲く湖は冬でも凍らないと聞いていたから。
その日にノーラが見つけた湖はすべて、まだ氷が残っていたからだ。
結局その日には湖を見つける事は出来なかった。
簡単に見つける事は出来ないと覚悟していたけど、一か月が過ぎても、ノーラは湖を見つけることが出来なかった。
その間に雪は解け、すっかりと春が来てしまった。
ノーラは少し焦っていた。
もしかしたら、今年のムーアの季節はもう終わってしまったかもしれない。
でも、いくつかの発見をした。
それは、冬の間でも逞しく雪の下で生きているハーブがあるということだ。
湖を探している時、道に迷っていて偶然に見つけた植物を家に持って帰り、ローレイに尋ねたところ、ハーブの中には、特定の期間、特定の温度の元にさらさせないと、薬になる養分が合成されないということだった。
ローレイの話によると、自然界には沢山の人の手にかけられていない原生のハーブがあるようだ。
これらは先の薬になるハーブ同様、特殊な過程を経て薬となるらしい。
不思議なもので、人の手にかけると、育たないという。
ノーラは湖を見つけるのもそうだが、他にも原生のハーブを見つけるという森へ行く目的を見つけて楽しみが増えた。
ノーラには冬の間にペペと同様、とても仲の良い男友達が出来た。
名前をリュイと言い、ペペとペペの婚約者の幼馴染である。
リュイは栗色の髪にヘイゼルの目をした男の子で、王室専属の薬師になりたくて、ローレイの処に通い、ハーブで作る薬の調合を学んでいた。
ペペとリュイはノーラにとって、森でのハーブ摘みの逞しいパートーナーとなった。
特にリュイは薬になるハーブを専門としていたので、ノーラが森へハーブを摘みに行く時は、ペペがいない時でも、殆どと言って良いほどリュイが一緒に付いて行った。
それでも、ムーアの花咲く湖を探す時はノーラ一人で森へ行く事が殆どだった。
あるのどかな暖かい春の日に、ノーラはリュイとペペと共にハーブを摘みに森の中へ行った。
ノーラはまだ湖を見つけてはいなかったが、村に近い範囲の森は大凡の地形を学んだ。
また、ハーブが群生しているスポットも結構見つけた。
その日はその一つである、一種のはやり病に効くというハーブを摘みに行った。
このハーブは村からそうあまり遠くない処に群生している。
リュイやペペとハーブ摘みに行く時は、殆ど村から近い処に限定していた。
ハーブを摘みながら、ノーラがずっと前からゼンとローレイに尋ねようと思っていたことを二人に聞いた。
「ねえ、私、まだザンやローレイとは忙しくてゆっくりと話した事無いんだけど、ここ以外にも町や村ってあるじゃない?この世界ってどういう風に構成されてるの? リュイ、あなたは王宮専属薬師になりたいなら、何か知ってる?」
そこでリュイが、
「うーん、僕も良くは知らないんだよ。子供の時に村や、村の周りにある範囲での町や村は学ぶけど、国については詳しくは学ばないよね。なぜだろう?ただここが王国って事は、以前王都から来たって通りすがりの旅人から聞いたから、王宮があるって事は分かったんだ。その旅人が病になって、村で施しを受けたときに、王宮では色んな職を頻繁に求めているって言ってたんだ。それじゃ薬師はどうだ?ってなった時に、薬師もあるっていうんで、元々村を出たかった僕は王宮専属の薬師を目指すことにしたんだ。でも、その他の詳しいことは余り知らないかも。今は薬について学ぶので忙しくって。」
「えー!!リュイ村を出たかったの?なぜ?」
とびっくりしてノーラが聞き返すと、
「僕はただ単に向上心が強いんだよ。もっと色々な事に目を向けて、色々な事に挑戦したいんだ。でも村は小さすぎて…でも僕は村が大好きだし、村の皆も大好きだよ。もっと知識を上げたら、何時か村の為にもなるかもしれないしね。ほら、この世界にの事についても、村の中じゃ詳しい事は分からないし。」
「へーそんな事考えてたんだね。私って自分の事でいっぱい、いっぱいで....」とノーラは返した。
ノーラの周りにいる人々は、ノーラが雪の夜に現れて、記憶がなく、何処から来たのかも分からないと言う事を知っていた。
そうしたらペペが、
「あ、私少し知ってるよ。私たちの住んでる世界には、東、西、南、北と別れる主な四つの国があって、私たちの住んでる国は東のジャラルートンという国なんだって。他の国の事はよく分からないけど、それぞれに王様が居て、それぞれの国がこの世界を守るための役割を補っているって聞いた。小さな島々もあるらしいけど、そちらの噂はあまり聞かない。なんか人間じゃない人種が住んでるって言う話も聞いたことがあるような。それで、私たちの王様っていうのが、剣の腕が凄いらしくて、なんでも、特別な王家の者しか扱えない剣を携え、負け知らずの騎士達と、かなり強い魔力を持った魔法使い達が傍に仕え、世界を守っているって言ってた。だからこの国が抱える役割って魔法による守りじゃないかなって思う。」と言った。
それを聞いたノーラが、
「アーサー王伝説みたい....」とポツリと言った。
ペペは、「へ?王様の名前はアーサーじゃないよ。確かウォレスって言うんだよ」と答えてノーラは、
「え?私なんか言った?アーサー?....そう言えば、なんだか聞いたことある王様の名前だけど....どこで聞いたんだろう?私の居たところの王様の名前かな?」そう言って首を傾げた。
「でも、魔法使いって本当に要るのかな?この国にだけ?ちょっと会ってみたいかも。」とノーラ。
「私に聞いても分からないわよ。会ったことないし、私としては会わなくっても良いかな?余り魔法使いには興味ないかも。なんか世界が違うし」
そうペペが言うと、
「魔法使いって謎だし神秘的だよね。私、魔法使いが本当にいたら会ってみたい。うん、絶対会いたい。」とノーラが答えた。
「私、魔法使いよりも凄腕の王様に会ってみたい。なんかかっこよくない?王様っていくつくらいなんだろう?結婚してるのかな?」
「やだーすでに浮気~?婚約者に言っちゃうよ~ 王様こそ世界が違うじゃない!」そうノーラがからかうと、真っ赤になって違う、違うというような身振りをするペペが続けて、
「あ、でもね、私、ちょっと変な噂も聞いちゃって。」
との言い返しに、リュイもハッとしたようにぐるっとペペの方を振り向いて、
「あ、すっかり忘れてたけど僕も知ってる話かも。結構噂になったよね。」
「え?え?どんなうわさなの?凄い事?」
と聞き返すノーラにペペが、
「なんでもね、いつか、この世界が終わるような事態が起きる日が来るんだって。でも、それを救うって人も現れるんだって。それも、このジャラルートンから!」と続けてそう言った。
するとリュイが、
「うん、それそれ。またまた村に立ち寄った旅人からだけど、僕もそういう風に聞いた。ただ、ジャラルートンに居る魔法使いが関係してるみたいだよ。かなり前からの予言っていうか、言い伝えっていうか、伝説になってて、結構王都では有名みたい。それに、魔法使い達がその伝説を研究していて、伝説の事実確定をしようとして、色んな方向から色んな計算を行ってるみたいって言うのも聞いた」
「そうだよね、今躍起になって探してる人物がいるって旅人も話してたよ」とペペも言った。
「へー、よそ者の私には関係の無い話だけど、なんかそんな話聞くと調べてみたいよね。魔法使いか~やっぱり、魔法を使って調べてるのよね。」
「ノーラはよそ者じゃないでしょ。私たちはノーラの事家族だと思ってるし、もうこの村の一人でしょ。」
そういうペペに笑顔でありがとうと返して、
「じゃあ、私が伝説の救世主って事もあり得るのよね!」というノーラにリュイが不意を突いて、
「確かに君だという可能性はあるよね。この村への現れ方が謎だったし、もしかしたら導かれてーとか?」
と真顔で答えると、慌てて
「やだ~冗談よ! もし私だったらここに現れた時点で既に魔法使い達の網に引っかかってるでしょう?」とノーラは笑っていた。
「でも、戦乱の兆候なんで全然無いから、きっと私たちの代ではないかも。あ、でも王様の血族って言うんだったらなんか分かるな~想像するとかっこいいし!」そう言ってペペがペロッと舌をだした。
そうこう話し込んでいるうちに、日が森の真上から差し始めた。
それを見上げて三人とも、
「いっけなーい。早くしないと、道草食っていたらまたローレイに大目玉食らちゃう。」
そういって、殆どハーブで埋まってしまった籠にスープ用の少しの木の芽を摘んで元来た道を戻り始めた。
「でも、王様には会ってみたいよね~」
「えー私は断然魔法使い!」
「どっちでもいいよ。早く帰って摘んだハーブの仕分けをしようよ」
それぞれの思いを、いまだにぶちまけながら、三人はどんどん、どんどん村に向かって歩いて行った。
そして、三人が去った後に、彼らが元居た場所からピキピキ、パキパキと音がし、虹色の光と共に魔法陣が現れたことを三人は知る由もなかった。