れんぎょう家
第4投 ~ヘリッ!~
「新神戸駅、とうちゃ~く!」 「とうちゃーく!」  爆睡効果はあったようだ。 友奈はすっかり元気を取り戻した様子で、変わらずハイテンションの園子とピースサインで新神戸と刻印された壁を囲んで楽しんでいる。美森も回復したようで、そんな2人の写真を撮りまくっていた。 風や樹も立ち直れたようだ。しかし、夏凜だけは完全に切り替えることは出来ていないようで、風に茶化され、樹に慰められている。  とりあえず、起死回生した勇者部一同は次なる闘いへと再びフリップに対峙した。 「サイコロの目、そのイチ~!」  ――①ちょっとひとっ風呂~【湯村温泉】 「その二~!」 ――②北条鉄道レールバス【播磨横田】 「そのサン~!」 ――③阪神電鉄【阪急梅田】 「そのヨン~!」  ――④関西空港発直行便【千歳】 「そのゴ~!」  ――⑤新幹線で一気に~【盛岡】 「そのロク~!」  ――⑥新幹線で一気に~【博多】 「温泉! それ魅力!」 「千歳直行もありますし、狙い目は①④ですね」 「振るのはだ~れ~? まだわっしーとふーみん先輩が振ってないよね~」  園子が手の中でサイコロを転がして、美森と風を交互に見る。  すると、素早く風が挙手した。 「じゃあ、私が振るわ! ここで温泉当てて女子力回復させるわよ!」  風は園子からサイコロを受け取ると、サイコロを両手で包んで祈るように「ジョシリョク・ジョシリョク」と唱える。 そして、走り出した。 「何が出るかな? 何が出るかな? それはサイコロ任せよ、女子力っ!」  女子力ごり押しで風が放ったサイコロは地面を転がり、唯一の赤い目で止まった、その瞬間――。 「……あっ!」 《――①ちょっとひとっ風呂~【湯村温泉】》 「あっ! って何よ園子! 温泉よ、温泉!」 「いや~、その~……。交通手段がね~……」 「交通手段? 電車にバスときて今度は飛行機とか?」 「えっ! 陸の次は空なのっ?」  風の予想に友奈が前のめりで食いつく。  美森や樹も興味深そうに園子の次の言葉を待っていた。  しかし、園子は言いにくそうに苦笑いをしながら切り出した。 「空……はあっているけど、ヘリコプターなんよ~」 「ヘリッ!」 「カ号観測機の子孫ね! あ、ちなみにカ号観測機というのは、大日本帝国陸軍が第2次世界大戦当時に実戦配備した唯一の回転翼機! この原型一号機は米国から買い受けた当時最新の機体を中破後に萱場製作所が復元して西暦1941年に初飛行したものなの。これが翌々年には60機の発注が出たのだけれど、問題が起きて生産は20機で打ち切りになってしまったわ。その後、原型二号機にあたるカ号二型が陸軍に計九八機納入され、うち約30機が実践投入されたのよ。そのうち約20機は対潜哨戒機として使われることが検討されたのだけれど……」 「わっしー! わっしー!」  美森が熱弁しながらフリップの裏にカ号観測機のイラストを描こうとペンをフリップに立てた瞬間、園子が慌ててその手を掴み止めに入る。  風・夏凜は理解不能といった様子の無表情で、樹も引きつった作り笑いで美森を見ている。友奈に至っては頑張って理解しようとしたようだが、無念のオーバーヒートで頭から煙が立ち上っていた。 「あら、ごめんなさい。歴史が絡むとつい」 「いや、歴史を勝手に絡ませたの東郷、アンタでしょ」  美森は一応、反省の言葉を口にするも、まだ興奮は収まらないようで……。 「陸軍船舶司令部本部船舶飛行第二中隊みたいだわ!」 「はい……?」 「中隊長の本橋大尉ね!」  歴史オタク東郷美森の《ミモリ☆ワールド》は止まらない――。 そうして、勇者部一行は神戸ヘリポートへとやって来た。 「まるでヘリコプターを買いに来たみたいね」 「園子先輩なら本当に買えちゃいそうです」 「そうだね~。乃木家のカードでチョチョイのチョイなんよ~」 「流石ね」  園子が受付でヘリコプター購入の契約書……ではなく、6人分の搭乗手続きを済ませる。 そして、いよいよヘリコプターに初搭乗。勇者部一同の空の旅が始まる。 「ああー、カ号観測機の子孫も現代ではこんな立派に……」  ヘリコプターの回転翼の回転数がどんどんと上がる。それに伴い、美森をはじめ、友奈と園子もテンションがうなぎ上りに上昇するが、風・樹・夏凜は不安が加速しているようだ。 「落ちないわよね? 落ちないわよね?」 「酔わないか心配だよお姉ちゃん」 「だだだ大丈夫、大丈夫。にぼしさえ食べれば……」 「「浮いたぁああ!」」  友奈と園子が窓に頬を張り付けたまま歓喜の声を上げる。  美森もしみじみと1人拍手をしていた。  このまま、このヘリコプターは但馬空港経由湯村温泉行きとして、50分間の快適なフライトを提供してくれる。  ――ハズだった。 「今、わっしーはお花を摘む場所で格闘中で~す」  園子が但馬空港の事務所をバックに樹のビデオカメラに語りかけている。今、勇者部一行は経由地である但馬空港に立ち寄っているのだ。 「わっしー、ナントカ観察機の子孫に乗れるってあんなにはしゃいでたのに~。大丈夫かな~?」 「観測機じゃなかったでしたっけ?」  樹が園子の間違いを指摘する。ナントカという部分は樹も忘れているようだが。 「そうだっけ~? ……あ、わっしーキタ~!」  事務所の出入口から美森が出て来た。 普段から色白の肌はより一層血色を無くし、足取りも重い。 いつもの凛とした佇まいなど微塵も感じられないほどに辛そうな美森の姿がそこにはあった。 「私……前に乗るわ。後ろ……酔う」 「う、うん」  さすがの園子もここまで小さくなった美森を前にかける言葉を失ってしまう。ビデオカメラを構える樹もフラフラとした足取りで再びヘリコプターへと向かう美森の背中を追うことはできなかった――。 「揺れるわねー……」  再び飛び立った勇者部一同。  美森は最前列に座り、操縦席のフロントガラスから前方の景色を見つめている。時折飲み込んだり口を開けたりと落ち着きがない様子だ。  ちなみに、今日は気流の関係で機体が揺れると神戸ヘリポート離陸前にアナウンスがあった。その通りにこのフライトは頻繁に揺れている。  暫くして遠くに小さく、目的地の湯村温泉ヘリポートが見えてきた。前方ただ一点を見据える美森もその影は視認している。しかし、手元ではあるものをガサゴソと用意していた。 「わっしーが、エチケット袋に手を……」 「東郷さん、大丈夫……?」 「………――」  友奈が心配そうに声を掛ける。が、美森は言葉も発さず微動だにしない。いや、できないのだ。声を出すことも、頷くこともままならない。親友の友奈を無視している罪悪感を感じる余裕すらないこの状況。 それほど、今の美森は喉元までせり上がって来ている生温かい物に追い込まれているのだ。  すると、機長のアナウンスが機内に響いた。 「間もなく、湯村温泉ヘリポートに到着です。これに懲りず、またヘリコプターをどうぞご利用ください。ご搭乗誠にありがとうございました」 このアナウンスで美森の緊張の糸が、切れた――。 「ウッ、オェ……。オロロロロロ………」  大和撫子東郷美森、一生の不覚! ついに美森の我慢の結界は破られ、ツンとした匂いが機内全体に充満してしまう事態に。一瞬にして、初の空の旅は皆、もらいゲロを必死に我慢するという地獄の密室旅行と化した。 「わっしー、もう少しだったのに~……」 「東郷は本橋大尉にはなれないわね」 「うううぅ……」  憧れの陸軍船舶司令部本部船舶飛行第二中隊にはなれそうもない美森であった――。
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