樹木緑
第6話 ムーアの花咲く湖
ギリアンは暫く考え込んだ後、 「そういえば……」 あれ? あれ? キョロキョロと辺りを見回す。 考え込んでる間にノーラが目の前から消えたと思ったら、水辺に近ずいてかがみ込み、可愛らしい小さなピンクや白、青や紫の小さな花々を覗き込んでいた。 「この花可愛いわね~ 何だか香りもほんのりと甘いし…」そういってクンクンと花の周りの空気を嗅いでいる。 ギリアンはオッホンと咳払いをして、「ノーラ、ところで君は早朝から森の奥で何をしてたの?」と尋ねる。 ノーラはパーンと手を叩いて、 「そうそう、私、探し物をしてたの。それにしてもこの花、可愛いわね~。」 「何を探してたの?僕も一緒に探してあげようか?」 「そうね、そうよね!あなた魔法使いだから魔法でチョイチョイと見つけれるかも!」 「魔法で探し物は出来ないけど、何を探してたの?」 「なんだ~魔法って肝心な時に役に立た無いのね。それより、私もうずーっと一か月以上、ムーアと言う花を探してるの。」 ギリアンが腕を組んで首をヒョイヒョイと湖に向けて合図している。 ノーラが湖を振り返って、ギリアンをまた見る。 そしてギリアンが指で水辺に咲く、小さな可愛らしい花々を指して、「それがムーアの花だよ」と一言、言った。 ノーラは辺りを一周見回して、「それじゃ、この湖がムーアの花が咲く湖?」と尋ねた。 「そうだね、この湖は特別な湖なんだ。」 「真冬でもこの湖だけは凍らないって聞いたけど、そうなの?」 「本当だよ。この湖には魔法が掛けてあるんだ。」 「この湖だけ?」 「うん、この湖だけさ。」 「なぜ、この湖だけなの?」 「理由は簡単さ。このムーアの花さ。」 「え?なぜムーアの花が理由なの?」 「ムーアの花は唯一、朝露集めの魔法が使える花なんだ。朝露は唯一癒し系の魔法使いの魔力の源になる。それが春先のみ咲いてるとなると、とても足りなくて追いつけない。だから魔法でこの湖だけはムーアの咲き続ける環境を維持しているんだ。」 「そうだったんだ。私の村ではムーアの花が何か重要な事に使われるって言われてるけど、何に使われるのか教えてもらえなくて…。」 「ムーアの花はね、ある特別な方法で酵素を抽出させると毒になるんだ。その毒が特別な毒なんだ。人間には効かないけど、ある生き物を殺傷するために使われたってきいた。」 「そうだったのね…薬にもなれば毒にもなるか~良く言ったものよね。だからローレイ達は詳細を教えてくれなかったのね。」 「あ、思い出した!そうだよ、恐らく君の村だ。この森の南に森を管理している村があるって聞いたことがある。その村にだけその毒の抽出の仕方が伝わってるって聞いた。君の村は魔法使いとは恐らく交友関係が強いはずだよ。」 「え?そうなの?聞いたこと無いんだけど…私のお友達も魔法使いの事は噂や風の便りで知ったほどなんだけど。」 「おそらく、君の村の長とかになると知ってるはずだよ。この森は魔法使いとも繋がりが深いんだ。何と言っても、豊富なハーブの種類が生息しているからね。魔法に使うハーブも大抵はここで集められるし。それと、君の村には必ずハーブに長けた人がいるはずだよ。その人も絶対魔法使いとつながってるはず。」 ノーラはハッとして、「ローレン!」と叫んだ。 「そう言えば、ノーラって今幾つなの?」 「うーん、恐らく12歳くらいだとは思うけど、私、自分のこと分からないの。」 「えっ?」 「記憶喪失。名前も本当はノーラじゃ無いの。私をひらってくれた村の夫婦がくれた名前なの。何処から来たのかも分からないし、何故此処に居たのかも分からないの。家族の事も全然覚えてないし、でも、不便に思ったことは無いわね。 今はハーブについて学びながら村の役に立ちたくて、1日のノルマがはじまる前に春にだけ咲くムーアを探しに来たの。」 「じゃあ、僕と同じくらいだね。僕は13歳。あ、じゃあムーアの花に関する事は僕の目的と同じだね。僕が朝露を集めた後で花を摘んだら良いよ。僕も手伝って上げる。」 「でも、早くお城に帰らなくても良いの?」 「大丈夫だよ。僕たち魔法使いは1日の殆どを訓練に費やしているからね。みんなバラバラに散って一日のノルマを果たそうとしてるよ。上級の魔法使い達はお城に居るけど、戦争にでもならない限り僕ら下っ端の出番は無いよ。僕のような見習いとなれば尚更ね。」 「へー、魔法使いも色々とあるのねー」 「まあね、とくに僕の父は若くして魔法使いの長となったから、今でも見習いの身としては肩身が狭いよ。僕の兄でさえもう見習いを終了してお城に仕えているからね。みて、僕のローブなんてまだペラペラの麻布を巻いただけのものだからね。」 「お兄さんが居るのね。ねえ、お兄さんってどんな人?」 「別に普通の兄だよ。ま、僕とは違って父に似て、魔法の腕は凄いから将来は期待されてるけどね。」 「そうなんだね。自慢のお兄さんだね。でも偉くなると服装が変わるの?」不思議そうにノーラが訪ねた。 「魔法使いの着るローブは魔力の現れなんだ。ローブの布は自身の知恵と知識を魔法に練り込んで織ってあって、魔力の高い魔法使いはその分ローブの魔力も高いんだ。例えば防御力が上がるとか、魔力が高くなるとか。基本的にはオーブの色によって使える魔法が変わるから、それによって訓練はするんだけど、今僕がしている事は基本中の基本で全ての魔法使いがやらなくては行けない事。これが出来ないとおちこぼれって言うのかな?」 そう言ってギリアンが俯いた。 「あ、でも、ちゃんと瓶につめられたから貴方も可能性は秘めてるって事よね。だったら大丈夫よ。私もお手伝いしてあげる。ま、何が出来るかは分からないけど、まずはムーア摘みね!」 そう言ってノーラはギリアンによって集めらた朝露の抜けたムーアの花を積み始めた。 「ねえ、ねえ、そう言えばさ、さっき戦争って言ってたけど、戦争なんて起きそうなの? 私、小さな村に住んでるせいか、あんまり世界の情勢とか入って来ないのよね。凄くのどかだし。そう言えば、私のお友達も世界が終わるとか、終わらないとか言ってた様な....」 そう言ってノーラはギリアンの顔を覗き込んだ。 ギリアンはノーラの方をじっと見つめて、 「んー僕もその辺はよく分からないんだよな。なんか大人達がそろそろ古くからの言い伝えが成就する頃だとは言っていたんだけど、何の事か僕にはさっぱり。そのせいで誰かが動き始めたとか否とか…お城では上級魔法使いと騎士達が集まり始めてるんだ。戦いが起きそうかって聞かれると、そこまで緊張した雰囲気でも無いし、僕も自由に森とかへ来れるから、まず戦争が直ぐ直ぐ起こるって事でも無いと思う。」と答えた。 ノーラは胸を撫で下ろして、「そうよね、戦争なんかになりそうだったら、少なくとも私の村にもなん等かの伝令は来るわよね。」と呟いた。 「ね、私、もう行かなきゃならないけど、明日もまた来るでしょう?此処でまた会える?」 そう言ってノーラはギリアンの瞳をマジマジと見つめた。 「ああ、朝露集めが完全に成功するまで此処へ来るよ。」 「じゃあ、また明日の朝会いましょう。」 そう言ってノーラはギリアンの頬にキスをすると、颯爽と村の方へ戻って行った。 残されたギリアンはしばらくボーッとして頬にキスされた事を悟り、湖一辺に響き渡る様な声で素っ頓狂な雄叫びを上げていた。
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