樹木緑
第11話 別れ
ギリアンとノーラが出会った春から既に五年の月日が流れていた。 ノーラの記憶は今だ戻っていなかった。 ペペは婚約者と4年前に結婚し、2児の母、またハーバリストの後継者として、目覚ましく成長していた。 そして、ノーラとギリアンの良き相談役として君臨していた。 リュイは3年前村を出て、王城で薬師の新米として働いている。 王城にはギリアンも居るので、リュイとギリアンはとても近い親友となっていた。 村に帰る事は余りなかったが、ギリアンから近況を聞いたり、手紙の橋渡しになってもらったりとして、ノーラとペペとリュイの交友は未だに続けられていた。 そしてギリアンは、五年の間に魔法使いとして目覚しく成長していた。 相変わらず長いシルバーの髪は後ろで1つに束ねられ、髪を束ねる紐は特別な糸で編みこんであり、簡単な魔法であれば跳ね返すことのできる呪文が掛けられていた。ローブは魔法使い中級の印である白い生地に金の刺繍を施した二重になったものを今では着ていた。そして勿論、ローブには防御の魔法が掛けられ、刺繍には知識と知恵が魔法によって織り込まれていた。 ギリアンの持つオーブはパール色で未だ特別な力が何で有るのかは示していなかったが、かなりの魔法を使える様になっていて、中級魔法使いとは言えど、秘めた力はもの凄いものがあると魔法使いの間では言われていた。 ノーラもギリアンに負けず劣らず、村で評判の良い娘として成長していた。 ノーラの持つサラサラの黒髪は、その地域には珍しく、その風靡はより一層ノーラの美しさを引き立たせていた。 それにノーラは博識で思慮深く、また村では知られていない多くの知識を持っていた。 恐らくそれらの知識はノーラが記憶を失う前に学んだ物なんだろうと大体の人が予測出来た。 その、あまりにもの風貌と知識に遠くの村や街までその噂は伝わり、時には他の村の長らや街の有力者達の求婚の相手ともなっていた。 だか、ノーラは誰にもなびく事は無かった。 この五年の間、ノーラは幾度となくギリアンと共に多くのことを学び、鍛錬して来た。 ギリアンはノーラに取って、特別以上の存在となっていた。 また、ギリアンにとっても、ノーラは特別以上の存在となっていた。 日に日に共に過ごす時間は増えていき、お互いは一生を共にする相手として意識し始めていた。 その日の朝もノーラはいつもと同じように朝食をバスケットに詰めて、ムーアの花咲く湖まで出かけて行った。 5年の間に背が伸び、獣道のトンネルを通ることは難しくなっていたので、ギリアンが森の入り口から湖までを魔法で繋いでくれた。 この魔法の道は、ノーラと、ペペのみ、通ることが出来た。 ノーラとペペには、ギリアンの父であるジーンにより、森から湖までの魔法陣を通ることが出来る魔法が施されていた。 ノーラは森の入り口に立って、簡単な魔法を唱えた。 そうすると、ピキピキ、パキパキとヒビが入るような音がし、ウィーン、ウィーンと空気がうねり、魔法陣が現れた。 その魔法陣の中にノーラが吸い込まれるように入っていくと、そこに現れた魔法陣は消えた。 ノーラは湖の方に降り立つと、ギリアンが何時も訓練をしているスポット目指して歩き出した。 今朝はギリアンはそのスポットに居なかった。 ノーラがキョロキョロと辺りを見回していると、隅の方でギリアンが何やらモソモソとしていた。 何をしているのだろうと思い、そっ~と近ずいて行くと、何かせっせと作っているようだった。 「おはよう、ギリアン!」そう元気よく声を掛けると、ギリアンがびっくりして振り返った。 そして慌てたようにして、手に持っていたものを後ろに隠した。 「ちょっと~何隠したの?」と言って後ろに回り込む。 見られては困るのか、ギリアンもノーラに後ろに回り込まれまいとクルリと回る。 そうして、クルクルと追いかけっこしているうちに二人はバランスを崩して、湖に落ちてしまった。 ギリアンに覆いかぶさるようにして倒れたノーラと、ノーラを受け止めようとしたしたギリアンの目と目が合った瞬間、時間が止まった。 お互い湖の中に倒れ込んだまま、見つめ合い、ギリアンの唇がノーラの唇に近ずいて行き、二人は初めての口付けを交わした。 そして初めて会ったムーアの咲く湖で2人は結ばれた。 「ノーラ、愛している。僕は未だ半人前だけど、君の事を一生守りたい、君と永遠に一緒に居たい。どうかこれを受け取って下さい。」 そう言って差し出したのは今朝コソコソと作っていたもの…ムーアの白い花だけを集めて作った指輪だった。 そしてその指輪には花が枯れぬよう魔法が施してあった。 「どうか、僕と結婚してください。」そう言ってノーラの左手薬指にムーアの花で作った指輪をはめた。 「ギリアン、愛してる。ずっと、ずっと一緒に居たい。私も貴方のお嫁さんになりたい!」 そう言ったノーラをギリアンがギュッと抱きしめた瞬間、2人の前に魔法使いがいきなり宙を切って現れた。 ノーラはびっくりして、「キャッ!」と言って後ろに後ずさった。 ビックリしたノーラにギリアンは、「大丈夫です。魔法使いの瞬間移動です。彼は私の父の右腕でオリバーと言います。」と伝えた。 そしてオリバーの方を向いて、「何かあったのですか?」と尋ねた。 オリバーが、ノーラの方をチラッと見て、「ちょっと向こうでお話をしても良いですか?」と尋ねたので、ギリアンはノーラに「ちょっと良いですか?」と尋ねて、オリバーと共に湖の向こう側に有る茂みの中へと消えて行った。 ノーラは何事だろうかとドキドキしている。 少し聞き耳を立ててみたけど、二人の話声は一行に聞こえて来なかった。 時々、二人がノーラの方を見て何か身振り手振りして話している。 二人の表情からは、何か大変な事が起きていることが読んで取れる。 ギリアンが、「嘘だ!」と叫んだ瞬間、ノーラの前に黒いモヤの様なものが立ち上がって、禍々しい腕がモヤの中から現れノーラの手首を掴んだ。 「いやーっ!!」ノーラの叫び声を聞いたギリアンが茂みから飛び出してきてノーラの腕を掴む。 オリバーはなにやら呪文を唱え始めた。 呪文を唱えるや否や4、5人の魔法使い達が宙に浮かんだ円陣から現れた。 そしてモヤの中に居た者も数人を引き連れてノーラの前に現れた。 モヤの中から出てきた者達は人であって人でないようあった。 その姿は禍々しく、ツノの生えた者や、牙のある者、又は爪が鋭く伸びた者や尻尾が生えた者、皆一斉にノーラ目掛けて駆け出していた。 この状況は一目瞭然であった。 彼らの狙いは紛れもなくノーラだった。 ノーラには訳が分からなかった。何故自分が狙われて居るのか。 ノーラはギリアンの方を見た。とても怖かった。 ノーラは震えが止まらなかった。 オリバーがギリアンに向かって何か叫んでいた。 ギリアンは「嫌だ、嫌だ、嫌だ!」と叫んでいる。 オリバーが更に何かを叫んでいる。 禍々しい者たちはノーラを攫おうと必死である。 ギリアンは禍々しいもたちを魔法で攻撃し、更に強くノーラの腕を引いて禍々しいもの達からノーラを引き離した。 そして魔法使い達が呪文を唱え、禍々しいもの達を魔法の鎖につなぎ留めた。 禍々しい者は「我々の主がお前をご所望だ。娘よこちらに来よ。」とノーラの問いかける。 ノーラはギリアンの腕の中で真っ青になって震えている。 それをギリアンはギュッと更に強く抱きしめる。 「これで僕の言ってることが本当だと分かっただろう。早く呪文を唱えるんだ。僕たちは未来を守らなくてはいけない。」そうオリバーが叫ぶ。 ノーラには辛うじてオリバーがギリアンにそう叫んでいるのが聞こえた。 ノーラは何が何だか分からなかった。 何故彼らが自分を狙っているのか? ギリアンはオリバーの方を振り向いて、そしてノーラを見つめた。 ギリアンは目に涙を一杯浮かべて、ノーラにもう一度口付けをした。 そして、「ノーラ、永遠に愛している。さようなら。僕の愛しい人」そう言って呪文を唱え始めた。 察しの良いノーラは、何となく、ギリアンが何をしようとしているのか分かった。 「いや、ギリアン、私を離さないで。いや、いやよ。ずっと一緒に居たいって言ったじゃない。嫌よ。簡単に私を諦めないでよ! ずっと私の事守るって言ったじゃない」そう泣き叫んだ。 ギリアンの呪文が終わったのと同時にノーラは白いモヤの中に引き込まれ、そして彼女の意識はだんだんと遠退いていった。
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