観音寺駅。
勇者部にとってみれば見慣れ過ぎるほどに見慣れた場所。
駅へと続く一本道に、にぼしの香りがしなくなったのは寂しいが、代わりに漂う骨付き鳥の香ばしい香りが、行き交う人々の足並を止める。
そんな時代の変化も感じられる駅前に、友奈たちはいた。
……旅館の、浴衣姿で。
「ちょっと! なんでこんなとこに居るのよ!」
夏凜が辺りを素早く見回しながら叫ぶ。
それもそのはず、彼女たちは勇者としての活躍を讃えられ、春休みを利用し県内で有名な旅館ワカタケヤへと慰安旅行に来ていたのだ。
風の卒業旅行という意味合いもある為、ついさっきまで風の発案で就寝前の枕投げ大会もしていた。
そして、園子が枕の中の羽毛を撒き散らせしまい、全員の視界を真っ白にしたところでこの状況である。
「くっー、あと園子に1ヒットすれば優勝だったのに!」
「それどころじゃないでしょ風!」
「そうだよお姉ちゃん。私たちもう寝る直前だったのに、ここ外明るいんだよ? 何かおかしいよ」
樹の訴えで風は空を見上げた後、駅構内の時計を見る。
時刻は17時ちょうど。日は傾いて来ているがまだ明るい。
時間的には帰宅ラッシュのはずだが、その割に駅前に人影は少ないどころか、ない。電車は動いているようだが。
「なんか、不気味ね……」
風は震えてきた自分の身体を抱き締めて呟く。
すると、怖がる風にさらに追い打ちをかけるような低い声が。
「……不気味なのは、2人足らないこともです」
ヒッ! と風が両耳を押さえて声のした方に振り向く。
声の主は美森だった。まさにスナイパーの如く目を細め、真剣な表情で何度も辺りを見回している。しかし、そのターゲットは見つけられない様だ。
「やはりいません。友奈ちゃんとそのっちが、いません」
こういう時こそ前向きに皆を導いてくれる友奈と、閃きで打開してくれそうな園子が居ない。
特に園子は今も6人の中で最も大赦と繋がっている存在。ましてや、今回の慰安旅行も園子経由の大赦の計らいだ。この異常現象に大赦や園子がかかわっていても何ら不思議はない。
また戦いが始まるとでもいうのか。
各々が次、何が起こるのかと身構える。
すると、緊張感漂う四人の頭上からノーテンキな声が降り注いで来た。
「わっしーがお探しなのは、金の園子かな~? 銀の園子かな~?」
4人が見上げると、巨大化した烏天狗が雲の隙間から徐々に美森たちの方へ下降して来る。すると、そのまま地上10メートルくらいで一生懸命に羽をばたつかせホバリングし始めた。
そして、巨大化精霊の上から身を乗り出すように顔を覗かせたのはやっぱり園子。しかし……。
「え、園子さんが2人?」
顔は双子なのかというくらいに瓜二つ。
違うのは背格好と制服。そして、髪色くらいだ。
「さあ、どっちをご所望~?」
「っていうか、金銀というかは単純に大小よね」
「さらに言うと中小ね」
冷静に突っ込む夏凜と美森。
それ言っちゃおしまいなんよ~と『中』の園子が苦笑いを浮かべると、『小』の園子を「もういいよ~」と指パッチンをして消してしまった。
どうやら、こういう登場をしたいが為だけの仕込みだったらしい。
すると、園子が今度は上から何かを放り投げた。樹がそれを受け取る。
「これは……サイコロ?」
「その通り~! みんなには今から、それを使って旅に出てもらいま~す!」
「「「「旅?」」」」
美森たち四人は一様に首をかしげるが、園子は楽しそうに話を進める。
「行き先は北海道! みんな教科書で習ったから昔どこにあったかくらいは分かるよね~?」
「分かるけど……。四国の外はついこの間まで結界の外でまだ人が住めるほど復興してないのよ? いけるの? 北海道」
「それが行けるんよ~」
「なんでよ」
夏凜が問うと、園子は大きく手を広げ遠くの空を見据えた。その視線の先にはわたがしのような雲雲が穏やかな風に身をまかせ、晴天のキャンバスを漂っている。
そんな青と白を胸いっぱいに吸い込むと、園子は言い放った。
「これは『夢』の世界だから~!」
「……は?」
気分上々な園子に対し、夏凜は眉間にしわを寄せ、決して言葉にはしないが「何を言ってるんだ園子は」といった表情で園子を見上げる。
「にぼっしー、その顔怖いよ~」
まあ結局、察しのいい園子には夏凜の分かりやす過ぎる表情で何を言いたいかなど、直ぐに分かってしまうのだが。
すると、樹が小さく手を上げた。
「あの、園子さん。もしかしてなんですけど……。その旅で北海道に行かないと、この夢から覚められないとかだったり……」
「まっさかー! 樹、考えす……」
「そのまさかなんよ~」
「はいっ?」
樹に苦笑いをしていた風が一変、顔を引きつらせて園子を見る。
「この夢は北海道に到着したら覚めるように出来てるんよ~!」
「うそでしょ……」
「それなら、そのっち。その北海道へはどうやって行けば良いの?」
「東郷、あんた妙に冷静ね」
「そのっちの考えることですし。慣れました」
さすがは東郷、と風はメルヘン乃木園子を腕組みして再び見上げる。
「あ、電車の時間迫ってるね~。じゃあ足早に説明するよ~」
ホバリングに疲れ、着陸して来た烏天狗から園子が降りて来る。
樹がよしよしと烏天狗の頭を撫でて労ってあげている一方、園子はお腹からなにやらフリップを取り出した。
出し方出し方! と恥じらいのない園子に慌てる美森たち。
そんな出され方をしたフリップには、サイコロの目に合わせて六つの行き先と乗り物が園子の字体で書かれている。
「イッツん~、さっき渡したサイコロある~?」
樹が手に握りしめていたサイコロを園子に差し出す。園子はそれを受け取り、そのサイコロを手の中で転がしながら、得意気に話し始めた。
「これからわっしーたちには当てのない旅に出かけてもらいま~す。つまり、任せるのはサイコロの出た目って訳なんよ~」
そう。この旅は、夢から覚めるために北海道へ行くまでの交通手段・ルートを全てサイコロで決めるという、あまりに運任せな夢旅なのだ。
「ちなみに、フリップは目的地に着くたびに私が新調するんよ~」
上機嫌な園子は大志を抱けよろしくポーズを決める。左右逆だが。
一方、他の四人の顔は困惑の色に染まっていた。園子の手の内で次々と展開するこの状況に完全に誰もついて行けてない。
たまらず風が首を左右に振り、溜息まじりに口をつく。
「いやー……。聞いてない…………」
続けて、その一言で我に返った夏凜が叫び訴えた。
「てか、こら拉致よ! 夢の中とはいえ私たちの意思関係ないのっ?」
「うん♪」
「うん、て。そんなあっさり……」
園子、通常運転――。
夏凜の意見もあっという間に一蹴した。
「ところで、そのっち? この服装はずっとこのままなの?」
「そういえばそうですね。もしかして、RPGゲームのように旅した先で服を買い揃えていくとかでしょうか?」
破天荒園子とは3年来の付き合いである美森と、最近の一番の成長株である樹も素早く事態を飲み込み落ち着いていた。
「まさか~。でも、それも面白……いや、冗談冗談~」
樹の例えに悪ノリした園子。しかし、「冗談じゃない」っといった雰囲気の風と夏凜に睨まれると、慌てて手をパタパタとしてごまかし、指をパチンと鳴らした。
すると、各々の目の前に半透過されたディスプレイが表示された。そこには手形と名前が浮かび上がっている。
「その手形に手をかざせば着替えれるよ~」
「え、ここで? せめてお手洗いとか……」
「大丈夫大丈夫~。勇者服に変身するのと同じ健全仕様だから~」
「そうは言っても……」
渋る一同に園子はパンパンと手を叩く。
「さあ、手をかざして~! 着替える意思を示して~!」
「なんかその台詞、既視感あるわね……」
風が顔を引きつらせながらも手をかざし、制服に変身する。
樹・美森・夏凜も後に続いた。
「あ、そうそう。ちなみにゆーゆなんだけどね~……」
そう言って園子が指さす先、信号の所にある円形のベンチには浴衣姿の友奈が横たわっていた。
「あそこで眠り姫になってるから起こしてあげて~。なぜか夢の夢の中から覚めないんよ~」
目にもとまらぬ速さで美森が飛んで行く。(ちゃんと信号は守った。)
「友奈ちゃん起きて。こんな所で寝ていたら風邪ひくわよ」
毎朝やっているように、優しげな声かけで起こそうとする美森。しかし、夢の中の夢にいるからだろうか。起きる気配がない。
美森は友奈の胸に片耳を押し付ける。
「…………生きてるわね」
「ただ単に寝てるだけだって~」
「そのっちの考えは突飛だから、もしかしてと思って」
「わっしーひど~い」
それからも美森は身体をゆすったり、軽く肩を叩いたりして起こそうと試みるが、一向に起きる気配がない。
「どうしたらいいのかしら……」
「本当に眠り姫状態だし、ここはわっしーが目覚めのキッスを~!」
「しないわよっ!」
園子のボケにノータイムでツッコミつつ、美森は何しても起きる気配のない友奈の顔をジッと見つめる。その目線はうっすらと寝息を立てるたびに動く口元へと下がりつつあった。
美森は園子に否定したものの、自身の唇は無意識のうちに一定のリズムを刻む友奈の口元へと吸い込まれていっていた。
「ふぉおおっ! 遂にゆーゆとわっしーが誓いのキスをぉおおっ!」
どこからともなくメモ帳を取り出し、超高速で円形ベンチの外周を駆け回る園子。
そんな彼女のリアクションで美森は一瞬停止し逡巡する。
しかし、もうこれしかないといった顔つきで決心した美森は更に唇を近づけた。
「5センチ……3センチ……1センチ…………エンダァァアアアア!」
二人の少女の唇が合わさった瞬間、園子は両手を大きく広げて何処から来ているのかその跳躍力といったほどその場で大きく飛び跳ねる。
何なんだこの状況といった表情の風・樹・夏凜などそっちのけだ。
1秒ほどとは思えない長い時間触れ合ったしっとりとした唇。そんな少女たちのファーストキスが後ろ髪を引かれるかのようにして離れる。
美森がしなやかな指先で静かに垂れた黒髪を掻き上げると、紅色に淡く染まる乳白色な頬が間から覗いた。
すると、ゆっくりと友奈が眠そうな目を開く。
「……とう、ごうさん…………?」
「ゆ、友奈ちゃん……」
見つめ合う2人。
しかし、友奈の方はまだ美森の顔に焦点が合っておらず、自身の唇を押さえ動揺を抑えようとする美森の焦りの顔も分かってはいない様だ。
「なんだろう。さっき夢の中で唇に柔らかい感触があったような……」
「ゆーゆ~。それはね~さっきわっしーが~ゆーゆの口を……っぷ!」
友奈の疑問にハイテンション園子が答えようとしたのを、美森は疾風の如く封じに飛びかかる。
「え、東郷さんが私の?」
「な、何でもないわ。友奈ちゃん」
「ふがっ! ふごっ!」
なんとか美森の手を口から外そうとあがく園子だが、美森の豊満かつ華奢な身体から伸びる腕は見た目に反して力強い。がっちりホールドされ、園子はなす術なしだ。
「ふーん。東郷さんがそう言うならいいけど……」
純粋な友奈は美森と園子の様子に不思議がりながらも納得してくれた。